十九話『ヴァンピエル家とアダマスフィア家』
ひとしきり泣いて疲れたのか、お嬢様はお休みになられた。
その後、僕と白雪さんは当主様の歓迎を受けた。
「君には世話になった。この恩を生涯覚えていよう」
銀髪の凛々しい美丈夫が重低音の声で感謝の言葉を紡いだ。
彼がヴァンピエル家の当主にして、マリア様の父親であるラキアス・フォン・ヴァンピエルだ。
「探索者になりたくて、自分のためにしたことです」
「そうか、セバスの探索者権限を君にという話だったね。セバスはそれで良いのか?私のものでも構わない」
「この老骨のものでよければ是非に。しかし、このご恩はそれだけでは返せそうにありません。他に何か欲しいものはありますか?」
「僕にとって探索者になれるということは万金に勝る価値なのです。だからこれ以上はいただけません」
セバスさんの言葉は魅力的だったが、僕は更なる褒美を断った。これ以上は貰い過ぎだ。
下手に欲をかくと碌なことにならない。
「最近では珍しい出来た若者だ。ならば今はやめておこう。しかし、先ほども言った通り私は生涯この恩を忘れはしない。困ったことがあれば訪ねてきたまえ」
「ありがとうございます」
深く頭を下げてお礼を伝えた。
不意に部屋の隅に違和感が溢れた。黒い闇が渦巻き、それは現れた。
黒を基調とした派手な衣装に身を包んだ僕と同じくらいの年齢の少年だ。
彼の後ろにはフードの謎の人物がいる。二人ともからすごいオーラを感じる。
「何か良いことでもあったみたいだな?」
「貴様!!その世迷言を抜かす口を削いでやる!」
セバスさんがどこから取り出したのか、細剣を少年へ突き付けた。
けれど少年の身体は闇のように崩れて剣が当たらない。少年が剣に手を伸ばすがセバスさんが後ろに跳ねて回避した。
「ふははっ、俺の【闇】は何者にも傷付けられない。そんな公然の事実さえ忘れてしまったようだな、ご老人?」
状況が飲み込めない。
この少年は誰だ?そして何故セバスさんはこんなにも彼を目の敵に…
「もしかして、アダマスフィア家の貴族?」
「ほぅ、ゴミにも目が付いていたか。いや、私の溢れんばかりの気品が気付かせてしまったのだな」
どこまでも偉そうなやつだ。
けれど実力は本物みたいで厄介だ。
彼は僕に手を伸ばしてきた。
「彼は渡さない」
「美しいな。俺のものになるなら俺のことを掴んだことは許してやろう」
「嫌」
「ふっ、俺の本気を見ればすぐにその気になる」
素っ気ない態度だったが、彼は気にしていないようだ。自分を信じてやまないのだろう。
だがしかし、彼の言葉にずっと彼の後ろに控えていたローブが揺れた。
ローブから顔を出すと30歳程の歴戦の猛者を思わせる青年だった。
「オーグ様、そいつは俺の獲物です。オーグ様にもやれません」
「ほぅ!ならばこいつがあの【一輪】か」
少年は白雪さんを【一輪】と呼んだ。白雪さんは周りに誰も寄せ付けず一人で咲く可憐な華だから一輪だと言われている。
けれどその呼称を彼女は嫌っているそうで誰も彼女の前ではその名は口にしない。
「要件が無いようならおかえりいただこうか!」
彼女の気配の揺れを感じたのかセバスさんが割って入った。
横に立っている僕でさえ怖いのに煽った張本人の彼は平然としている。
図太いのか鈍いのか分からないが僕には真似できそうにない。
「焦るな老愚、要件ならある。おいラキアス、今日こそ戦争だ!娘の弔い合戦でなくて残念だが今度こそ受けるだろう?」
ああ、やはり真似なんて出来そうにない。
僕はこの男が嫌いだ。
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