十八話『純白の貴族令嬢』
新章開始です。
白雪さんとダンジョンを出た僕たちはまっすぐにヴァンピエル家へ向かった。
ダンジョンの入り口ではセバスさんが待っていた。僕たちの帰りをずっと待っていたそうだ。
僕が手に握っている真っ赤な花を見て涙をぼたぼたと流しながら何度も感謝の言葉を述べて頭を下げていた。
ヴァンピエル家の門ではセバスさんが事前に説明していたようで歓迎され、すぐに中に通された。
大きな薔薇園を通り過ぎて本邸へ通された。道中で出くわす使用人は不審な顔で僕のことを見てきた。
セバスさんは悲しい顔で私の個人的な客ですと言って申し訳なさそうに謝った。
「こちらです」
他と比べても一段豪華な作りの扉に案内された。
ここに貴族の令嬢がいる。そう思うと緊張するが目的は治療だ。
それに彼女の現状をきいた今では早く救いたい。
ただそれだけだ。
「失礼します。治療に来ましたユキと、いう、もので…」
それ以上僕は言葉を紡げなかった。
最近は色々驚くことがあった。でも彼女はそのどれよりも異質だった。
「きれい」
僕の声じゃない。白雪さんだ。
でも想いは同じだ。
彼女は余りに白かった。
真っ白な髪、真っ白な肌、真っ白な服、周りの空気まで白くなるほど彼女は白い。
そんな中、彼女の瞳だけが真っ赤だ。ルビーのような美しさだ。
「 」
彼女の口が開いて空気が震えた。
けれど、それは白く塗りつぶされたように消えた。
事前にセバスさんに聞いていたがこれが彼女にかかった呪い【白化】だ。
何もかもが白くなる呪いで、まずはじめに見た目が白くなる。次に声が白く塗りつぶされて届かなくなる。最後に人の記憶や意識から白く塗りつぶされて消える。彼女のことを誰も覚えていないのだ。彼女のことを覚えているのは高い魔力を持ちダンジョンへの抵抗を持つ者だけだ。セバスさんは邸内で最も魔力が高い。だから彼だけは彼女のことを覚えていた。
「今、助けます。上を向いて口を開けてください」
そう伝えると彼女は言ったとおりにしてくれた。こちらの言葉が聞こえていることだけが救いだ。
僕は取り出した花を彼女の口元に持っていき、力を込めた。
真っ赤な花から血よりも赤い雫が落ちた。彼女はそれを嚥下した。
辛いのか不味いのか、彼女は顔をすくめて震えた。
「うぅ、苦い」
「そうなんですか?」
彼女はびっくりした顔でこちらを見た。
「…うそ。わたしのこえ、きこえるの?」
「はい、きこえますよ」
彼女を落ち着かせるようにゆっくりと僕は彼女に答えた。
彼女は僕にぶつかってきた。僕の服に顔を押し付けて、それから声を上げて泣いた。
その大きな泣き声は外にも聞こえたようで、そして彼らはその声が誰のものか、彼らのお嬢様の存在を思い出して集まって泣いた。
「私は、本当に私の娘を忘れていたのか。見えていなかったのか。セバスの言葉は真実だったのか」
その中にはヴァンピエル家当主もいたようで彼は自らの醜態を恥じた。そして娘を壊れないように優しく抱きしめた。
彼女は今まで届かなかった想いを全て届けるようにずっと泣いていた。
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