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 おにぎりの何がそうさせるのか、涙と鼻水をすすりながら鼻を真っ赤にして朝食を食べ終わる頃、男性の顔は大変な有り様になっているのだった。


「お兄さん、お急ぎですか? そうで無かったら少し(うち)で養生していきません? 血もまだ足り無さそうですし」

 お兄さんはチラリとアルカナを見て心細そうに(うつむ)いた。

「あわわわ……本格的に血が足りてなくて動いちゃダメなんですから、落ち込まないで下さい! 私、貴方を追い出したりしませんから」

 アルカナは本調子ではない彼の背中を必死に撫でていた。





 朝から甲斐甲斐(かいがい)しく部屋とキッチンを隠れる様に往復しては負傷者の世話に手を焼くアルカナの姿。マナはそっと見守っていた。


 すこし前までは彼女自身がマナに面倒みられる側だっただけに、今の状況は喜ぶべきモノなのかもしれないが、トラウマを追う元凶となった、人間の男性に対する恐怖心が彼女を弱気にさせる。



 あれは、いつかの凍える冬であったろうか。マナは体の大部分を破壊される大怪我を追った。酔った冒険者による行きずりの犯行であった。その時は仲間である森の守り手に拾われ、今より幼なかったアルカナの手で治療し事なきを得たが、人一倍繊細に作られてしまったばかりに、製作者ではない幼いアルカナでは、その心に追った傷までは直せなかった。


 そんな事があった元凶を作った人間(がわ)の、しかも男性を拾ってきて、あまつさえ看病をするという主人に対してマナは、人としての尊敬の念と共に戸惑いを感じた。


「人間……」




 しばらく悩んでいるとアルカナがキッチンにやってきてマナに話しかける。

「マナあのね……」

 その表情はおどおどしていて。でも、どこかモノ言いたげな瞳が何かを訴えかけていて、

「はぁ……」


 優しさとは時には罪なのだとマナは感じた。

(かしこ)まりました」

 用件を述べるよりずっと早くに答えを返されたアルカナは驚いた。


「私まだ何も言えてないのに……」


 全てを見透かされている様で複雑な表情を見え隠れさせる少女の前に(ひざまづ)くと、マナは目線を合わせる。

「貴女の顔を見ていれば言いそうな事ぐらい予想できます」

「ごめん、マナ」



「なるべく接触の無いようにするからもう少し、せめて彼が自分が誰なのかを取り戻せるまでは……」


「わかっています。貴女は優しい……今も私の目に触れさせない様に十分気を配って下さって」


 マナがアルカナを抱き締める。

「マナ」

「少しだけ、少しだけお時間をいただきます。さすがに私でも全てが悪人では無いのはわかっていますし、貴女が心を許す方なのならきっと()れてみせますから……」


「うう、ごめんなさい」




 マナの心と距離感を気に留めながら生活する事となった。

 一応は家族公認という事で胸を撫でおろすが、この同居人に対してはマナを頼らずアルカナ一人でその生活のすべてを面倒をみようと言う意気込みと、同じ大きさのプレッシャーも押し寄せてくるのだった。

「自分になにが出来るのか……」





「とりあえず家族の了承は得ました。まずは、お兄さんという呼称(こしょう)を、呼び名を何とかしたいと思います」



「何か思い出せるといいのですけど」

 男性は頷くとアルカナの掌を握ると人差し指で会話を始めた。


「あ」

 しっかりとした指先でアルカナの小さな(てのひら)にそっと撫でるように書き示す。その優しい仕草が妙にくすぐったくて指先が文字を描く度に背筋がゾクゾクしてしまう。

『君が……つけ……て』



『くれ……ないか?』


「はにゃあ!」


 最後の抜けの感覚に過剰反応してしまった。男性はその様子に驚いている。

 恥ずかしくてまともに彼を見られない。自分の頼りなさを再認識して、この先に一抹の不安を感じる。


 こちらを伺う男性を不安にしてはならないと、慌てて訂正する。

「だっ、大丈夫なんですよ? さっきのはいきなりだったからちょっと驚いただけで、あははは……!」


 なんとか誤魔化せただろうか。




「では、貴方の事はクリスと呼びましょう」

 彼の(まこと)の名が思い起こされるまで、仮初めの名はクリスとした。




「よろしくね? クリス」


 黒髪で紫の瞳をしたクリスと白髪にオッドアイのアルカナ。

 この組み合わせはまるで何かのボードゲームだと思った。



「うん。顔色はまだよくないけれど、何日か安静にしてたら起き上がれるようになると思うよ?」


 面倒を見るに当たって、クリスの着替えや日用品をどうしようかと考えていたが、ちょうどいい大きさの部屋着やタオル、一揃えが籠に入っていつの間にか部屋の前に置かれていた。中にはトップのヨダレ付きの木の棒やオモチャまでが混入しているみたいで家族の思いやりを実感した。


 嫌だというのにこの気遣い。マナにはとても敵わない。






 キッチンではすでにお昼の仕込みが始まった様だった。




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