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 二年前、エレナがメイドの集団面接を受けに城へ来たとき、ジョンは面接官の一人だった。

 他の娘たちの誰もが、酷薄に見えるジョンの顔を見ないように目をそらす中、エレナだけは、恐がる素振りも見せず彼に向かって満面の笑顔を浮かべたのだ。


 それが、身内以外の女性に好意を示されたことがない男の、初めて恋に落ちた瞬間で。


 エレナにしてみれば、前日の夜に読んだ本に出てくる、国のためにあえて悪役に徹する忠臣の挿し絵にそっくりな人がいるわ! と喜んでいただけのだが。


 その後は接点もないまま過ぎる。しかし、総合室に時折入るエレナの情報から、彼女の優しい性格やきっちりとした仕事態度も好ましくなり、ジョンの恋心は一方的に燃え上がった。


 ジョンが何も言い返せず黙り込んでいると、その様子を憐れんだルーカスが助け船を出す。


「でも、エレナさんってここに来てまだ日が浅いのに、割と室長に普通に接してますよね。さっき洗濯室で会ったときも、コーヒーをこぼした室長のほうが親しみを感じるなんて言ってましたし。噂なんて全然気にしてない感じでした」

「エレナくんが、俺に親しみを……?」

「だからって、明日もコーヒーぶちまけないでよね」

「……ああ、わかってる」


 悲壮感あふれる雰囲気から一変、ルーカスの言葉に目を輝かせたジョンは深く頷く。本当にやりかねないと、ローラはじとっと半目で睨む。


「本当に浮かれているわね。室長の仏頂面は見慣れれば何を考えているのかわかりやすいから、エレナみたいに噂を気にせず空気を読める人なら理解するのも早いってだけよ。サムのほうが、一見好好爺然として、よっぽど感情が読み取れないわ」

「ふおっふおっ、これでも大昔には宰相という職を勤めていたのでなぁ、感情に左右されとるようではやっていけなかったのじゃ。しかし、もっと珍しいのはルーカスじゃろう。あの脳筋一族のジブラルタル家の傍流で身体能力の高さや武道に精通している割に、感情も一定で諜報活動も難なくこなしとるし」

「脳筋って……事実ですけど。僕はたいしたことないですよぅ」


 滅多に誉めないサムの言葉に、ルーカスが大いに照れた。ローラは優しい目を見せる。


「あたしは数字以外はからきしだからねぇ。本当にルーはすごいわよ」

「……ローラの会計能力の高さは、ずば抜けている。食堂の仕入でも会計監査でも無駄がなく、不明な数字や明細をすぐにあぶりだすし」

「まあ、あたしのはかつかつの家計と戦ってきた経験からだけどね。ふふっ、室長ったら素直ね、珍しいじゃない」

「さしあたっての問題は、エレナの能力の見極めじゃ。エリック陛下に何と説明していいのやら。ジョンの目が恋で曇ってるなどと、到底言えるはずもない。昔からジョンを知っている儂からすると、恋に振り回されているおぬしを見れて、嬉しくもあるのだがのぅ」


 複雑そうな表情でサムはため息をついた。


 エレナの妄想は、あながち間違っていなかった。

 総合室の真の姿は、王宮で働く職員たちを監査する国王認定のプロフェッショナル集団なのである。雑務の傍ら、それぞれの特性を生かした仕事に励んでいた。


 ジョンは、人の隠れた資質を見極める能力を持っている。そのため、新しい職員の面接には必ず立ち会っていた。騎士団所属のルーカスと食堂の下拵え担当だったローラなど、特殊能力持ちの人物は、各部署で基本的な仕事を覚えてもらってから、総合室に異動してもらった。そこから本人の希望も踏まえて、適材適所に配置する。時折仕事態度に問題のある職員も異動させて辞めさせているので、他部署からは左遷先と認識されることとなった。


 そしてエレナも能力持ちだったことが、この二年の間で徐々に判明した。ジョン初めての見落としに総合室の面々は驚いたが、無表情が基本の男が真っ赤な顔で俯く様に、全員瞬時に理解した。そしてエレナにだけは役に立たない室長の代わりに、部屋付きのメイドに異動してもらい、他の職員たちで様子を見ようということになったのだ。


 元上司や部下たちからの生ぬるい視線を避けるように、気まずげに髪をかきあげた。


「……エレナくんが、危機回避能力・・・・・・の持ち主なのは判明しただろう」

「ふむ、それが『自分』に対することなのか、『広域』での意味なのか、二週間ではまだ判断できんぞ。この違いはかなり大きい」

「それは俺の能力でも無理だ」


 サムがふさふさの髭をさすりながら深く息を吐くと、手もちぶたさになってテーブルを布巾で拭いていたローラが笑った。


「そりゃ、室長のデートの申し込みを避け続けているんだから、『自分』に関することなんじゃないの」

「……俺が、危険だっていうのか」

「異動してきてたった二週間で、上司にデートに誘われたら誰だって怖いでしょ。それに、エレナはメイドのプロ意識がとても高いの。仕事に色恋を挟むような男は嫌われるわよ?」

「……」


 ぐうの音も出ない。

 デートに誘うことばかり考えていてコーヒーをこぼしてしまったジョンに対して、テキパキとシャツの替えを出してすぐに洗濯しに行ってくれた優秀なメイドのエレナ。責任感の強そうな瞳に間近で見つめられたことまで思い出し、またも顔に熱が集まりそうになる。


 黙り込んだジョンに構わず、ローラがニカッと笑った。


「室長のことはあれだけど、エレナがここへ来てくれて本当に助かったわ。能力以前に、メイドの仕事は完璧だもの。私がやっていた部屋の掃除や片付けとかも任せられて、だいぶ楽になったし。何よりいい子でかわいいわ! 特に決まった相手もいないようだから、うちの二番目の息子と会わせてみようかしら」

「……ローラ。君の息子と、決闘させてもらえるだろうか」


 本気とも冗談とも取れるお見合い話に即座に反応したジョンは、薄紫色の切れ長の瞳に嫉妬の炎を燃やす。


 その時、


 《カメリーン、説明?》


 唐突にたどたどしい幼い声が総合室にいる四人の頭の中に直接届く。

 サムは洗濯かごから白と黒の亀をそっと取り出し、テーブルに乗せた。


 《カメリーン、眠る。アイリーン、いない。知らない、メイド。カメリーン、驚く。メイド、掴む。窓、開いてる。カメリーン、落ちた。外、こわい。黒、会う。食べ物、くれる。カメリーン、元気。黒、優しい。黒、大好き》


 白い亀が短い手足を使って、身ぶり手振り(?)説明し出した。最後に黒い亀にぎゅっと抱きつく。実際には、黒い甲羅の上に乗っただけだが。


 四人は驚いた。

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