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「お兄さん……じゃなくてクリス」

 様子を見に来たアルカナは看護師風のエプロンを身に(まと)い、とても可愛らしかった。


「えーとクリス……調子はどうですか?」

 質問しながら当たり前の様に片手を差しだすと、そこにクリスが意思表示する。

 これしか伝達方法がないからには手慣れたものだが、文字をなぞる度にアルカナが動揺するのはご愛嬌だった。


『少し、めまいが……』


 クリスがアルカナの(てのひら)に言葉を指でなぞっていくとアルカナの背筋がゾワゾワしている。


「んっ……うぅ、それは昨日の今日では血液もそれほど増えませんから。血圧も低いでしょうし、なるべく安静にして下さいね?」


 ベッド横のカウンターに目をやるとコップが空になっていて、薬も無くなっていた。投薬が上手くいったのだと安堵(あんど)する。


「一般の方は錠剤などに忌避感(きひかん)があると聞きますが、飲んで下さったんですね。ありがとうございます」


 点滴なんて言う物もあるが、認知が低い世界で弱った男性を看護するのも楽ではない。ブドウ糖っぽい成分の粒と、ちょっとした薬を処方しておいたのだ。

「点滴の代わりにブドウ糖とかそういうやつなんですけど……」


 無意識なのかは分からないけれど、クリスは自然と(うなず)いている。これがちゃんと理解できていたらびっくりする所だか真相は本人と神のみが知る。


「それで、調べてみたら私の血液って万能薬に似た成分らしくて、午後からクリスに少しお裾分(すそわ)けしようと思います。所謂(いわゆる)輸血というやつなんですが」


 輸血と聞いてクリスが目線をあげる。


「大丈夫、空いた時間で足りない分を点滴使ってちゃーーーーっと落としちゃいますから♪」


『!』


 クリスが思い切り頭を振りアルカナの掌を掴んで走り書いた。

『こんな小さい子から血液なんてもらえない! やめてくれ』


 クリスは凄い剣幕で断固拒否する。


「ふぅ、大丈夫ですよ。今から抜くのではなくて、大量出血を見越してあらかじめ少しづつストックしてた自己輸血用の貯血(ちょけつ)になるので私は一切傷付きません」


 マナがいざという時の為に用意していてくれた努力の賜物(たまもの)が今回役に立つ事になった。



「クリス、貴方は酷い外傷で、例えるなら輸血なしで外科手術を受けた位には出血していてどう考えてもすぐに普通には戻りません」


 アルカナが非凡な才能を持ち合わせていたから、この状態を維持できているのは奇跡といっても過言では無かった。


「針を通すのは抵抗があるかもしれませんがこれでずいぶん、いやかなり楽になると思います。逆にこれをしないとどんどん筋肉が落ちて歩行とかが要リハビリになりますからここは少し我慢して受け入れて下さい」


『こんなにしてもらっても俺は何も返せない……』


 貰い過ぎだと言うクリスと完治までの近道をなるべく歩ませてあげたいアルカナの思いはなかなか合致しない。


「大丈夫、クリスが元気になってくれるのが一番うれしいです。言葉とか記憶云々はその後からです」


 まずは大前提で命を守り、それから出きる事をすれば良いのだ。


「でもみんなにはくれぐれも内緒でお願いします。血の事とか……中には私を捕まえて、あるだけ全部しぼりとってやろうぜ! とか、読んで字の如く、血祭りにされそうで……痛そうです。うう……血祭りこわい」


 血祭りというワードに異常に震えるアルカナをクリスが必死に(なぐさ)める。



『ありがとう』

「今はゆっくり休みましょう」





 クリスは今日一日を振り返りしばらく神経質そうに難しい顔をして考え事をしていたが、刺客(アルカナ)に羊を数えられて敢えなく落ちた。

「ああ……この人、眠る事にもかなりのストレスを抱えちゃってるよ。どうしたら……むぅ」



 (ひたい)(にじ)む汗を(ぬぐ)おうと触れるや否や、寝惚けたクリスがアルカナを捕まえ、抱え込んでしまう。

「ちょっと! ん、今、震えが止まった?」


 身動きは一つもとれないけれど、この状態だと現に今、ぐっすり眠れている訳で、変な汗も震えも一切なくなって熟睡していた。


「でも何でだろう。私の体温? 感触?」


 ひたすらに穏やかな寝息がこぼれてくる。


「はぁ、つくづく子供で良かった……」


 若さ故の過ちや、あらぬ疑いが起こり様もない。もしこれで何か間違いを起こそうとしたら、それはそれで遠慮なく叩き出す理由にもなる。


 残念ながら、今の所はそういう事件は無くて……この現象を言葉に言い表したら……なに?






 うとうと……。




「そんなもの! 恥ずかしいにきまってるわ!」

 ちゅんちゅん……。

 窓際に小鳥達が集っていた。

 アルカナは、また不本意にも成人男性と一緒に寝落ちてしまった。人肌は大の苦手だったけれど、人助けの一環だと思えば……うん。


「……嫌じゃないさ。きっと」


 人助けとか、こういうモノも偽善なのかな? と面倒くさい事を考えてたら、もう一回腕の中で寝落ちしていた。


迂闊(うかつ)!」


 もうどうせだったら、開き直ってこの機会に自分の中の穴だらけの心も何かで塞がらないかなぁ等と頭を悩ませるのだった。


「このままクリスが元気になったら、お風呂とかも入るのかな? うぐっ……」




 一瞬、にこやかに湯船に浸かるクリスと自分を想像してしまったのは誰にも言えないアルカナ。


 ぼぼぼん!


「それはない!」





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