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 一日の仕事を終わらせたエレナは、食堂で夕食を済ませ、王宮の敷地内にある女性寮へ帰る。


 受付に挨拶をして戻った旨を告げると、寮母のサラに引き留められた。荷物が届いていると言われて確認すると、滋養がある食べ物やリラックス効果のあるハーブティーなど詰まった家族からの小包だった。

 ただ、エレナは両手でかごを抱えているので、これ以上持つことは難しい。


「すみません、すぐ部屋に置いてきますから」

「こっちは大丈夫だから、いつでも取りにおいで。毎月のことだけど、エレナちゃんは家族に大事にされているねぇ」

「末娘はいつまでも子供のように思えて、心配のようです。もう二十二歳になりますのに」

「親にとって、子供はずっと子供のままさ。うちの息子共は仕事して家庭を築いているけど、それでもちゃんとやっているかどうか、いつも気になっているよ。この寮の子たちのことも勝手に娘や孫のように見えて、つい余計なお節介しちゃうのは、さすがにやめようと思ってるんだけどね」


 祖母の年齢に近いサラは苦笑いした。しかし、体調を崩して部屋で寝込む者に食事を届けてくれたり、元気がない者にさりげなく相談に乗ってくれたり、彼女の細やかな気遣いと大らかな笑顔に、多くの人々が救われてきたのをエレナは知っている。


「親元を離れている私たちにとって、サラさんは第二の母のような存在ですから、とてもありがたいですわ」

「そう言ってくれると嬉しいよ。エレナちゃんはうちの孫に年が近いけど、ずっと大人だねぇ」


 寮母の言葉に微笑み、エレナはその場を後にした。


 寮は三階建てで、エレナの部屋は二階の角にある。総合室勤務になったタイミングで、元々のルームメイトの結婚が決まって退職したため、一人部屋に移動したのだ。


「よいしょっと……クロさん、お疲れ様。ちょっと荷物を取りに行ってくるね」


 ベッドと衣装棚と小さな書き物机しか入らない小さな部屋が、エレナの憩いの空間だ。ベッドの上には読みかけの恋愛小説が置いてある。

 黄色い花を一輪生けた花瓶が飾られた出窓に、クロが入ったかごを置く。口調も普段通りに戻し、再びドアを出て行った。


 だからエレナは気付かなかった。

 黒い亀が首を伸ばして、あと数日で満ちる月をじっと見ていたことに。




 二日後の朝礼時、全員の予定を聞き終わったジョンが、眉間に皺を寄せて口を開いた。


「サムから、持病の腰痛が悪化したと連絡がきた」

「まあ、心配ですわね」

「高齢になってきたんだから、もう毎朝やってる剣の鍛練をやめるべきだわ」

「確かに、もっと緩い稽古にしたほうがいいですよねぇ」


 順にエレナ、ローラ、ルーカスの発言だ。三人の性格がにじみ出た言葉に、ジョンは頷く。


「少し休めば良くなると今日も出勤するつもりだったから、休ませることにしたのだが、今日はクロとカメリーンを会わせる日となっている……申し訳ないがエレナくん、クロをアイリーン様の部屋へ届けてくれないか?」

「わ、私ですか?」


 どうしてただのメイドの私が、第二王女様の元へ行くことになるの?! 


 突然の指名に動揺を隠しきれないエレナを見かねて、ルーカスがのんびりと口を挟む。


「室長ぉ、急にそんなこと言っても、エレナさんを驚かせるだけじゃないですかぁ。理由を説明しないと」

「サムがいないからと延期を申し出たら、先方から君に連れてきて欲しいと要望された。どうやら、サムがエレナくんのことをよく話しているらしく、興味を持ったらしい」

「ええと、あの、それは、絶対ですか……?」

「無理にと言うわけではないから、仕事を理由に断っても構わないだろう。いつも迎えに来る護衛騎士にクロが入ったかごを渡せば済む話だ。もしくは、俺も一緒に行く……」


 王族との対面という、あまりの想定外なことに体を強ばらせるエレナに、ジョンが身を乗り出した。しかしローラがあっさりと首を横に振る。


「駄目よ、室長は人事室との打ち合わせがあるでしょ。エレナ、いきなりアイリーン様に会うことはまずないわ。きっと、マリーというアイリーン様付きの侍女があなたに対応するはず。だから、そこまでかしこまる必要はないのよ」

「……それでしたら、はい。クロさんと一緒に参ります」


 ローラの助け船と、マリーという名前を聞いたエレナは、ゆっくりと頷いた。

 突然王族に会うことはないと、やっと表情を和らげたエレナを見て、ジョンは安堵した。


「すまない、助かる。この後、護衛騎士がやってくるので、よろしく頼む」

「はい」

「あたしは今日一日総合室にいるから、掃除とかやっておくわ。マリーからお茶に誘われたら、ゆっくりして来ていいからね」

「書類は僕がまとめて該当の部署に届けにいきますから!」

「わかりました。ローラさん、ルーさん、ありがとうございます」


 ローラは片目をつぶって笑い、ルーカスは胸をドンと叩いた。優しく頼もしい同僚に恵まれた自分は幸せ者だと実感し、エレナはペコリとお辞儀をした。

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