第97話 行くぞ、100階層!
私が扉に近付いていくにつれて、前方から『イヤーな空気』が流れてきます。
この感覚は、洗礼の迷宮でネメアの放った妖気を受けたときに近いかも。
きっと、あの扉の向こうには、かなりの危険が待っていそうですよ。
やっぱり、引き返した方が良いかな?
そう思っていると、扉の近くで倒れている人影が!?
扉の側には荷車も見えます。ということは── もしかして、倒れているのは調査隊の人!?
私は、急いで駆け寄って行きました。
倒れていたのは、1人だけじゃなくて、8人もいます。
まさか、皆死んでないよね?
「だ、大丈夫ですか?」
私は、一番手前でうつ伏せに倒れている人に近寄って、恐る恐る声を掛けました。
「ぐぐぐ……」
良かった! 苦しそうだけど、意識もあるみたい。
「ここで何があったんですか?」
私は、倒れていた人を起こしながら尋ねました。
顔を上げたのは、まだ20代前半くらいの若い男性。
「扉に…… 将軍達…… 入って……」
苦しそうな顔で途切れ途切れに答える男性の声に、私は耳を傾けました。
話を聞くと、4時間程前にあの扉が開けられ、その時に凄まじく気分が悪くなって意識を失ったそうですが、薄れる意識の中で、部屋の中に入っていく人達を見たらしいです。
男性は少し前に意識が戻ったそうで、その時は扉が閉まっていたのだとか。
扉が閉まったことに加え、扉から離れていたお陰で、彼だけが意識が戻ったようです。
とにかく、この人達は4時間もここで倒れているんだ……
魔物に襲われなくて良かったね。やっぱり、この階層は魔物のいない『安全地帯』のようです。
「ありがとう。君のお陰で、身体が動くようになった」
男性は、まだ顔色が悪いですが、言葉がはっきりしてきました。
「あなたは、これからどうするんですか?」
「他の隊員を起こして、体調が戻り次第あの部屋に入り、将軍の後を追うつもりだ」
それは止めた方が…… 扉を開けたら、また気絶するだけの気がしますよ。
その時、
ド……
ん? 今、遠くの方で、何かの音がしたような? 気のせいかな?
ド…… ド……
や、やっぱり、音が聞こえてくる。
これって、もしかして足音じゃあ?
ドシ…… ドシ……
床に耳をつけると、微かに振動まで感じます。
もう間違いない…… 巨大な魔物が、こっちに向かってきているよ!?
ここって、安全地帯じゃなかったんだ……
私1人なら、気配を消してやり過ごせるかもしれないけど、ここに倒れている人達を見捨てるわけにもいかないし、どうしよう、どうしよう……
そうだ! あの部屋の中に避難しよう!
部屋の中も危険かもしれないけど、今魔物と遭遇したら、間違いなく全滅です。
私はマッスルブースト3倍を発動させると、男性を肩に担ぎ上げ、
「な、何を?」
驚いた男性を無視して、荷車に向かって走ります。
ドサッ!
男性を荷車に乗せると、扉の横のスイッチを押しました。
ゴゴゴゴゴゴ……
扉が開いていく音を聞きながら、私は自分の影に手を伸ばします。
私は『影縛りの術』を発動させて、倒れている人達の身体を縛っていました。そして影を力いっぱい引っ張ると、全員を一気に手繰り寄せることができました。
私は、倒れている人達を抱え上げると、次々と荷車の上に放り投げていきます。
手荒に扱ってごめんなさい。時間がないので許してね。
心の中で謝罪しつつ、全員を荷車に乗せ終えると、そのまま荷車を部屋の中に押し込みました。
ふう…… 何とか間に合った……
ドシン! ドシン! ドシン! ドシン!
ホッと息付く島もなく、足音が急速に大きくなってきた!?
後ろを振り返ると―― 魔物が走ってきてるよ!?
私の目に映ったのは、2足歩行の1つ目の赤い魔物―― 第69階層で出会った魔物と似てるけど色が違う。きっとこの魔物の方が強いヤツです。
私は、急いで扉の横のスイッチを押すと、滑り込むように部屋の中に入りました。
ゴゴゴゴゴゴ……
今度は、扉がゆっくりと閉まっていく。
ドシン! ドシン! ドシン! ドシン!
グガアアアアアァァァ!
魔物がすぐそこまで迫ってきている!
扉はまだ閉まり切っていない…… このままじゃ、扉が閉まる前に魔物に追い付かれる!?
ところが―― 魔物は部屋の手前数mの所で
ドドーン!
スッ転びました。
よ、良かった…… 私の『影縛りの術』が効きました! 足下に伸ばした影に、魔物が躓いてくれました。
しまった! 魔物の転けた場所が扉に近かったから、魔物の頭が部屋の中に入ってきたよ!?
魔物が起き上がろうとしている……
もうダメだ…… と思っていたら
グゲエエエェェェ!!
突然魔物が悲鳴を上げた?
閉まってきた扉が、魔物の頭を挟んでいます!
魔物が必死に扉を開けようと、隙間に手を入れて抵抗したけど
ゴゴン!
魔物の抵抗虚しく、扉が閉まりきりました……
・・・・・・
部屋の中は、通常のボス部屋と特に変わりはないですね。
不快な空気が充満していて、少し息苦しく感じるけど、魔物の姿はありません。
先に入った人達が退治したのかな?
一先ずは安全な様子。
荷車に乗せた人達は、全員気を失ったままのようです。
最初に乗せた男性は、私の投げ入れた人達の下敷きになったせいで気絶したのかも…… とりあえず、全員重ならないように床に寝かせておきました。
さて、これからどうしよう。
ここでじっとしているのも、不快な空気のせいで落ち着かないし、今は扉に頭の潰されたグロい魔物の死体が転がっていて見たくないから、外に出ることもできないし……
迷宮の魔物の死体は4~5時間で消えるから、それまで待ってから外に出るのが一番安全な選択だとは思いながらも、この部屋に先に入っていった人達のことも気になります。
とりあえずは、部屋の中を調べよう。
懐中電灯片手に部屋の奥へ向かって歩いて行くと、壁に突き当たりました。
壁には文字と、悪魔を思わせる怪しげな形の印が彫ってあります。
これも神聖文字だよね……
正直読みたくないけど、情報収集のために読むしかないです。
『ここに辿り着きし者よ。印に触れよ。さすれば王の間への道が拓かれん』
王の間!? 何とも甘美な響き! もしかして、そこには金銀財宝が眠っているとか? ここまで来たら、その『王の間』まで行くしかないです!
運が良ければ、財宝の1つくらい手に入るかもしれません。
私には、マリンのために『貧乏脱出』という大切な使命があるんです!
壁の印に触れると簡単に壁が開き、奥に第100階層へと続く通路が見えます。
通路からは、更に重苦しい空気が流れてきているけど、この空気にも慣れてきました。ここの息苦しさも、ドラゴンさんに睨まれた時の、心臓が止まりそうなプレッシャーに比べれば、全然ヘッチャラです!
行くぞ、100階層! 目指せ、王の間!
この時の私は、欲に目が眩んで、完全に自分を見失っていたのでした……




