3、マナとアルカナ
「随分髪が伸びましたね?」
翌日、身支度を整えながら長く伸びた白い髪をマナがアルカナの服の背中の隙間から引き出すと手櫛で整えながら呟いた。
「え……あ、そうなんだ?」
「結って差し上げますね」
慣れた手付きでアルカナの着替えを手伝っている。着させて貰う様な扱いに馴れていないからえらくこそばゆくて気恥ずかしくて……。
「ん、ありがとう……マナ」
用意された木製の椅子に少し遠慮気味に腰かけると、窓から差し込む光が暖かくて幸せな気分に浸れた。
後ろからひっからないように気を付けながら髪をとかして、器用に三つ編みをしてくれている。大事にされているみたいでなんだか悪くない気分でその様子を鏡で見ていると彼女がこちらを見て微笑む。
胸が少しほっこりした。
「……もし、お年のせいでまだたくさんの事柄を忘れをしているのでしたら私が一から教えましょうか?」
控えめにマナが提案してくれた。
「自分でも理解しきれていないから、多分たくさん過ぎちゃうかも知れないの……」
「大丈夫です」
出来上がった姿を何度も回って確認中!
「何事もちゃんと確認しないといけないよね。うん、後ろでリボンが結んであって、可愛くない?」
子供みたいにはしゃぐアルカナ。
「……ああ、そっか。今は子供だった」
それにしても自分の小ささに驚きが隠せない。
「うん♪低学年くらい? ……ふふ、そもそも低学年ってなによ……私」
ぶつぶつと記憶が穴だらけの自分にツッコミをいれつつ横を向いて、後ろを向いて、色々をくまなくチェックしていった。思わず鼻唄まで口からこぼれてご機嫌のようだ。
「おやおや? とってもミニマム……これだと、付けなくても大丈夫なパターン? 大きくなるのかな?」
鏡を見て新たな自分の現状と可能性に思いを巡らせていると後ろから咳払いが聞こえた。
「……こほん!」
本を抱えたマナに変な所を見られてしまって、ばつが悪くてまっすぐ顔が彼女に向けられなくて急いでデスクに向かった。
ぱたぱたぱた……。
「まず確認から……」
マナはアルカナの目の前にいくつかの分厚い本を並べていく。それぞれが別々の言語で書かれており、何かの専門書であること位はパッと見でも理解できた。
「こちらは貴女のライブラリーの一部ですが……どうでしょう?」
「え! こんな分厚い……あ」
驚きと同時に顔を上げると目の前の聡い彼女と目が合う。
「うぅ……そんなに見つめられたら緊張しちゃうよぉ」
手始めに一番上のアンティークなハードカバーの本を開いてみた。
「……ん? 読める。これは魔法薬とその有用性について書かれたもので、こっちは古代文明の極大魔法に付いての考察……こっちは萌えっ娘コスチュームの通販カタログ……かっ可愛い!」
「あっ安心しました……ここまで忘れていたら時間がかかりそうだったので……この機会にゆっくりと学びなおしま……」
言葉がつまると彼女は俯いた。
「マナ?」
涙を流していた。その様子は儚くて、見ているこちらまでが切なくなるほどに……。
「泣かないで!」
アルカナは自然とマナを抱き締めていた。
「ごめん!私何か……」
「良かったのですね。これで……」
握り返される手がえらく優しい。
「えっ……?」
「ここ何年も私よりアルカナ、貴女の方が作られた人形みたいにちっとも笑えなくなっていたんです。でも今はこうやって貴女に豊かな感情が戻って…………嬉しい……」
「え……」
「こんなに感情豊かになってくれるなんて、夢でも見ている様で……」
「マナ……」
「でも! 夢じゃなかった。何度問いかけても私を私たらしめるモノが変わらず貴女を貴女と認めているのですもの」
「もういなくならないで下さい!」
小さなアルカナを抱き締めるマナの腕に力がこもる。
「ごっごめんなさい! わたし実は……!」
「例え貴女がどんな貴女でも詮索しません! だから、ずっと私をおそばにおいて下さい。お願いします……」
「一人は嫌です……」
この人は知っていても私を受け入れると言ってくれている。
「迷惑をいっぱいかけちゃうかもしれないけど……私、マナとずっと一緒にいてもいい?」
「……はい。私は貴女の為に作られて、貴女と共に存在するものですから……」
私達は全てを飲み込んで共に同じ時を生きていく事に決めた。