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エレナは掃除道具を片付けたついでに、併設されている更衣室で汗ばんだメイドの制服を着替えた。さっぱりしたところで、改めて食堂に向かう。
「お忙しいところ失礼致します。総合室の者です」
「待っていたわ、エレナ。これ、いつもの室長のサンドイッチね」
昼食の準備で大忙しな厨房の入口で恐る恐る声をかけると、ローラが紙袋を片手に現れた。王宮で働く全職員分の料理作りに追われて目を血走らせる料理人が多い中、一人涼しい顔をしている。さすがベテラン、これくらいは修羅場の内に入らないらしい。
「お疲れ様です、ローラさん。ありがとうございます。あら、いつもより量が多いような……」
「それが、今日は新人の子に任せたんだけど、勘違いして倍近く作っちゃったみたいで。エレナが良かったら、お昼に食べてくれない? 飲み物もあるわ」
「まあ、よろしいのですか?」
「もちろんよ。室長と一緒が嫌なら、自分の分だけ取って中庭で食べていいからね」
ローラは片目をつぶって笑った。気兼ねせず好きに食べてほしいという意味でジョンの名前を出したのだと気付いたが、エレナは苦笑いで答える。
「嫌だなんてそんな。ですが、ジョン室長がご迷惑ではないでしょうか。お一人で食べるのが好きな方もいらっしゃいますし」
「ジョンがいつも部屋で食べるのは、忙しいから短時間で済ませたいっていうのもあるけど、食堂で注目を浴びたくないからなのよ。ほら、愛想のない仏頂面だから、変な噂流れてるでしょう。本当は皆でわいわい食べるのが好きなのにね」
「そうでしたか……じゃあ私、部屋で一緒に食べたいと思います。それでは失礼致しますね」
上司の真実を知り、エレナは眉尻を下げた。手を振って食堂を後にする彼女の小柄な後ろ姿に、ローラは思わず呟く。
「偶然とはいえ、これで少しは距離が縮まるといいんだけど。ジョンの奥手にも困ったものだわ」
「ローラさーん! ニンジンのみじん切りがなくなりましたぁ」
「ローラ、フルーツゼリーの皿が足りんぞ!」
「すぐやるわ。ほら、そこの床に油がこぼれてるから、みんな足元気を付けて!」
新人の情けない声や料理長の怒号に応えて、キビキビと仕事に戻るローラだった。
エレナが両手に紙袋を抱えて総合室に戻ると、ジョンが執務机で書類を読んでいた。
「ジョン室長、お戻りでしたか。会議、お疲れ様でした」
「ああ、意外と早く済んだんだ。部屋がとてもきれいになっている。床も窓も磨いてくれたのか。大変だっただろう」
ジョンは部屋の変化にすぐに気付き、労ってくれた。エレナは会議用テーブルの上にたっぷり野菜と鶏肉のサンドイッチの包み紙と瓶に入った飲み物を取り出しながら嬉しくなる。
「いえいえ。最近軽くしか掃除できていなかったので、念入りに磨けて満足しましたわ。こちら、お昼のサンドイッチと飲み物です」
「ありがとう……ん? 二人分?」
「食堂側の手違いで、多目に作ってしまったそうです」
「そうか……ええと、その、エレナくんは、昼飯を、どうするんだ?」
途端にそわそわし出すジョンに、エレナは笑みを深めた。
「室長のご迷惑でなければ、ご一緒してもよろしいですか? ローラさんから、私もご相伴していいと、許可は頂いているのですが」
「も、もちろんだ。迷惑など、そんな」
「良かったです。あら、お昼のチャイムが鳴りましたね。ではこちらのテーブルで食べましょう」
「ああ、今行く」
ジョンは頬を紅潮させてエレナの元へ駆け寄る。そんな彼の潤んだ瞳を見て、よほど一人で食べるごはんが寂しかったのだろうと、エレナは胸が痛くなった。これからは食堂ではなくこの部屋でジョンと食べようと、密かに決意する。
実際のジョンは、片思い相手のエレナと二人きりの食事に感極まっているだけなのだが、互いの気持ちに気付かないまま、二人は向かい合ってサンドイッチを味わう。
主にエレナが世間話を振ってジョンが相槌を打つ形だが、ぎこちないながらも会話を重ねる。ジョンにとって幸福な時間はあっという間に過ぎた。




