七話『新たな目覚め』
「知らない天井だ」
目が覚めたとき僕はベッドで寝ていた。周囲を見ればナースコールが見え、消毒薬の匂いがして、心拍数を告げる音が規則正しく鳴っている。
どうやら病院のようだ。安心したら尿意が襲ってきた。
くしゃっ
ベッドから降りるため手すりを握ると変な音がした。何だろうと思ったが、今は尿意が優先だ。
踏み出した足が軽い。床を踏み抜きそうなくらいだ。走ると怒られるだろうからゆっくりと歩いた。
「あれ、ここに来る前って何してたんだっけか?」
トイレから出ると少し冷静になった。まだ混乱しているのか何をしていたか思い出せない。なんで病院にいるのかも覚えていない。
「え?手すりが壊れてる」
病室に戻ると、ベッドに付属している手すりの一部がプレス機にかけられたように潰れていた。元からだとしたら斬新な作りだ。
少し怖くなっていると看護師のお姉さんがやってきた。
「ああ起きたんですね。おはようございます。あらあら、事前に言われてましたが手すり壊しちゃったんですね」
「え?これ僕のせいなんですか?」
「ふふっ、本当に言う通りですね。貴方を連れてきた人から何か力に目覚めているかもしれないから何か壊しちゃっても許してあげてとかなりの額を上乗せして入院費を払ってくれたんですよ」
「ええ!そんな申し訳ないです!僕が払いますよ…って思ったんですけど…お金がないのでお言葉に甘えます」
「仕方ありませんよ。服もボロボロで身体だけが綺麗だったんですもの。探索者なんですか?」
「そんなまさか!弱いせいで探索者になれなかった、くらいです」
思い出した。
僕は探索者ギルドでG級と言われて、ゴロツキと喧嘩になって、あれ?でもそれからどうしただろうか。
ああ、そうだ。ダンジョン警報が鳴っていたんだ。だとすると、あれは夢じゃなかったのか。僕はダンジョンの種にぶつかったのか。
なんで生きてるんだろう。凄腕の回復系統魔法の使い手がいたのかな。
「ごめんなさい。でも良かったじゃないですか!気付かないうちに金属を握り潰すくらい強くなったならきっとなんとかなりますよ」
「ははっ、そうですね」
G級のままならどうにもならないんですよ、とは言わなかった。それで今回痛い目を見たわけで、知らない人に当たるなんて間違っている。あの時と違って今は冷静だ。
しかし、力が強くなったことで少しだけ期待もある。もう一度探索者ギルドに行ってみようと思った。
簡単な問診を受けた後すぐに僕は病院を退院した。
色々手続きが早かったが、どうにも僕を助けてくれた方がSランク冒険者だったから色々便宜を図ってくれたようだ。
今度お礼を言いに行こうと名前を尋ねたら、【快晴】ギルドの白雪さんだという。
幼い頃、僕を助けてくれた男性が【快晴】ギルドのマスターをしていると聞いていた。
また【快晴】ギルドの人に助けてもらったと思った。何かと縁があるギルドだ。
それにユキと白雪で名前も少し似ている。
いつかこの恩を返せたら良いなと僕は前を向いて歩きだした。
まずは探索者ギルドだ。
「ど、どうですか?」
「残念ながら…。見ての通りG級ですね。魔力が分からないのでギフトも分かりません。すみません」
探索者ギルドで再検査を受けた僕にはやはり光は集まらなかった。
何か変わった感覚はあるのだが、残念ながら魔力ではなかったようだ。
「ありがとうございます。悔しいですけど、仕方ないですよね」
「達観してますね。失礼ですが、以前より残念じゃなさそうです。何かありましたか?」
「まあ色々ありまして。G級でも生きているだけ幸せだと思いまして」
「何ですかその達観した意見。色々の内容は絶対聞きません!危険な香りがします」
「ははっ、そんなことないです。ごろつきと喧嘩して死にかけたところにダンジョンが落ちてきただけです」
「あーもう聞かないって言ったのに何でおっしゃるのですか!でも、そうですか。生きてて良かったですね」
「はい!良かったです。それじゃあ行きます。また会うことはないでしょうけど、ありがとうございました」
「そんなことありませんよ、またご依頼にでもいらしてください」
そう言ってソフィさんは笑顔で見送ってくれた。
今度は穏便に別れの挨拶ができて良かった。
あの時はひどかったなと今でも思う。
再度検査してダメで吹っ切れたからか清々しい気分だ。
風が心地良い。
これで後ろから追いかけてくるローブ姿の人物がいなければ完璧だっただろう。
振り返るとちょうど向こうも声をかけようとしていたのかビクリと驚いて立ち止まった。
「何か用ですか?」
「貴方はG級ですか?」
「…だったら何ですか?」
渋い男性の声だ。
冷やかしだろうか。今回はともかく前回はずいぶん騒いだ自覚がある。その時に聴かれていたのだろう。
冷ややかに返答すると、相手は慌てた様子で、悪気はないのですが前回聞いてしまってと謝罪しながらフードを脱いだ。
フードの中は燕尾服の初老の執事だった。
「探索者になりたくないですか?」
執事はそんな怪しい勧誘をしてきた。
お読みいただきありがとうございます。