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第94話 この人、どこかで見たような……

「バール将軍、荷車の転移も成功したようです」


 荷車が部屋の中にあることを確認し、バール将軍は安堵の表情を浮かべた。


 荷車には、武器と今回の作戦の要となる物が積んである。それが転移できなければ、全てが水泡に帰す所だった。


「ズラーマン、ここは部屋の中のようだが、どこに転移したのだ?」


「石碑に書かれていたことを信じるなら、ここは第72階層です」


「72階層だと!? この迷宮は、いったいどれ程の深さだというのだ…… ズラーマン、まさか目的の場所はまだ奥にある── などとは言わんだろうな?」


「バール将軍、残念ながら目的の場所はまだまだ先の階層にあるようです」


 バール将軍は、ズラーマンの言葉に絶句する。


「こんな調子で、本当に目的の場所まで行けるのか? 部下も8名しか残っておらんのだぞ」


「バール将軍、弱気になってはいけません。確かに人数が減ってしまったのは痛かったですが、目的の場所にはかなり近付いたようです」


 ズラーマンは、瘴気がグッと濃くなっているのを感じていた。


「これから、また下へ向かうのか……」


 バール将軍は吐き捨てるように呟いたが、ズラーマンは否定する。


「バール将軍、次に向かうのは下ではなく『第69階層』です。そこにも石碑がある筈です」


   ・・・・・・


「エルサ、見てみろ。扉に続く足跡があるぞ」


 マンソルは、バール将軍の部隊が使う照明のお陰で、懐中電灯だけでは見落としそうな足跡を確認することができたのだった。


「本当だわ! じゃあ、マセルもここに転移したのね!」


「恐らく…… だが、さっきあの2人の会話が聞こえたんだが、ここは72階層らしい」


「72階層!? じゃあ、この階層に出る魔物は……」


「ああ…… 間違いなく魔獣級だ」


 エルサが絶望のあまり倒れそうになるのを、マンソルが支えた。


「絶望するのは早い。状況は最悪に近いが、マセルを信じるんだ。あの子なら、きっと生きている!」


「そうね、マンソル。私も、あの子の無事を信じるわ」


「そうだ。今は俺達が冷静でいることが大事だぞ」


 バール将軍達が、部屋の外へ出る準備をし始めたのが見える。


「どうやら、すぐに出発するみたいだな」


「そうね。でもあの人達、迷宮調査にしてはおかしくない? 普通、攻撃魔法を使う魔道士は、絶対に同行するわよね?」


「そうとは言えないな。最近は、攻撃魔法が全然人気がなくて、使い手も減っているそうなんだ」


「嘘っ!? 私達が学生の頃は、迷宮探索の花形だったのに、どうして?」


「理由は知らないが、今は攻撃魔法よりも、魔法剣のような武術系が人気なんだそうだ」


「ふーん、それも時代の変化なのね…… それはともかく、偵察なしで大丈夫なのかしら?」


 大部隊での迷宮探索では、初めての階層に入ったら、まずは少人数で偵察するのがセオリーなのだが、バール将軍達は偵察を出さず、全員で移動しようとしていた。


「本来なら偵察を出すところだろうが、人数も随分減ったからな。全員で移動するのも仕方ないさ」


「あの人数じゃ、戦闘が心配よね。やっぱり私も戦った方がいいかしら? でも、私の本気の魔法を見られたら、正体がバレそうだし…… 困ったわ」


「いや、ボス部屋の魔物を倒した時に見られているし、そこでバレてないなら大丈夫じゃないか?」


「何を言ってるのよ? あそこで私が使ったのは中級魔法よ。それも、結構手加減しておいたし。魔獣級相手なら、上級魔法が必要かもしれないし、絶対にバレるわ」


「アレで手加減してたのか? もしかしてエルサ、昔より魔力が上がってるのか?」


「マンソルだって、昔よりも今の方が身体強化の制御が上がってるでしょ? 私も同じよ」


「俺は仕事で身体強化が必要だから、普段から訓練しているからな…… エルサも、攻撃魔法の訓練をしてるのか?」


 マンソルの疑問にエルサは慌てて否定する。


「そ、そんな筈ないじゃない…… マンソル、話してる場合じゃないわ。私達も行くわよ」


 エルサは、慌てるように扉へ向かった。



 部屋の外は、広々とした通路が続いていた。


「この通路の広さ…… 間違いないな。大型の魔獣級が出るぞ」


「そうね…… 調査隊は右側に進むようだけど、マセルはどっちに向かったのかしら?」


「わからないが、上の階層へ向かった筈だ。とりあえずは、俺達も調査隊に付いていこう」


   ・・・・・・


「ズラーマン、随分広い通路だな」


 バール将軍は、部屋を出てすぐ通路の広さに驚いた。幅は少なくとも15m、通路の奥は照明を照らしても殆ど見えない程だ。


「バール将軍、戦闘準備は怠らないようにお願いします。この階層では、今までの魔物とは比較にならない、強大な魔物が出ると思いますので」


 ズラーマンの言葉が終わってすぐ


 ドシン! ドシン!


 通路の奥から大きな足音が聞こえてきた。


「戦闘準備! 対魔獣【機関砲】の使用を許可する!」


 バール将軍の命令で、部下達は武器を載せた荷車を、土魔法を使って地面に固定する。


 照明を真っ直ぐに照らすと、通路の奥から歩いてくる魔物の姿が映し出された。

 それは【グレンライナ】── サイに似た体長8m程もある大型の魔物だ。


「砲撃準備完了!」


 機関砲の銃身が、真っ直ぐ魔物に向けられた瞬間、魔物はその殺気に反応したのか、


 ドドドドドド!!

 突然走り出した。


「撃て!」


 バール将軍の合図と同時に


 ダダダダダダ!!

 機関砲が激しく火を吹く。


 ズズーン!

 魔物は、荷車の15m手前で動かなくなった。



「な、何よ…… い、今のは……」


 エルサが震えるように呟いた。その横では、マンソルも呆然と立ち尽くしていた。


 グレンライナが突進した瞬間、エルサは調査隊を助けるために、魔法を撃つつもりでいた。

 しかし、雷のような銃撃が始まると、魔法を撃つのを忘れて固まってしまった。


 ほんの数秒間の出来事だったが、魔獣級の魔物が、よくわからない内に倒された── その光景は、あまりに衝撃的だった。


「アレって魔道具よね? 私の知らない間に、あんなすごい魔道具ができていたのね……」


「今のは『戦慄の剣姫』を初めて見た時以来の衝撃だった……」


 マンソルもようやく正気を取り戻す。


「あんなのがあったら、魔道士の攻撃魔法は必要ないわね……」


「そうだな。それに、エルサの正体がバレる心配もなさそうだ」


 2人が話している内に、バール将軍達は魔物の横を通り抜けて、先へ進んでいく。


「俺達も急ごう」


   ・・・・・・


 ダダダダダダ!!


 ズズーン!


 機関砲の銃撃を受け、一つ目巨人の魔物が崩れ落ちた。


 バール将軍の部隊は、魔物が現れた方向へと進んで行き、すぐに部屋を発見した。


「ズラーマン、72階層からここまで、1時間と少々で来れたのはついておったな。あの部屋の中に石碑があるのだな?」


「ですが、妙ですね。初めから扉が開いているとは……」


 第41階層と同じ仕掛けが施されていると思っていたのだが…… 誰かが先にこの部屋に入ったのか?


 ズラーマンは、警戒しながら部屋の中に入ると、注意深く部屋を観察する。


 この部屋で、激しい風が吹いた形跡がある…… 何者かが風魔法を使い、転移したのかも知れん。我らも急がねば!


 ズラーマンは、石碑の文字を読む。


 この迷宮の最深部は第100階層。

 そして、火系の魔法で第99階層へ飛べる!

 今度こそ、間違いなく目的の場所へ行けるぞ!


「水もあることだし、ここで飯にするぞ!」


 興奮するズラーマンを余所に、バール将軍は休憩を取ることにした。



「エルサ、俺達も食事にしよう」


 マンソルは荷物を下ろし、中からビンを2つ取り出した。


「マンソル…… もしかして、それ── 大芋虫の肉じゃあ……」


「ああ、1つはエルサの分だ。迷宮の魔物の肉は4~5時間で消えるから、コイツを家から持ってきたんだ。何せコイツは栄養満点だからな」


「私はいらないわ。私はメルナちゃんから貰った『カップ麺』というのを食べるから」


 エルサは心底嫌そうに断ると、荷物からカップ麺を取り出した。



 食事を終えると、エルサとマンソルはズラーマンに呼ばれた。


「この部屋には、風魔法が使われた形跡がありました。もしかすると、あなた方の捜している子供が転移したのかもしれません」


「本当ですか!?」


 ズラーマンは頷く。


「あの魔法陣に、火系の魔法を撃ってください」



 ビカビカビカ!


 エルサの撃った火球ファイヤーボールが魔法陣に吸い込まれると、石碑は金色に輝いた。


 次の瞬間には、第69階層にいた者達は、第99階層へと転移していた。


「誰か倒れているぞ!」


 その声を聞いて、急いで駆けつけるエルサとマンソル。


「お前達が捜していたのはコイツか?」


 バール将軍に尋ねられたが、そこにうつ伏せに倒れていた男性は、明らかに子供ではない。


 マンソルは首を横に振った。


「いいえ、私達が捜しているのは9歳前の子供です」


「では、コイツは何者だ?」


「もしかすると、私達と同じように捜索に来た冒険者かもしれませんね」


「まだ生きているようだな…… 連れていっても足手まといだ。ここに置いていくぞ」


 バール将軍は、そのまま立ち去った。


「マンソル、どうするの?」


「気の毒だが、俺達もこのまま行かせて貰う。だが、食料は置いていこう」


 マンソルは荷物からビンを取り出すと、中身だけを地面に置いた。


「ビンは高価なんで、あげるわけにはいかないからな」


 マンソルはその場を立ち去ろうとしたが


「どうした? エルサ?」


 エルサは、倒れている男をじっと見ていた。


「この人── どこかで見た気がするわ」


「本当か!?」


「う~ん…… 気のせいね」


 そのまま、2人は立ち去っていった。

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