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6.海岸1

馬車移動中の三人の会話

クロ「いろいろあって聞きそびれちゃったけど、なんでエレナちゃんはいなかったの?」

ジョン「今日と明日、休みを申請していたからだ」(憮然とした表情)

マリー「サプライズで驚かそうとしないで、事前に連絡を取れば会えましたのに……残念ですわね」(いい笑顔)

クロ「そんなぁ……エレナちゃーん!!」(絶望)

 ――少し時間は戻り、エレナは先程ぶつかった麦わら帽子の少年を追っていた。

 スカートのポケットに入れた麻の小袋にそっと触れる。


(この落とし物、きっとあの子の大切なものだと思う。こういうときの()()()って、結構当たるんだよね)




 少年が走り去った後、道端にこの小袋が残されていた。エレナは周囲にいた人々に落とし主がいないか聞いて回ったが、みんな首をひねるばかり。

 どうしたものかと考えていると、近くにいた書店の老店主に声をかけられた。元々立ち寄ろうと思っていたので一緒に古書店の中へ入ると、店主は本棚の整理をしながら、小声で話し始めた。


『その小袋、さっきの男の子のものだよ。うちでは、傷んで売れなくなった本を定期的に養育院へ寄付しているんだが、あの麦わら帽子をかぶった子が小袋をぶら下げているのを見た覚えがある。室内でも帽子をかぶっていたのが印象的でね。すぐ隠れてしまったので気にかかったんだが、養育院の先生たちから触れないでほしいような口ぶりで。きっと何か訳があるんだろう。あそこにはいろんな家庭の事情で預けられた子どもたちがいるから』


 その話を聞いたエレナは、落とし物を届けに今いる道の先にある養育院へ行こうと思ったのだが、()()()足が動かなかった。少年が走っていった方向が浜辺のほうで、養育院ともそこまで離れていないので、ひとまず後を追うことにしたのだ。




 少年が向かった細い道は途中で行き止まりになっていた。しかしよく見ると、両脇から鬱蒼とした植物が生い茂る獣道のような急な下り坂を見つけた。転ばないように気をつけながら足早に進む。


(ちょっと時間が経ってしまったけど、さっきの男の子はいるかな……わ、眩しい!)


 突然視界が開けた。その瞬間、エレナは心の奥底から湧き上がってくる喜びを感じた。


「わあ……!」


 そこは、誰もいない崖下の海岸だった。

 白いサラサラとした砂浜、透き通る遠浅の海、抜けるような青い空、まぶしい太陽。切り立った崖も、ゴツゴツとした大きな流木も、漁師たちを乗せる沖の舟の影も合わせて、全てが一つの絵画のように美しい。


(海を見ると、ボスポラス海国の国民なんだなって改めて実感する。『心はいつでも海と共に』。亡くなったお祖母様のお手紙を思い出すわ……)


 エレナは少ししんみりとした気持ちで、眼の前の光景を眺める。

 母方の祖母は、隣国との国境に近い浜辺にある海の女神の神殿の巫女だった。祖母は神殿の仕事で忙しく、エレナは病弱で馬車にも乗れなかったため、祖母とはずっと文通をしていた。

 18歳になる直前、無理を押してエレナを見舞った祖母とようやく対面。その後、病弱だったエレナの体調が突然みるみる回復し、家族や幼馴染は奇跡だと喜んだ。エレナが成人の儀で神殿に訪れる直前に祖母は亡くなり、直接言葉を交わせなくなってしまったのは、とても残念なことだった。


(わわ、危ない! 帽子が飛ばされるところだったわ)


 風が少し強くなってきた。

 かぶっていた帽子を手で押さえながら、ふと上を見上げたエレナは、崖の上にある貴族の別邸らしき屋敷に気づき、顔を青ざめる。


 こんなに美しい浜辺なら人気になり、観光客が押し寄せそうなのに、誰もいないことを不思議に思っていたのだ。崖下という立地上、ここへ来る手段がエレナが今来た細い坂道だけだからかと思っていたが。


(待って、もしかしてここって、貴族の個人所有の浜辺(プライベートビーチ)かも……あっ、よく見れば崖上に続く石段もある! 大変、あの男の子を早く探さないと!)


 持ち主に見つかる前に少年を見つけようと、エレナは焦って辺りを見渡す。すると、押し殺したような声が風に乗って微かにエレナの耳に届いた。それは大きな流木の後ろからだった。


「うぅ……うぐっ……ママ、パパ……会いたいよ……ひっく……」


 そっと覗き込むと、先程の麦わら帽子の少年が体を丸めてうずくまっていた。その悲痛な声音から彼の境遇が想像でき、エレナはぎゅっと心が痛くなる。

 エレナはポケットに入れた小袋を思い浮かべながら、慎重に考えを巡らせた。


(あまり刺激をかけないように、この子が落としたものを届けに来たことを伝えないと。できれば養育院まで送りたいけれど……って、つ、冷たいっ。あれ?)


 水滴が顔にかかり、エレナは空を見上げた。鈍色の雨雲は見当たらず、真っ青な空から霧のような小雨がサアッと降り注ぐ。風がどこかで降っている雨を連れてきたようだ。


 真っ青な空と海、そしてにわか雨。日光にキラキラと照らされた水滴を肌に感じながら、その幻想的な光景に思わず感嘆する。


「ああ、本当に『雨の森に傘を忘れて海へ行こう』の世界みたい。きっと主人公の三人が旅の最後に見たのは、こんな光景だったんだろうなぁ……『空と海が溶け合い、ここまで僕らで来られるなんて、思わなかったね』」

「……『嫌なこともたくさんあったけど、それ以上に外の人たちのあたたかさを知ったよね。ここにこれて本当に良かった』」

「『あたし、この瞬間を、絶対に忘れないよ。森に帰っても帰らなくても』……って、えっ! ええっ?!」


 つい本の台詞を口にしたら返事が返ってきたのに驚き、振り向くと流木から麦わら帽子の少年が頭を出していたので、更に驚いてしまった。


「うわわっ!」

「ま、待って、逃げないで! これ、この小袋を、届けに来たんです!」


 俊敏な動きで逃げ出そうとする少年の背中に、エレナは大きな声で叫んだ。


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