1、最悪からの逃亡。
天気予報はハズレ……
もう十日連続、あめ、アメ、雨!
午後から本格的に振り出した冷たい雨が路面を濡らしていく。
滴る水滴。形態の真っ黒な画面に映る少女はずぶ濡れでそれが雨の水滴なのか自分の汗じゃない何かなのか判断に困るが今はどうでもよかった。
傘もささずに人の隙間を息を切らせて駆け抜けていく。
「天気予報の嘘つき、お父さんの嘘つき、お母さんの嘘つき!」
おしゃれをして歩くOL達は無言で少女を避けていく。少女はもう何もかもが嫌になっていた。
プツッ!
「あ……」
その音に身に覚えがあった。リュックについていた白いモコモコの子犬のぬいぐるみが道に落ちたのだろう。
「トップが……」
急いで振り返ったがアニメキャラのトップのぬいぐるみはどこにもなかった。
「……もういいや、い……らない」
逃げなきゃ……!
「お姉ちゃんこれ落としたよ?」
振り向くと一人傘をさした幼稚園児が、トップに付いていた茶色の首輪を手渡ししてくれた。
「お姉ちゃん泣かないで……今にきっといいことあるよ?」
「泣いてないし……」
幼稚園児に全てを見透かされている様で自分が堪らなくく惨めに思えて、こぶしを握り締めて俯いてしまった。
「……きっと明日は晴れだよ?」
「うるさい! え……」
一言文句を言ってやろうと思ったが、そこの通りに幼稚園児はもういなかった。
行きかう人が、面倒で嫌なものを見る目で少女を見ていた。
その他の通行人も指をさしてこっちを見ていた。
「……やだ、あれ見て、おかしい……」
かぁぁぁぁ……!
少女はその目線から逃れたくて駆け出す。
帰り道なんてどうでもいい、明日なんて無くなってしまえ!少女の気持ちを汲んでいるのか遠くで稲光が光る。
始まりはある日の朝。お母さんが言った一言だった。
「四葉はいつまでもネンネでだめねぇ。恋人一人作れないのよ? あなた」
「なに? いきなり……」
母親がいきなり顔をほころばせて手を叩いて喋りだした。
「だから外ならぬ四葉の為に、お母さんいいお話を持ってきてあげたの!」
「は……何のこと?」
いつもは子供に何の関心も無さそうな母親がさも名案だと言わんばかりに話し始める。
「お父さんのお知り合いの息子さんで、一貴君!とおっても背が高くて男らしい子なんですって。感謝して?」
「そうだぞ? せっかくお前のために見つけてやったボーイフレンドなんだぞ? ありがたく思え!」
いつもは家に寄り付かない父親までもがどや顔でこちらを見ていた。
「何それ……気持ち悪い」
普段は家族とは言い難い二人が手を握り合って喜んでいた。恐ろしく気持ち悪い光景に早くこの場を去りたくなった。
「あ……そうそう、あんまり早くにおばあちゃんにしないでよ?」
もうこの人達が何を言っているのか理解もしたくない。かたや親たちはそれはもう上手に言ってやったとほくそ笑む。。
ヨツハは足早にリビングから立ち去る。
仲のいい家政婦の坂口さんが後でこっそり教えてくれた。
上辺だけの笑顔で乗り切っていると思っていた父親の会社が酷い詐欺にあって、会社が立ち行かなくなってどうしようもなくなり、それを見かねて援助を名乗り出てくれた取引先の仁科成社長の息子さんに娘を差し出して婚約させるという話になっているそうな。
十年以上一緒にいた彼女の契約も今月いっぱいで切れて彼女はすこし早いが定年するという。泣きながらサヨナラを言われた。
「一体なんなの?」
ちょっと知人に聞いただけでボロボロと、その人となりが出てきた。仁志成一貴。元は離婚した実母に引き取られていたが、その実母が急病で亡くなり長年疎遠だった実父の仁志成氏に引き取られたたちの悪い不良らしい。
「知るか……そんなヤツ、私は絶対に認めないから!」
学校に行くとクラスメイト皆のヨツハを見る目が違っていて、どこからともなくひそひそと噂話が聞こえてくる。
「聞いた? 高橋さんのおうちって……」
「ええ……こわいわねぇ」
「まじか……」
「カワイソ-ー……くすくす」
「ウチなら死ぬなーー」
それは、親の会社のスキャンダルを知りながら素知らぬ顔をするクラスメイトからの誹謗中傷の嵐だった。
仲の良かった灯莉が今日はお休みでぽつんと一人。どれだけ耳を押さえてもどこかから笑い声が聞こえてくる。
「もう嫌だ……早退しよう……」
クラスメイトから冷たい目で見られ後ろ指をされる中、無言でカバンを背負い下駄箱に向かう。
そうしたらまだお昼も終わってないのに校門に数人のやんちゃそうな他校の生徒がたむろしていた。
「どいつだ? あのくそ生意気な一貴の婚約者になろうっていうモノ好きは……そう確か、高橋四葉!」
ヨツハは思わず物陰に隠れた。心臓がすごい速さで鼓動を打っていて、その音でバレたらどうしようとヒヤヒヤしていた。
「あんな野郎でいいっていうんだから相当な変わりもんらしいから、一足先に俺たちが相手してやろうぜ?」
「いいな! オレいっちば~~ん!」
「ひで~なぁ、お前ヤル気満々じゃん?」
到底受け入れられない話がここでもなされていた。
「それで一貴の悔しがる顔が拝めるならお得でいいだろう? あははは!」
口々にとんでもない下劣な事を口走っている。そんなことを聞かされては、いてもたってもいられなくて裏口に向かって駆け出した。
「ん……今誰か……おい、あいつじゃねぇか?」
校内を全力で駆け抜けた。
「なんなの? 私が何をしたって言うの?」
ヨツハは雨の中を精いっぱい走った。とにかく今はすべてから逃げ出したかった。
息切れしていたら声が聞こえた。
「おい、あっちだ!」
その足音は、次第に近くに聞こえる気がして、心まで追い詰められていった。
気付いたら見知らぬビルの外階段の手すりにかじかんだ手をかけていて、足が勝手にカンカンと音を立ててる。
「捕まったら……」
もうさっきから全部詰んでいる。でもそれを認めたくない自分が諦めてくれないし、諦めたくない!
息の白さと足取りの重さがヨツハから正気を奪い去っていった。
屋上のビルの縁でひっそりと息を整える。もう、これ以上はどこに逃げれば良いと言うのか……。
「……うぅ」
世界はこんなに灰色で、ヨツハは一人ビルの谷間を覗いていた。雨はいつの間にか止み、雲間から陽の光も差し込んできて……虹が出ていた。
「おい、いたぞ!」
ヨツハを追いたてる声がする。
震える手足を叩いて動かして一気に柵を乗り越える。
「私は自由だ! 一人でどこへだって行ける! いざとなったら空だって飛んで見せる!」
「ちょっと待て!」
さっきより人数が増えていてやたらと騒がしい。でももうそんなの関係なかった。
「あぁ!世界はこんなに綺麗で! 私は飛べる……」
次の瞬間、虹を背景にビルの屋上から飛び降りていた。
ヨツハの背中から羽根が見えた気がした。
コツコツと紡いで行きたいです。
ごっつ痛いのは最初だけです。