第86話 筋トレでは、気配を消せないと思います
「マセル…… お前には、忍の才能がないようだ」
忍者の基礎の修業を始めて7日──
チェリーさんから唐突に告げられたよ。
「忍は己の存在を悟らせず、迅速に無駄なく行動がモットーだが、お前は気配を隠す気がないのか?」
そうは言われても、気配を消す── って普通に難しいよ……
「私が、寝る間も惜しんでマンツーマンで指導しているというのに、未だにまともに気配は消せないし、この一本ロープを駆け抜けることもできないとは……」
トレーニングルームの真ん中に、太さ5cm・長さ30mのロープが張ってあって、その上を走る修業もしてるけど、ロープは細いしユラユラ揺れるしで、数m進むのがやっとです。
「私の計算では、既にそのロープ上で跳んだり跳ねたり、普通にできるようになっている筈だったのだが……」
いやいや、そんなの体操の選手でも多分無理ですよ? 私にできるわけがないです。
「マセル、気配も消せずロープ走りもできずでは、忍にはなれないぞ!」
私、忍者になる気はないですよ。
でも、忍者ってスゴイですね。実際チェリーさんは、ロープどころか細いピアノ線の上でも走れるし、自在に動き回れます。
そういえば、チェリーさんのイリュージョンで、高層ビルの間を空中散歩してましたが、ピアノ線の上を歩いてたんですね。
想像しただけで怖すぎる……
「ロープ走りは無理でも、せめて気配を消せるようにならないとダメだ。せっかく院嵐流忍術を使えても、気配が消せないとその効果は半減する。勘の鋭い者なら、気配だけで隠れている場所が特定できるからな」
そうなんですよね…… 影潜みの術を使っている間は誰にも見つからないと思ってたのに、私の居場所をチェリーさんはすぐに見つけますもんね。気配から……
気配を消すことが大事だと実感したけど、やり方がわからないんです。
こうなったら、魔法に頼るしかない!
「チェリーさん。気配を消す院嵐流忍術は、ないですか?」
隠蔽魔法とかを使えば、難しい修業をしなくても気配が消せると思うんです。
「愚か者め! お前は何でもかんでも魔法に頼ろうとしすぎだ!」
うわっ? また、マッチョ爺さんの声!?
今度はどこにいるのよ?
「さっきから、ずっとお前の横に立っていたのにも気付かんようだな」
私の横? 横には、大きな植木が置いてあるだけですが……
「そうだ。儂は気配を消して、植木と同化しておったのだ!」
植木からマッチョ爺さんが現れた!?
「このように完璧に気配を絶てば、たとえ隣に立っておっても、人は存在を認識できないのだ」
「流石です、ミスター筋肉。私にも殆ど気配を感じさせない、その隠形の技── お見事です」
ミスター筋肉? チェリーさんはマッチョ爺さんをそう呼んだけど、それがマッチョ爺さんの正しい呼び名なのかな?
「儂には名はないから、筋肉係で好きに呼べば良いぞ」
何でもいいけど『筋肉系』の縛りはあるのね。じゃあ、マッチョ爺さんでいいや。
それはともかく、気配を消すことができると、そんな魔法みたいなことも可能なんですね。
「もちろん魔法で気配を消すことはできるが、効果時間は魔力によって大きく変わる。だが、魔法に頼らず己の意思で気配を消すことができれば、お前でも長時間の隠密行動が可能になるのだ」
マッチョ爺さんの言う通り、魔法に頼っても、私の魔力では効果時間は数分間がやっと…… 殆ど役に立たないですもんね。
やっぱり魔法に頼っちゃダメ!
マッチョ爺さんができるなら、私にもできそうな気がしてきました!
「あの…… マッチョ爺さんは、どうやって気配を消していたんですか?」
チェリーさんの指導でも無理なら、藁にもすがる思いでマッチョ爺さんに聞いてみます。
「さっきの方法か? それはな── 隠蔽魔法に決まっておる!」
魔法かい! 散々偉そうなことを言っておきながら、自分は魔法を使っていたなんて、最低だよ!
「儂の鍛え抜かれた筋肉は、魔法を使わんと気配を消すことは不可能だ!」
もういいです…… マッチョ爺さんに、魔法以外で頼ろうとした私がバカでした。
「儂に頼るなら、筋トレのことだけにするのだ。いくらでも答えてやるぞ」
それこそ私には必要ありませんから!
「マジカルサクラさん。修業の続きをお願いします」
マッチョ爺さんを無視して、チェリーさんを見ると、チェリーさんが何か考えているようです。
「そういえば、マセルが院嵐流忍術を使えるようになった切欠は、筋トレをしたことだったな。もしかすると、筋トレをすることで気配を消す切欠を掴めるかもしれない」
チェリーさん…… 今何を仰いました?
確かに、筋トレしたことで闇の魔力に目覚めたけど、あれはマッチョ爺さんに対する怒りによるもので、決して筋トレの効果じゃないですよ。それに、筋トレで気配を消すなんて無理に決まってます。
「よし、決まりだ! お前が気配を消せるようになるには、筋トレあるのみ! どんな筋トレが気配を消すのに向いているか、儂が考えてやろう」
「お願いします。気配を消す修業は、ミスター筋肉の考える筋トレに任せて、私は院嵐流忍術の実戦的活用法を中心に指導することにする」
もういいです…… 気配を消すのは諦めて、チェリーさんの修業だけ頑張ります。
「よし! お前のやる筋トレは『ヨガ』にする。ヨガで鍛えれば、その腐った精神も自然と浄化されるだろう」
誰が『腐った精神』だよ!?
でも『ヨガ』とは意外でした。でも、ヨガって筋トレなの?
「ヨガは体幹と柔軟性を鍛える、立派な筋トレだ」
そうですか! また重いバーベル持たされて、死ぬ程苦しい目に合うと思っていたけど、ちょっと楽しそうです。
「楽しそう? 言っておくが、儂の言うヨガはお前の想像とはかなり違うぞ。インド人もビックリの超本格的なものだ」
超本格的なヨガ? 想像できないよ?
「儂の教えるのは『仙人級究極ヨガ』だ! 覚悟しておけ」
仙人級究極ヨガ!? まさか、手足を伸ばせたり火を吹けたり空中に浮けたりテレポートできたりする、とか!?
私、そんなビックリ人間になりたくないです。
「流石に、そこまでになるには時間が足りんわ」
時間があったら、できるようになるの!?
いったいどんな修業なのか、逆に興味が出てきたよ。
でも、ちょっと変だよ?
「どうして、そのヨガを教えるトレーナーを紹介してくれないんですか?」
いつもなら、専門家を連れてきてくれるのに?
「よく気付いたな。『仙人級究極ヨガ』を修業する者がこの400年おらんから、紹介できる者がおらんのだ。だから、儂が直々に指導してやることにした」
400年間も修業する人がいない?
「危険すぎるし、実際修業しても仙人になることもないから、バカらしくなって誰も修業しなくなっただけだ」
話を聞いて、不安しか生まれませんけど。
「心配するな。初心者用に儂がアレンジして教えてやる」
余計に不安が増してきたよ……




