二話『能力測定』
グレイウルフの皮をなめして作られたお揃いの革鎧を着て僕たちは大きな建物の入り口に立っていた。安い割に丈夫で動きやすくて軽いこの革鎧は新人探索者定番の服装だ。探索者が運営する孤児院なだけあり、探索者になるものにはこういった餞別が与えられる。
心臓の音がよく聞こえる。
その音から目をそらすように目の前の建物を見た。
土色のレンガが積み重なった大きな建物だ。ロックゴーレムからはぎ取った耐魔レンガを合成に作って作られたこの建物が探索者ギルドだ。
生半可な魔物の攻撃では傷一つ付かない優れものだ。
「ユキ、緊張してきたわ」
「そうだね」
「こいつはD級かもしれねえからわかるが、アリアも緊張してんのか?」
「当たり前よ!それにユキはきっとB級よ!間違いないわ」
「それならガレアくんは絶対A級です!でも私は例えD級でもガレアくんを愛してます!」
「あ、ああ。サンキューな。マーガレットならD級でも俺についてきそうだな」
「当然です!それが私です!」
四人の中に笑いが起こる。
緊張がほぐれたのでそのまま探索者ギルドの裏口から入っていく。探索者登録は個人情報の塊だ。
受付嬢が能力を大声で他人にバラすなんてしたら懲戒免職処分ものだ。
探索者登録は事前予約で裏口から入って個室で能力測定と軽い面談を行う。
探索者ギルドの制服を着た職員の方に案内されて通された先ですらっとしたお姉さんが待っていた。
「「「「よろしくお願いします!」」」」
「いらっしゃい、ふふっ、初々しいわね。今日貴方たちを担当させていただくソフィよ。よろしくね」
お姉さんの笑顔に見とれているとアリアに小突かれた。横からはガレアの悲鳴も聞こえた。恐らくマーガレットだろう。
「それじゃあ、念のために確認するけど四人は一緒の計測で問題ないわね?」
「はい、どちらにしろ皆で共有するつもりですので大丈夫です」
「そう、最初に言っておきます。この計測結果が人生の全てではないわ。それを肝に銘じておいて」
僕たちはうなずいた。
僕たちの真剣な顔を見てソフィさんは破顔した。
「それじゃあ、誰から計測するかしら?」
「もちろん俺様からだ!」
立ち上がりガレアが精密計測器の前に立つ。頭に巻くタイプの簡易計測器と全身を計測する精密計測器の二種類があり、これは精密計測器だ。
半円状の筒型の計測器の前に立つとソフィさんが装置を動かし、装置からふよふよと光が出てガレアにくっつく。数秒経ったかと思うと光は消えた。
「じゃあ、細かい結果は紙で伝えるとして階級・等級、それからギフトを伝えるわね」
ガレアが肩を揺らした。自信家の彼でも緊張しているのだろう。
「ガレアくん、君はB級9等級よ。ギフトは【槍の妙技】よ。これは文字通り槍さばきに補正がかかるギフトよ」
「B級か」
「やりましたね、ガレアくん!立派な探索者になれますね」
ガレアは安心したような落胆したような声で呟いた。けれどマーガレットの嬉しそうな顔につられて彼も笑った。
ソフィさんは何か言おうとしていたが彼の様子に大丈夫だと思ったのだろう。
「はい!次マーガレット行きます!」
「はいはい、落ち着いてね。これ壊したら貴方の何年分のお給料かしら?」
「ひぃ!落ち着きます!落ち着きました!」
飛び込みそうだったマーガレットはおそるおそる入っていく。
マーガレットを淡い光が数秒包んで、霧が晴れるように光が消えていく。
「マーガレットさん、貴方はC級10等級よ。へえ、固有ギフトよ。ギフトは【恋する万力】よ。【恋する○○】シリーズは恋愛感情を原動力に変化するギフトで、万力だからきっと力に強い補正がかかるわ」
固有ギフトは名前の通り一人だけの専用のギフトだ。固有ギフトは稀に呪いのような性能のものもあるが、だいたい当たりだ。
「やった!ガレアくんと一緒に探索者になれます!」
「…これからは手加減してくれよ」
「はい!精一杯がんばります!」
彼は溜息を吐いた。
「それじゃあ、次はどっちにする?」
「僕を見てください!」
僕は立ち上がった。バクバクと心臓がうるさい。
これ以上待っていたら心臓が破裂してしまいそうだった。
精密計測器がまるで処刑道具のように思えてくる。
精密機械から溢れる光が僕に触れようとして、ぶつかって跳ね返った。
「あれ?おかしいわね」
再度ソフィさんが装置を動かすが結果は同じだ。
ガレアやマーガレットの時みたいに光がくっつかず離れていく。
嫌な予感がする。
心臓が早鐘を打つように鳴った。
装置に手を当てソフィさんの手に吸い付く光を見る。
「うそでしょ…」
ソフィさんの顔が青い。
どういうことなんですかと詰め寄るアリアの声が遠くに聞こえる。
「この装置は魔力の吸収率と体内の魔力圧を測っているの。それが何の反応も示さない。つまり、彼の魔力吸収率はゼロよ」
ああ、もうやめてくれ。もう十分だ。
「彼はG級よ」
それは探索者にとっての死刑宣告だった。
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