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第82話 新たな師

「フン! フン!」


 本当は来たくなかったのに……


「フン! フン!」


 またしても、ここに来てしまいました。


 マッチョ爺さんは、相変わらず超重そうなバーベルでベンチプレスをしています。


「今回は随分早くやって来たな、元『早々野隆美』」


 そして、トレーニングしたまま私に話し掛けてきました。


「それにしても、またお前は『ややこしい状況』に陥ってるようだな」


 そうなんですよ…… どうして私はこんな目にばかり合うんですか? って、嘆いていても仕方ありません。


「修行がしたいんですが……」


 いつものように、マッチョ爺さんは私が今置かれている状況を理解しているみたいだから、いいトレーナーを紹介してくれるよね?


「残念だが、たった30日の修行であの場所から生還するのは、お前では無理だな」


「そ、そんな……」


 いきなり絶望させるようなことを言わないでください。


「だが、1つだけ助かる方法がある」


 まさか── また「筋肉道をマスターしろ」とか言うつもりじゃないですよね?


「その通りだ! 筋肉道の技をマスターすれば、どんな状況でも恐れるものなど何1つない!」


 ベンチプレスで1t挙げられることが最低条件な技なんて、マスターできるわけないでしょ!? そんな時間の無駄な修業をする気は、全くありませんよ。


「間違っておるぞ! アソコの魔物を倒すには、最低でもベンチプレス2tは必要だ!」


 1tでも無理なのに、2tなんて言われても、どうでもいいです。

 だいたい、私は魔物を倒そうなんて思ってませんから。私の目的は、アソコから生きて帰ることだけです。


「まさかお前、戦わずに逃げよう、などと思っているんじゃないだろな?」


 もちろんそのつもりですよ。戦おうなんて気は毛頭ありません。


「戦う前から逃げることを考えるとは…… 恥ずかしいと思わんのか?」


「思いません! 命あっての物種です!」


 だいたい、最初に『無理』と言ったのは、マッチョ爺さんです。


「確かにそうだな…… それならば! 脱出ということにかけて、これ以上ないうってつけの者がいたな。そいつに頼んでやろう」


 そんな人がいるんですか! ちょっと希望が出てきましたよ。


 でも、いったいどんな人なんだろう?


 できれば理沙絵師匠やジョージさんのような、優しく教えてくれる人が希望です。

 間違っても『ドラゴンさん』タイプの人はやめてくださいよ。


   ・・・・・・


 そして2時間後──


「お前に修業をつけてくれる者を連れてきたぞ」


 マッチョ爺さんが戻ってきました。


 ですが── マッチョ爺さんしかいませんよ?


「気付かんか? ソイツは、もうお前のすぐ側に来ておるぞ」


 えっ? どこですか?


 私がキョロキョロ回りを探していると


 うわっ!?

 突然何もなかった空間から黄金の『仮面』が!?


 私が驚いて尻もちをついていると、真っ白なスーツに身を包んだ仮面を被った人が現れました。


「どうだ、驚いたろう! コイツこそ【稀代の大魔術師】と謳われた【チェリー・ライイン】だ!」


 チェリー・ライイン! あの世界的マジシャンの!?

 私、前世では何度かチェリーさんの大魔術ショーを見たことがあります!


「こんな所でチェリーさんに会えるなんて、光栄です!」


「何だ知っておったか…… いつものお約束のパターンがないとはつまらんな」


 チェリーさんの修業、ってことはもしかして── 私、マジックを教わるんですか?


 確かに普通ならそれはとっても嬉しいことだけど、今の私の役に立つんですか?


 戸惑いながらマッチョ爺さんの顔を見ると、ニタニタした笑みを浮かべています。


「チェリー、お前の正体をコイツに教えてやれ」


「わかりました。それでは、私の真の姿をお見せしましょう」


 チェリーさんは、ショーでは一言も言葉を発しません。初めて聞いたその言葉は


 日本語!? チェリーさんって、もしかして日本人? それに、声の感じは結構若く感じます。


「チェリー・ライインは仮の名だ。私の真の名は【嵐院あらかき朔良さくら】」


 チェリーさんは本名を名乗ると同時に、上着を放り投げました。

 すると、そこにいた筈のチェリーさんが


 き、消えた!?

 忽然と目の前からいなくなったよ!?


「どこを見ておる。チェリーなら、お前の背後におるぞ」


 まさか? そんな一瞬で私の後ろに回り込むなんて、流石に無理でしょ?


 後ろを振り返ると── やっぱり誰もいないですよ。


「もっと上を見ろ」


 上、って天井のこと?


 天井を見ると!?

 覆面をした黒装束の怪しい人影が、逆さまにぶら下がっています。


 その姿は、まるで……


「【院嵐いんらん流忍術】第31代目頭領『嵐院朔良』見参」


 やっぱり忍者だ! でも──


「『いんらん流忍術』なんて聞いたことないですよ?」


 伊賀とか甲賀とか風魔なら聞いたことあるけど、『いんらん流』って…… 正直、ちょっと恥ずかしい名前ですよ。


 すると、チェリーさんは天井から飛び降り、私の横で静かな冷たい声色で話してきました。


「闇に生きる『しのび』が有名になってどうする? 世間に名が知れた時点で、忍としては三流以下だ」


「確かにそうかもしれないですけど、そもそも、21世紀の日本に忍者が存在するんですか?」


 21世紀の情報社会で忍者って、時代錯誤って言うか、不要な気がしますよ。


「世界中どの国でもスパイは暗躍している。そして忍は世界で最も優れた諜報員だ。その忍の中でも、我が院嵐流は頂点に君臨すると言っても過言ではない」


 スパイとか、創作物の中だけの話かと思ってたけど、実在したんですね。

 今更それを知っても、ムセリットでは関係ないですけど。


「でも、どうして『院嵐流』って名付けたんですか? どうせなら『嵐院らんいん流』の方がいいと思うんですが」


「さっき言った筈だ。名を知られる忍など三流以下。『院嵐流』なら絶対に自ら名乗らないから、敵に知られる心配がないのだ」


 すごいプロ意識! なのかな?

 確かに『院嵐流』って、自分から名乗りたくないですね。


「チェリーさんはまだお若いようですが、どうしてお亡くなりになったんですか?」


 やっぱりスパイ同士の戦闘とかで、亡くなったんでしょうか?


「そ、それは……」


「チェリーの死因は、脱出マジックの練習中の事故死だ。火薬の量を間違えたようだ」


 言い淀むチェリーさんに代わって、マッチョ爺さんが答えました。


 火薬の量のミスって……

 チェリーさんは、結構『おっちょこちょい』だったんですね。


「ところで、チェリーさん。修業はマジックですか? それとも忍術ですか?」


「私がキサマに教えるのは、院嵐流忍術の極意の一端だ」


 忍術の方で良かったよ。忍者にはマンガなんかで興味があったんです。


「忍術を甘く見るなよ。マジックと違って、一瞬でも気を抜いたら、命を落とすものと思え」


 でもチェリーさんは、忍術じゃなくてマジックで命を落としたんですよね。


「忍術の修業だけでなく、ウエイトトレーニングも忘れるなよ。最低でも、ベンチプレス250kgだ」


 マッチョ爺さんの言葉は無視して、アソコから生き延びるための忍術修業が始まることになりました。

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