十一話『空腹』
僕の目の前にある魔法石から目が離せない。
口の中を溢れんばかりに唾液が満たしていく。
胃の中が空っぽだと主張してくる。腹が減った、目の前のご馳走をよこせと胃が駄々をこねて暴れる。
喉から手が出そうなほど魔法石が食べたい。
おかしい。僕はこんな人間じゃない。
いや、そもそも他の魔法石には反応しないじゃないか。
なんで、だとか、そんな細かいことはもう分からない。
食べたい。
食べるんだ。
この魔法石を体内に取り込む。
それだけだ。
それだけが僕の欲望だ。
「ヴォエ」
体の芯が揺れる。気道を押し上げて、口からぬめりとした黒いうねった何かが出て魔法石を掴みひゅるりと戻った。
後には満たされた想いと恐怖だけが残った。
あれは何だ。
僕は何なんだ。
一体どうなってしまったんだ。
興奮したせいか体が熱い。
いや、興奮だけではない。
ずっと使われていなかった炉に火がくべられたみたいに体の中が燃えている。
「大丈夫か?」
「腹が痛いから気張ってきます!心配しないでください!」
「そっちは探索が終わってない!向こうに行ってこい」
「ありがとう!」
ダンジョンの先へ駆け出そうとしたらオスカーさんに苦笑気味に送り出された。
魔法石を食べたところは見られなかったみたいだが、苦しそうな姿を見つかってしまい咄嗟に変な言い訳をしてしまった。
でも今一人になれる意味は大きい。自分でも自分の体がどうなるか分からない。
角を曲がって彼らの視界から外れて、限界が来た。
黒い蒸気が体から溢れ出す。体の中が膨張してヘドロが満たしていく感覚だ。
蒸気が体にまとわりつき形作っていく。
体を一回り大きな闇が包み込む。
手には鋭利な爪が生え、口には牙が尖り、背中の付け根からは太い尾が伸びていく。
「グゥウウ」
僕はうなり声をあげていた。
オオトカゲだ。
僕は魔物になっていた。
「どうした!大丈夫か?」
角の向こうからオスカーさんの声がする。
大きな音を立ててしまったからだろう。
やばい。戻れ。戻れ。戻ってくれ。
「…なんで」
オスカーさんの声が低い。
「なんで四つん這いになっている?」
オスカーさんは四つん這いで尻をむき出しにした僕を見てそう言った。
なんとか間に合ったみたいだ。
「新しいスタイルに挑戦してみようと思いまして…」
「辞めた方がいいよ。」
僕の頭はもっとマシな言い訳を思いつかなかったのだろうか。
引き返す前に僕を見るオスカーさんの蔑んだ視線が痛かった。
それから、僕は彼らの元に戻った。
オスカーさんは何も言わないでくれたのかヘレンさんたちの態度は普通だ。
心配されて心苦しくなってしまう。
その後、魔物を倒してもらいながら小一時間ほどダンジョンを進むと急に明るくなってきた。
暗い場所にずっといたせいで眩しさに目がくらむ。
洞窟の中にぽっかりとあいた空間だった。来た道より一段低くなっており、血のように真っ赤な液体が膝下まで満たしている。鉄臭い。
「ここが目的地だよ」
オスカーさんが指をさす。
そこには一面の曼珠沙華の花畑が広がっていた。
曼珠沙華は血を吸ったような真っ赤な色をしていた。
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