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カメリーンの説明が終わると、総合室の面々は一斉に話し出した。
「知らないメイドが連れ去ろうとして、何かの拍子でカメリーンが窓から落ちたってわけね。護衛の騎士は何してたのよ。そのメイドがどんな容姿か覚えてる?」
「良かったぁ、おなかを減らしてるんじゃないかって、アイリーン様がとても心配してましたから」
「道理で黒い亀から離れん訳じゃな。惚れているから、一緒にいたいというわけか」
「……黒い亀がうらやましい」
ローラ、ルーカス、サム、ジョンの反応は様々だが、誰もカメリーンがしゃべっていることに突っ込んでいない。
総合室は雑務も引き受けているので、時折変わった案件に関わる。カメリーンはその最たるものだ。
一見白い亀に見えるカメリーンだが、その正体は、ボスポラス海国が奉る海神に仕える精霊の子供だ。
「白い亀を見つけたら丁重に扱え」という王家の言い伝えに従い、半年前に第二王女アイリーンがたまたま浜辺で保護し世話をしている。一ヶ月前の最初の脱走劇で色々あった総合室の面々とは顔見知りだった。彼ら以外に正体を知るのはごく一部で、極秘事項となっている。
そしてカメリーンは片言だが会話ができた。なので、先程の彼らの言葉の意味はよくわかっていたようで。
《オレンジ色、スカーフ。珊瑚、ピアス。右耳、二つ。カメリーン、いない。新しい、用意。カメリーン、偽物。アイリーン、喜ぶ。アイリーン、メイド》
これに驚いたのはルーカスだ。いつもの緩やかな話し方ではないのは、余裕がなくなっている証拠だった。
「それって、騎士団員に言い寄られたって訴えたきた、洗濯室のメイドと同一人物なんですけど! 今日はそのメイドが休みの日なので、同僚に話を聞いていたんです」
《オレンジ色、スカーフ。赤い花、ピアス。珊瑚、仲良し。赤い花、夜。カメリーン、探す》
カメリーンはルーカスを見つめてから、その視線を洗濯かごに移した。サムからかごを受け取ったルーカスは、タオルの中から二つに折り畳まれた小さな紙片を見つける。
「赤い花のピアスを付けたメイドも、洗濯室にいましたね。珊瑚のメイドは中流貴族の娘で、赤い花のメイドはその取り巻きみたいな……ああなるほど、そういうことか」
「何よルー、一人で納得して」
「この手紙は、赤い花のメイドからの密告です。端的に言いますと、全て珊瑚のメイドが企んだことみたいですね。自分に惚れている騎士団員がアイリーン様の護衛で、言いくるめて部屋へ侵入。カメリーンさんを誘拐して自分が見つけたようにみせかけて、アイリーン様の信頼を得ようとしたみたいです」
「はあ? 馬鹿な女ねぇ」
ローラは眉をひそめた。ルーカスも渋い顔をしたまま続ける。
「でもカメリーンさんは中庭に落ちてしまい、珊瑚のメイドは赤い花のメイドに白い亀を捕まえろと命じて、夜中に探させたみたいです。その内に色んな噂で、自分が探しているのがアイリーン様の大事な亀で、尻尾切りで騎士団員が珊瑚のメイドからの告発で尋問されたと知り、真相に気付いたようで」
つまり、カメリーン脱走は珊瑚のピアスのメイドの仕業、騎士団員は惚れた弱味で彼女の悪行を言えず、幽霊事件は赤い花のピアスのメイドが夜な夜なカメリーンを探していた姿を見られたもの。
サムが呆れたように呟く。
「裏付けは必要じゃが、総合室が扱っていた三つの案件どれもが繋がっていたとは」
「カメリーンに聞きたい。今回はどうしてそんなに親切なんだ?」
嘘を言わない精霊の言葉は信用に値する。しかし、基本的に気ままで自由だ。カメリーンが人間の世界に興味を示して、ふらりと遊びに来たところからも窺える。幼いアイリーンの無邪気さと聡明さが好きなようで、彼女の友人という立場に満足しているらしい。
子供とはいえ精霊が事件のヒントをくれるのには、何か理由があるはずだ。
ジョンの質問に、カメリーンがこくりと頷く。
《恩、売る。エレナ、優しい。かご、タオル。あたたかい、柔らかい。カメリーンさん、呼ぶ。エレナ、好き。アイリーン、メイド。新しい、メイド……》
「却下だ」
「室長、精霊相手にばっさり拒否って! まあ僕もエレナさんはここにいてほしいですけどぉ」
「そうね、エレナも総合室に異動になったばかりだから、さすがにあと一年は難しいわ。本人も戸惑うだろうし」
「儂も同感じゃ。能力の解明もあるが、エレナちゃんはうちの癒しだからのぅ」
エレナに親近感を覚える総合室の面々は、精霊の提案に否と答えた。気分を害する様子もなく、カメリーンは目をしぱしぱと瞬かせる。
《んん、カメリーン、眠い。話す、疲れる。相談、後で。またね、おやすみ》
「カメリーン、色々とありがとうございました。すぐにアイリーン様の元へ連れていきますからねぇ」
「もう寝ちゃった。黒い亀は随分前から寝ていたみたいだけど、大物よね。精霊の恋人よ?」
カメリーンたちを起こさないように、小声でボソボソと話し合っていると。
トントン。
「失礼致します。お茶のご用意ができました。あら、亀さんたちは寝てしまったのですね」
ポットや皿が乗った台車をガラガラと押して入室したエレナは、テーブルの上の白黒の亀を見つけて微笑む。
そもそも洗濯かごの衣服を片付けるのは、メイドであるエレナの役目だった。赤い花のピアスのメイドが紛れ込ませた告発の手紙を発見するのは、必然的に彼女だったはず。読んでしまったら、今回の案件に巻き込まれていたかもしれない。
また、カメリーンが起きている間に戻ってきていたら、国家機密扱いの精霊の存在を知るはめになっていただろう。
それらを全て回避したのだ。しかし、どの程度の危機で能力が発現するのか測りかねる。二週間経って慣れてきた頃だ、そろそろ本人に直接聞く機会なのかもしれない。
サム、ローラ、ルーカスが顔に出さず今後の対応を考える中、ジョンは違った。エレナに近付き、いつもの無表情を更に強ばらせながら口を開く。
「……手は、足りているか?」
「大丈夫ですよ、これが私の本業ですから。お気遣いありがとうございます。ふふ、室長はいつもお優しいですね」
「いや……」
「私、パイナップルケーキが大好物なんです。すぐに切り分けますから、少しお待ちくださいね」
想い人ににこっと微笑まれ、遅い初恋を迎えた三十路男は耳を赤くしてこくりと頷いた。
浮かれたジョンがパイナップルケーキを山ほど贈ろうと密かに決意する。その気配を察知したルーカスとローラが目配せをして絶対止めようと頷き合う。サムはジョンの行動に頭を痛める。精霊の子供は恋人を愛しく思う。
そしてエレナは何も気付かず、機嫌良くパイナップルケーキを切り分けていた。
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(イラストレーター:あかた様)