2、目覚め
落ちる……落下……!
「ああ!」
その場で飛び起きた!
「……空、飛べた……?」
そこは緑の真ん中だった。雨が降ったのか、どの葉っぱも水滴が輝いていて……。
「ん!」
自分の前を気持ち良い風が吹き駆け抜けていった。
振り向くと雨上がりの空に大きな虹がかかっていて……
「ここは……」
何度となく見てきたどんな虹よりそれはよっぽど尊い気がして、自然と涙が溢れてポロポロと、泣くなんて恥ずかしいのに止まりそうもなかった。
「……世界はこんなに綺麗で…………それからなんだっけ……?」
「そんなところにいたんですか?」
「え?」
声のする方を向くとそこにはエメラルドの髪をしたとて美しい女の人がこちらに微笑みを向けていて。
「……アルカナ……どうしたのですか?」
自分を指さして訊ねる。
「わたし……がアルカナ?」
女性はにこやかに微笑む。
「ふふふ……今のが今日一番面白いですよ。この小一時間の間に……通り雨でしょうか?」
よく見たら自分は全身ずぶ濡れで茶色の首輪を手首に巻いている。どこからどこまでが夢でどこからが現実なのかが曖昧に思えてならない。
「ああ……雨は、はっくしょん!」
「まあ、失礼します」
女の人は華奢なその腕で少女を軽々と抱き上げると元来た道を引き返していった。
「私、高校生だよ……重くないのかな?」
女性はその場に止まってしばらくきょとんとしていたがすぐにまた歩き始めた。
「どうしたのですか? 今日は貴女おかしいですね。そもそもコウコウセイってなんですか?」
「あ……え……? 忘れちゃった」
今さっきまでは胸にそれこそいっぱい抱えていた何かがいつの間にかもやがかかってどうでもよかったみたいに見えなくなった。
すでに本当にそこにあったのかもあやしい程に……。
「私、お昼寝してたら色んな事を忘れちゃったみたい。だから私に一から教えてくれる?」
「畏まりました」
完璧な見た目の彼女には温もりが無かった。柔らかそうなその手に熱はなく、胸の鼓動さえ聞こえてこない。つまりそういう事なのだと咄嗟に理解した。
「これが私……」
鏡に映っていたのは黒髪のさえない誰かさんではなく毛先が輝く虹色の白髪でオッドアイの可愛らしい……、これが少女アルカナだった。
曰く、私は不死の種族の生き残りアルカナという少女らしい。
天才じみた頭の良さで魔道具を作り無尽蔵な魔力をそれに分け与え運用している。今でも十分幼いが幼いころに作った魔道具達はどれも世の中の人々の為、豊かな世界の繁栄の為にあれ! との実にご立派な願いを込めて作られたと。
今は両親が作った自宅でこの魔道具と共に生きる生活をしている。
祖先が作りし森の守り手に魔力を分け与えるのが日課だと。守り手達は志したそのままの意志を継ぎ日々森を整備し続けていた。
お蔭でこの森は清らかな空気、豊富な水源、肥えた大地を有している。
「ここまでで何かご不明な点は? 私は貴女を守り健やかな成長をお手伝いする為にマスターから仰せつかってここにおります。独自の動力源を持っておりますのでアルカナの魔力なしでもどこまでもお供いたします」
一つ一つ紐解くように話してくれていた。
「うーん……私はここで一体何をすればいいの?」
困った娘を見る様な目でアルカナは見られてしまった。
「それではとりあえず、これからそれを探してみてはいかがですか? 貴女には限りなく長い時間があるのですから……」
限りなく長い時間がどんなものなのかまだしっかりと理解もできなかった。
「まずはお食事に致しましょう」
「限りなく長い時間て……ちっともぴんと来ないよね?」
「おはようございます! 朝です」
実にいい笑顔でアルカナの布団を剥ぎに来ている。
「うう……、昨日寝る時にいろいろ考えすぎちゃって結局寝たのは朝方なのに……」
反抗も空しくお布団はいづこかへおしまいされてしまった。次は聞いている寝間着を剥がしにかかる。この人は強者だ……。
「規則正しい生活で私はアルカナの健やかな育成を進めていきたいと考えております!」
「ちっとも甘くない……ねぇ、そういえば貴女名前は?」
パジャマを剥ぎ取る手がピタリと止まった。
「はぁ~~~~っ、そんな事までお忘れに?私はどこであなたの教育を間違ってしまったのか……」
盛大にため息をつかれてしまった。
「あああ、ごめん……これは貴女が悪いんじゃなくて……そう、とっ年のせい! それでそあれこれ忘れちゃってるの」
「マナ……私の事をアルカナはマナと……」
すごく悲しげに微笑む。
「教えてくれてありがとうマナ! これで私、貴女をちゃんと呼べるよ」
気が付くと思い切りマナを抱きしめていた。悲しそうだった彼女が背中にそっと手を回してくれた。
「はい……」
この日から私の、アルカナとしての生活が始まった。
「ではここにあるコアに手を当てて魔力を注いで下さい」
地下の、ある一室に置かれた大きめの球体に手を置くように指示される。
何事も初めてなもので恐る恐る手をかざすと……
バチッ!
「いった……! あー、確か静電気は一気に触ると意外にイケるって朱莉が言ってた……よ、えい!」
両手で一気に触れるとコアと呼ばれる球が力強く何かを発した……様な気がした。
「……わぁ」
後は単調な作業でなにもせずただただ球体をナデナデしていれば自動的に止まるらしい。
「ん……朱莉ってだれ?」
ぽっかりと抜け落ちている何かが疼いた。
魔力を補給して少しすると、その奥の格納庫から次々と守り手達が出ていった。空になった格納庫をみていると他にも何処かに穴が空いているような? 心細くて切なさがこみ上げてくる。
今は何もない空間で、後ろからコツコツと足音が響いて聞こえる。後方で見ていたマナがすぐ後ろにきていた。
「そんなに見つめないでも夜になる前に帰ってきますから」
アルカナを、ひょいと持ち上げた。
「そっか……そうだよね」
言葉をゆっくりまったり紡ぎます。