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本日二回更新の【一回目】です!
クロードへの公開説教中の総合室に、カーンカーン、カーンカーンと外から鐘の音が届いた。
ふう、と一呼吸ついたジョンが口を開く。
「……昼食の時間だ。ローラ、そろそろいいだろう」
「そうですわね。それではクロード様」
「は、はいっ」
「この総合室内に限り、貴方様が『クロ』だったときと同じように接することをお許し頂けますか?」
「へ……? あっ、も、もちろんですっ!」
ローラが発した言葉の意味を理解するのに時間がかかったのだろう。うなだれていたクロードは少し間を空けてから勢いよく首肯した。ふさふさの尻尾がそろりと動き出す。
「ありがとうございます。それでは……クロ、急に態度を変えて驚かせてごめんなさいね。自分の行動や言動がどれだけ周りに影響を及ぼすのか、よく考えてほしかったのよ」
「うん……本当にごめん」
「あなたが総合室の私たちを慕ってくれているのはとても嬉しいわ。もし観光として王都へ遊びに来ていて、私たちも休日だったのなら何も問題ないの。だけど、ここはボスポラス海国の王宮という公の場。あなたは『国を代表して訪れた客人』で、私たちは『迎え入れる国側の職員』。その立場を忘れてはいけないわ」
「わかった。これからは本当に気を付けるよ」
たしなめるローラと真剣に話を聞くクロード。
もしクロードが自分の立場を軽く考えているなら彼に注意を促すと、事前にローラから聞いていた。
『マリーが言うには、獣人の中でも狼獣人は特に身内を大事にするそうよ。きっとあたしたち総合室の職員は、黒い亀だった彼の世話をしていたことで身内に近い存在になっているって。それなのに、いきなりよそよそしい態度を取られたらショックを受けるでしょうね。そこでちゃんと指摘すれば身をもってわかるはず』
第二王女付きの侍女のマリーは人間と猫獣人の両親を持ち、クロードとは知己の仲だという。彼女からの情報は正しく、ローラの作戦は大成功だったというわけだ。
……少しやりすぎも否めないが。
オールバックの白髪頭を撫でつけながらサムが続ける。
「すぐにできなくても、今後意識するだけでも違うぞ。まあ、そこまで儂らに心を寄せてくれていたのはとても喜ばしいことじゃの」
「当たり前だよ! 黒い亀の俺を追い出したりしないで、たくさん世話してくれたみんなに感謝してもしきれないんだから!」
「あらあら、それは嬉しいわね。それじゃあお昼にしましょうか。クロはどうするの? バーントシェンナの使節団の方々は宰相と食事会をするって聞いているけど、あなたはそのメンバーに入っていなかったわね」
にっこり笑うローラの言葉に、先程から総合室内にはりつめていた空気が和らいだ。察したらしいクロードの尻尾がブンブン揺れる。表情も一気に和らいだ。
「王族の方々との謁見が終わったし、このあとは俺だけ別行動になっているんだ。昼食は、王都にいる知り合いが働いている店にマリーと行く予定だよ。昼後からマリーに同行してもらって養育院へ行くことになっているから」
「養育院?」
「あ、えっと、養育院だけじゃなくて、病院とか警備隊の屯所とかの視察もするよ! うちの国、誘拐事件以降、国内が荒れているんだ。獣人同士のいざこざが増えたり、ナワバリ……領地の争いも起きてて」
「虎獣人は代々バーントシェンナの貴族の中でも外交に強い重鎮じゃからのぅ。派閥も大きかったし、影響力は絶大だった。昔から腕力もさることながら狡猾で、人の言葉尻をつついたりほんの少しの失言を執拗に追求してきたり……失礼、今回のことには関係なかったな」
先々代の宰相を務めていたサムが、何かを思い出したかのように顔をしかめた。好々爺然とした彼にしては珍しい。よほど嫌な外交相手だったようだ。
クロードも苦笑いしながら頷く。
「さすがサム、よく知ってるね。それでこの機会に、種族の違う獣人たちの友好と親睦を深める政策を進めるって、レオ様がおっしゃったんだ。獣人だけでなく観光や仕事で訪れた他国の人たちも含めて、誰でも使える公的機関をしっかり整えるのがその最初の一歩だよ。それで、国内情勢が落ち着いているボスポラス海国を参考にさせてもらうことになったんだ」
「なるほど。レオ陛下は賢明なお方じゃの」
レオとはバーントシェンナの国王であり、ライオン獣人一族の族長だ。彼は自分の一族だけを贔屓することなく、全ての獣人を平等に扱うことを信条に国を治めている。歴代の国王の中でも賢王として名高い。閉鎖的だったバーントシェンナ獣国と他国との交流も増やそうと尽力している。
たしかにレオ陛下ならそうお考えになるのは不自然なことではないな。しかし、クロだけに一任するだろうか。それに最初に彼が口にした「養育院」という言葉が引っかかる。その後慌てたように他の施設を挙げていたが……。
顎に手を添えて考えていたジョンははっと閃いた。
「……なるほど、少し話が見えてきたな。クロ、ここからは俺の独り言だと思って聞いてくれ。肯定も否定もしなくていい。ボスポラスの魔女によって、この部屋で話したことは絶対に外部には漏れることはないので安心してほしい」
「うん? わかった」
ジョンの視線は窓の外をとらえている。またにわか雨が降ってきたようだ。光が差し込む窓ガラスを雨音がポツポツ叩く。




