第87話 マセル救出に動く人々
ああ…… やっと戻ってこれたんだ……
『オープンザマッソー』を使ったときは、ここには二度と戻りたくない── って思っていたのに、今はここに戻れたことを心の底から喜んでいます。
チェリーさんの忍者修業も厳しかったけど、それよりもマッチョ爺さんの仙人級ヨガ……
あれは修業じゃなかった…… 只の拷問でした。思い出しただけで鬱になります……
とにかく私は、現世に戻ってきたんだ!
ドシン! ドシン!
地面を揺らす大きな足音を聞きながら、慌てず冷静に懐中電灯を消します。
辺りは完全な暗闇に包まれ、一寸先も見えなくなりました。
ドシン! ドシン!
近付いてくる足音は、体長5~6mもある二足歩行の魔物のものです。
距離は約20m──
暗闇で何も見えないけど、チェリーさんとの修業で、周りの気配や空気の様子から、相手の大きさや距離を探ることが、ちょっとはできるようになりました。
大丈夫。この魔物は私に気付いていない。
私は、少しも慌てずに壁の端へ寄り、魔物が通り過ぎるのを静かに待ちます。
ドシン! ドシン!
魔物は全く私に気付く様子もなく、横を通過していきました。
よし! これなら魔物に見つからずに、上の階層に戻れそうだよ!
◇ ◇ ◇
第13階層の扉の部屋では──
残った5人は、マセルを追い掛けるかどうかで口論していた。
「もう1度シンディの魔法で、魔法陣を発動させよう」
「そうだよ。早くマセルと合流しないと!」
シベルスターとディアナは、マセルを追い掛けようと提案するが
「必ず同じ場所へ行く保証はないわ。それよりも、私達は早く迷宮を出て、神官長に報告するべきよ」
「私もシンディに賛成。今は一刻も早く戻った方がいいと思うわ」
「そうだよ。早く戻って救助を頼んだ方がいいよ」
シンディ・セレーヌ・セシルの3人は、迷宮を出ることを押した。
「3対2で戻る方に決定ね」
「マセルを見殺しにするの!? 1人で迷宮に取り残されたら、絶対に助からないよ!」
「どこに飛ばされたかわからないし、私達まで遭難したら、それこそ誰も助からないわ」
それでも、ディアナは納得できなかった。
「じゃあ、私だけでマセルを探しに行く!」
「ディアナ、あなたの気持ちはわかるわ。私も本心は助けに行ってあげたいのよ。でも、私達じゃきっと手に負えないと思う。ここは、一刻も早く神官長に報告して救助を頼むのが最善よ」
「シンディさん…… マセルは大丈夫かな?」
涙の滲むディアナの目を真っ直ぐに見ながら、シンディは頷く。
「絶対に大丈夫よ。ああ見えて、マセルは臆病だから」
「臆病?」
「そうよ。臆病だから、無茶せず慎重に行動して、生き残る最適な方法を見つける能力がマセルにはあるわ」
「そうだよね。マセルなら、きっとどんな困難でも乗り越えられるよね!」
「ええ…… だから私達は一刻も早く神官長に報告に戻りましょう」
シンディはそう言いながらも、マセルが生きていられるのは、10日が限度だと思っていた。
・・・・・・
「アイツ…… この荷物を1人で担いで歩いてたのか?」
マセルが残したリュックを担ごうとしたシベルスターは、その重さに驚愕する。
「シベルスター、何を言ってるのかしら。それでも、荷物が減ってるから、初日よりずっと軽くなってるわ」
「これで軽くなってるのか!? とてもじゃないが、これを担いで歩き回れないぞ」
「シベルスター、案外だらしないな。僕が持ってみるよ」
シベルスターの様子を見ていたセシルが、代わりにリュックを担ごうとしたが
「うわっ!? 何だよこの重さ…… いったい何kg有るんだよ」
すぐに諦めて、荷物を下ろした。
「シンディ、この荷物どうするんだ? こんなの持ってたら、とてもじゃないが歩けないぞ」
「仕方ないわね…… 必要最低限の荷物だけ皆で分けて、後は置いていくわ。シベルスターは、ジョディへの言い訳を考えておきなさい」
「えっ!? お、俺がジョディさんに説明するのか!?」
「当然よ。一番年長なんだから、そのくらい責任持ちなさいよ」
シベルスターは、真っ青になって暫く固まっていた。
◇ ◇ ◇
迷宮探索5日目の早朝──
シンディ達5人は、無事に迷宮の入り口まで戻ってきた。
「じゃあ、すぐに【伝達魔法】を使うね」
ディアナが魔法陣の描かれた紙に風の魔力を込めると、魔法陣が輝き、ふくよかな女性の映像が浮かび上がった。
《あら? 随分早いわね。こんな時間に呼ばれるとは思いませんでしたよ》
「おはようございます、マッコリ先生。こんな早朝で済みませんが、すぐに迎えに来てください」
《はいはい。すぐに迎えに行きますね》
映像が消えて1分も経たない内に、迷宮の入り口前にマッコリが現れた。
「あら? 確か6人いた筈よね? もう1人はどうしたのです?」
「マッコリ先生! その事で、神官長に急いで報告することがあるのです!」
5人の切羽詰まった表情から、ただならぬ事態を察したマッコリ。
「わかりました。急いで学院に戻りましょう」
すぐさま転移魔法を発動し、第二学院の神殿前に移動したのだった。
うげぇ……
もうダメ……
第二学院に戻ってきた5人の生徒達。
「酔い止め薬を飲んでおいて正解だったわ」
地面に倒れ込み動けなくなった4人を置いて、シンディは神殿の中へ急いだ。
・・・・・・
「そう…… 後は私達に任せて、あなたはお休みなさい」
シンディから報告を受けたグレシアは、すぐさまマセル捜索の準備に掛かる。
「マセルの家族にも連絡しないと……」
迷宮での転移事故は滅多に起きないが、事故に合った場合、生還できる確率は1%以下と言われる絶望的なものだ。
しかも、迷宮内での死亡は、遺体の回収も難しい。
グレシアは最悪の事態を想定し、マセルの家族に事故を伝えるように手配した。
その30分後──
マセル捜索チームは、グレシア・ベンプス・ロイルの3名。
運悪く、ゴランドとマチルダの2人が、別の遠征の引率で学院を離れていたため、3名だけの編成となった。
「それでは、私が皆さんを迷宮入り口までお連れします」
グレシアはマッコリの申し出を制し、紙を渡した。
「いいえマッコリ先生。私達はベンプス先生の転移魔法で向かうことにします。あなたはハムストンへ行って、マセルの家族にこの手紙を渡して来てください」
「わかりました。それでは私はマセルさんの家族のもとへ行って参ります」
マッコリが転移するのを見届けた後
「それでは私達も急ぎましょう。ベンプス先生」
「そうですの。一刻も早く、マセルくんを助け出さんとな」
ベンプスは転移魔法を発動し、迷宮の入り口へと移動したのだった。
・・・・・・
「マセルが迷宮のトラップに掛かって、転移させられた!?」
マセルの母エルサは、マッコリから受け取った手紙を読むと、椅子から立ち上がって叫んだ。
「こうしてはいられないわ。マンソル、私達も迷宮に行くわよ」
マセルの父マンソルも、事態を理解した。
「ああ。急いでマセルを助けに行こう。だが、マリンはどうする?」
「暫くの間、メルナちゃんとクリスくんのお家で預かってもらうわ」
「わかった。じゃあ俺はすぐに支度を済ませる。迷宮まではどうする?」
「私の全力飛行なら、1時間掛からないわ」
「よし! じゃあ、30分後に出発しよう」




