第91話 これなら生還できそうです
ドシーン…… ドシーン……
4足歩行の巨大な魔物が、私の横を通過して通路の向こうに消えていくのを、静かに見送る私。
この階層に飛ばされてから、魔物とすれ違ったのは今ので5度目── 最初は、巨大な魔物ばかりで恐ろしい、と思っていたけど、遠くにいても大きな足音が聞こえてくるから、魔物の接近がすぐに分かって逆に助かっています。
それも『気配を消せる』お陰だよ。
結局マッチョ爺さんの修行では、何度も死にかけただけで『気配を消す』ことができなかった。
それで、マッチョ爺さんに思い切り文句を言ったら、
「仕方ない。今回は特別に『隠蔽魔法』を教えてやる」ということになって、呪文を教えてもらうことになったんだけど、隠蔽魔法って闇の上級魔法で、呪文の詠唱に1分も掛かるんだよ!? 1分って、呪文を覚えるのも大変だし、咄嗟には使えないし、全然使い物にならないよ。
「呪文は嫌だと? だったら無詠唱を使え。無詠唱なら短時間で発動できるぞ」と言われたけど、当然魔法陣は滅茶苦茶複雑で、覚えられるわけもなく……
勿論私は文句を言いまくりました!
「えーい、我儘なヤツめ…… 今回だけだぞ!」ってことになって、マッチョ爺さんが特別な仕掛けをくれました!
それが、今私が着ているローブ── これはシンディさんから借りた物だけど、ローブの裏に魔法陣を描いてもらいました。
その魔法陣に闇の魔力を流すと、隠蔽の効果が得られます。
身体強化の時みたいに直接身体に魔法陣を描くと、魔力吸収が自動で行われて、魔力供給を止めない限り効果が続くんだけど、アイテムを使う場合は、魔法の重ね掛けができなくて、効果が切れてから発動しなおす必要があります。
それなら、身体に魔法陣を描く方が便利そうだけど、複数の魔法陣があると魔法陣同士が干渉して誤動作を起こし、下手をすると魔力暴走で命を落とすこともあるみたい。
余程の魔法制御能力がない限りは、身体には1つしか描かない方がいいようです。
継続効果が無理でも、連続発動でカバーできるので、そこは気にしてません。問題は魔法の発動条件。
身体強化は「マッスルブースト◯倍」というキーワードで発動するけど、この隠蔽魔法はキーワードで発動しません。
「声を出すと、発動前に敵に気付かれるかもしれん。敵に気付かれた後では、隠蔽効果は殆どない」というので、無言で済むようにしてもらいました。
「発動条件はポージングだ! ポージングの美しさで効果時間が変わるように設定してやったぞ!」だって…… 1回の発動に必要なMPは呪文と同じだけど、ポーズが美しいと呪文よりも効果時間が長くなるらしい…… って言われても『美しさ』って何? 基準が全く分からないよ!?
因みに呪文の場合、私の魔力なら効果時間は20分くらいのようです。
私の『ダブルバイセップス』では、効果時間は約10分。同じMP使って呪文の半分── って結構ひどい。
ということで、隠蔽ローブを着て探索中。
私、前世ではRPGをよく遊んでたけど、3Dダンジョン物が大の苦手…… 方向音痴ですぐに迷子になっていました。
当然、本物の迷宮内なんて全然位置が把握できないから、ゲームで得た知識『左手法』を使って、常に左側の壁に沿って進んでいます。
でもこの方法って、堅実だけど無駄に移動距離が増えるんだよね。景色が変わらないから迷ってないか不安だし、魔物との遭遇率も上がるし、精神的にも体力的にもキツイ。
それでも私、結構余裕があります!
こんな状況だけど、生還確率は高い気がしています!
今みたいな遭難状況なら、普通は食料問題で絶望するんだろうけど、湧き水があるから水は何とかなるし、3日おきにマッチョ爺さんの所へ行けば、マッチョメーカー28号が飲めるから、餓死の心配がないんだよ!
これなら、1人でも生還できる筈。
『オープンザマッソー』なんて、糞な能力貰ったと思ってたけど、こんな状況なら、なかなか役立ちます。向こうに行ったらトレーニングさせられるのが嫌だけど、そこは我慢です。
・・・・・・
あれから私は、3つ上の階層に来ました。
まさか、最初に飛ばされた部屋を出て、右側の壁に沿って進んでいたら、20分で上の階層へ行けてたなんて…… 左側の壁に沿って進んだせいで、8時間掛かって漸く1つ上の階層に到達── しかも、3度も同じ目に合いました。
運のいい人なら1時間ほどで、ここまで来れたんだ…… ゲームなら、私のLUCKの値は絶対に最低レベルだよ。
グウウゥゥ……
お腹が鳴いている…… たった1日でここまで苦しいなんて、空腹を舐めていました。
3日の我慢なんて絶対に無理!
歩き回っていることに加えて、MPの消費で予想以上に体力が削られていく。
そういえば、空腹だとMPが回復しない、っていう話もありました。このままじゃ、その内隠蔽魔法を使えなくなります。
ヤバイ…… 思ってた以上に、私の置かれている状況は、絶望寄りだと気付きました。
空腹のお陰で眠気は吹っ飛んでるけど、このままじゃ、動けなくなって魔物に見つかってしまう── 安全地帯を見つけないと!
!?
そんな私の祈りが通じたのか、前方に扉が見えました!
扉の大きさから、ボス部屋ではなさそう。
第13階層の『あの部屋』に似ている。
ゴゴゴ……
私が部屋に近付くと、前と同じ様に勝手に扉が開きました。
慎重に中の様子を伺うと
あっ!?
部屋の中には石碑がある。そして、ここの石碑も青白い光を放っている。
石碑に書かれている文字は、きっと神聖文字だよ。読んだら命を落とすかもしれないから、これまで極力見ないようにしてきたけど、今はそうも言ってられない。
少しでも情報を得るために、私は覚悟を決めて文字を読むことにします!
でも、その前に水を飲んでおこう。
この部屋には湧き水がありました!
ふう、生き返る。
水をガブ飲みして空腹を紛らわした後、石碑に目を向ける。
石碑の上の方には魔法陣があります。
アレに火球をぶつけたら、元の場所に戻れるかも!?
いやいや…… LUCK値最低の私なら、もっと危険な場所に飛ばされる可能性が高いです。
やっぱり、石碑の文字を読もう。
上から読んでいきます。
えっと……
『69』って数字が書いてある。もしかして、今いる階層のことかな? つまり、私が飛ばされたのは72階層だったのか。
フムフム……
この魔法陣に風系の魔法を当てると第99階層へ飛ぶ。水系なら第36階層で、それ以外は第85階層へ飛ぶのか……
水系の魔法が使えたら、結構上の階層まで戻れるんだね!
私は火系と風系しか使えないから、意味ないけど!
その下にも文字は続いてるけど、一旦ここまでにしておこう。
読んでいて気付いたけど、この石碑の文字── たぶん変化する。
第二学院の地下神殿の神聖文字と同じように、いくつかの文字が変わるようになっているみたい。
ということは── 1度発動させたら、水系の部分が火系に変わるかも!
私は、離れた場所から火球を打ち込みました。
眩い光を放った石碑が元の状態に戻った後、文字を見ると
「変わってない……」
誰かが転移されないと、文字が変わらないのかも。
困ったよ。この部屋の中で、救助が来るのを待った方がいいのかな?
と考えていると
ドシン! ドシン!
足音が近付いて来る!?
扉が開きっぱなしで、逃げ場がないよ。
隠蔽魔法!
私は急いで『ダブルバイセップス』のポーズを取りました。




