第92話 ツキが巡ってきたよ?
ドシン! ドシン!
魔物の足音が部屋に近付いて来る。
もしかして、石碑が激しく光ったせいで、怪しまれたのかも?
きっとそうだよ…… とにかく隠れて魔物をやり過ごすしかないです。
足音が部屋の前で止まった!
2足歩行の魔物のようです。入り口からは、魔物の腰から下だけが見えます。
部屋の入り口は、幅も高さも3mくらい。魔物の身体が大きすぎて、部屋の中には入ってこれないと思う。
そのまま立ち去ってくれることを期待したけど、魔物は部屋の前で屈みこんで、部屋の中に頭を突っ込んできました。
現れたのは大きな1つ目の顔── ラノベやゲームで【サイクロプス】と呼ばれている魔物に似ています。
隠蔽魔法が効いてるから、見つからないとは思いながらも、私は息を殺して石碑の後ろに移動し、魔物の様子を観察することにします。
魔物は、大きな瞳を右に左に世話しなく動かして、部屋の中を調べています。
早くどこかへ行って!
という私の思いに反して、魔物はなかなか立ち去ろうとしません。
2分程経って、漸く魔物は頭を引っ込めると、立ち上がって後ろを向きました。
ふう、やっと行ってくれる……
安堵したその瞬間──
グウウゥゥ……
私のお腹の虫が鳴ったよ!?
魔物は一歩足を出しただけで、立ち止まりました!
偶然だよね? バレてないよね?
隠蔽魔法が効いてるから、少しくらいの音は気付かれない筈……
ところが、魔物はこちらを振り返ると、再び入り口の前で屈みこみました。
魔物の目が部屋を覗いた後、部屋の中に右手を伸ばしてきました!
何をする気なの? と思っていると
ドーン!
いきなり地面を叩いたよ!?
ドーン! ドーン! ドーン!
魔物は、狂ったように連続で地面を叩き続けます。
うわっ!?
地面が激しく揺れて、とてもじゃないけど立ってられないよ!?
私は、倒れないように必死に石碑にしがみつき、身体を支えます。
そのまま20秒くらいが過ぎた頃
やっと止まった……
激しい振動が止まったので、安堵しながら魔物の方に目を向ける。
!?
魔物の目が、真っ直ぐ私を凝視してるような……
グガアアアアァァァ!!
突然、魔物が叫び声を上げた!?
これって、完全に私の存在がバレてるよ!
隠蔽魔法を発動してから、まだ5分くらいしか経ってないのに── どうして魔法の効果が、もう切れてるのよ!?
こんなに早く隠蔽魔法が切れた理由── 思い当たることは1つ。
それは、私の『ダブルバイセップス』のポーズが、空腹のせいでキレが悪かったため、効果時間がいつもより短かくなった可能性が高いです。
しかも時間だけでなく、隠蔽効果まで弱くなったのかも…… それで、お腹の鳴った音が、魔物に聞こえたに違いないです。
と、今はそんなことを分析してる場合じゃなかったよ。
魔物は部屋の中まで入ってこれないから、冷静になるんだ! そして、ここから脱出する方法を考えないと!
自分自身にそう言い聞かせて、心を落ち着けようとしていると、
魔物は部屋の中に頭を突っ込んできました!?
すごく嫌な予感がする……
ズズズズズ!
魔物が大きく息を吸い込んだ!?
凄まじい吸引力で、私は吸い寄せられそうになりました!?
咄嗟に石碑に掴まって必死に耐える私。
息が苦しい…… と思ったのは束の間。
思いの外、すぐに吸引が止まりました。
魔物に目をやると
ゴゴオオオォォ!
今度は吸い込んだ空気を、一気に吐き出した!?
魔物の吐いた息は、まるで空気の壁のように広範囲に広がった!
うげえぇぇ…… 押し潰される……
魔物の吐いた空気に押されて、私が石碑に押し付けられたと同時に
ビカビカビカ!
石碑が金色に輝いた!?
私はあまりの眩しさに、思わず目を閉じました。
ドサッ!
痛っ!?
落下したような衝撃を受けて、すぐに目を開けると、辺りは真っ暗。
また転移したみたいだよ。
2度目の体験なんで、私は慌てずに懐中電灯を取り出しました。
ここも部屋の中のようです。私が最初に飛ばされた、第72階層の部屋と同じような作りです。
どうやら、あの魔物の息は風系の魔法だったみたい。ということは…… ここは第99階層!?
石碑に書かれていたことを信じるなら、私は第99階層に飛ばされたことになります。
さっきの『あの状況』から逃れることができたのは良かったけど、絶対に危険度はこの階層の方が上だよ……
でも、この部屋の中にずっと隠れているわけにはいきません。
この部屋には湧き水もないから、待っているのは『死』だけ── 危険でも、上の階層を目指すしかないです。
それに、また石碑を見つけることができたら、上の方の階層まで戻れる可能性があります!
私はその可能性を信じて、この部屋から出ることに決めました!
でも、流石に今日は疲れたよ……
もう、立ってるのも限界……
私はそのまま、気を失ってしまったみたい……
・・・・・・
私が目を覚ましたのは、あれから12時間も経ってからでした。
グウウゥゥ……
お腹の虫が鳴り止まない。
今なら、あの大芋虫でも喜んで食べられますよ── って思っていたら、
うそっ!?
本当に、大芋虫の肉が落ちている!
緑色の血がグロテスクだけど、そんなことはどうでもいいです!
私はその大芋虫の肉にかぶりつきました!
はあ…… お腹が膨らんだよ……
冷静に考えると、ここに大芋虫の肉が落ちているのは怪しいですが── 今は、そんなことより、上の階層へ向かうのが大事。
部屋の外に魔物がいませんように……
扉をゆっくりと押し開け、辺りの様子を伺う。
大丈夫! 魔物の気配はしない。
足音も聞こえないし、近くに魔物はいないようです。
よし!
私は今度も『左手法』を使って、探索を開始しました。
流石に、今度こそは左手法で正解だよね?
・・・・・・
おかしいです……
3時間近く歩いているのに、1度も魔物と遭遇しないなんて!?
今いる通路の先からも、魔物の足音は聞こえてきません。
ラッキーなんだけど、これって──
絶対に、最後に超危険な『どんでん返し』が待ってるパターンだよ!?
それとも、もしかしてこの階層って── 魔物のいない『安全地帯』だったりして!?
きっとそうだよ!
迷宮内で、こんなに長時間魔物と遭遇しないことなんて、誰かが先に魔物を倒していない限り有り得ないもの!
何か、急にツキが巡ってきたみたい!
この調子なら、石碑もすぐに見つかったりして!
なんて思ってると、急に前方に明かりが見えました。
明かりの先には、巨大な扉!?
まさか、ボス部屋……
大丈夫! 今の私はついてますから!
根拠のない自信に背中を押され、私は扉に近付いていきました。