第78話 ズラーマン、驚愕する
マセル達が迷宮に潜って、2時間程経った頃──
マチョリカ公国のバール将軍の部隊は、まだ全員飛行船に留まっていた。
「バール将軍。いつ頃出発いたしますか?」
ガッシリとした大男のバール将軍と違い、長身だがスラッとした男が尋ねてきた。
当初の予定では、日の出の時刻である6時頃には出発する筈であったが、雨のために既に2時間も遅れていた。
「この雨は、まだ暫くは止みそうにないな…… 仕方ない」
バール将軍は決断を下す。
「30分後に目的地へ出発する。選抜隊には、すぐに準備を整えさせよ」
「バール将軍、アレはどういたしますか?」
「もちろん持っていく」
「大丈夫ですか? この雨では、道がぬかるんで運ぶのが大変だと思われますが……」
「これ以上、予定を遅らすわけにもいくまい。ここの指揮はベルトン、お前に任せる」
「畏まりました。しかし、如何にジード様のご命令とはいえ、魔王復活に手を貸してよろしいのでしょうか?」
魔王の恐怖の伝承を知る者からすれば、その魔王を復活させるなど、正気の沙汰とは思えなかった。
「我らごときが、ジード様のお考えを計り知ることなどできるはずもあるまい。ジード様には、きっと深いお考えがあるのだ」
「わかりました。それでは、選抜隊には準備を整えさせます」
『ムセリット最大』という噂の迷宮──
そこには、『魔王復活の鍵』となる物があるらしい。バール将軍の目的はそれを見つけることだった。
・・・・・・
迷宮の入り口までやって来たバール将軍他30名の兵士達。
バール将軍が、迷宮内に足を踏み入れようとしたところで
「ずいぶん遅かったですな」
後ろから不意に声を掛けられた。
「何者だ!?」
振り返ったバール将軍が見たのは、黒ローブで全身を覆った怪しげな人物。
「お忘れですかな? 私ですよ」
フードを下ろすと、現れたのは紫色の髪―― それは不自然にズレていた。
「ズラーマン!? 何故キサマがここにいる!?」
それは、魔王軍六将軍の1人ズラーマンだった。
「まあまあ。そんなことよりも、アレはちゃんと持ってきてくださったようですね」
兵士達が荷車に乗せて運んできたものを、ズラーマンは勝手に確認していた。
「ズラーマン! 我らの今回の任務は極秘の筈だ。何故キサマがここにいるのか説明しろ。さもなくば!」
バール将軍が腰の剣に右手を掛ける。兵士達もズラーマンを囲むように動いた。
「バール将軍、そういきり立たないでくださいな。私はジード様に頼まれて、あなた方のお手伝いに来ただけです」
今回の遠征話をジード王子に持ち掛けたのは、ズラーマンだった。
ジード王子は、ズラーマンからは普通の人間とは違った怪しさを感じていたが、魔族とは思っていなかったため、それほど危険視していなかった。
バール将軍もズラーマンを魔族とは思っていなかったが、その胡散臭い雰囲気に警戒心を抱いていた。
「この迷宮にあるという『例の物』の探索には、この私の力が役に立てるでしょう」
「まさか…… キサマがジード様に何か吹き込んだのか?」
「吹き込んだ―― とは心外ですね。私はジード様のお望みを叶えるために、協力を惜しまないというだけです」
バール将軍は剣に掛けた右手を下ろした。
「まあいい…… キサマが少しでもおかしな行動を取ったら、その場で斬り捨てるから覚悟しておけ!」
「肝に銘じておきます」
そうしてズラーマンを加え、一行は迷宮探索を開始した。
「ほう! これもマチョリカ公国製の魔道具ですか。噂に違わぬ性能ですな」
マセル達が使っている懐中電灯よりも、遥かに強力な光を放つライトを照らし、迷宮を進む一行。
「それよりもズラーマン。本当にこの迷宮に魔王復活の鍵が存在するのか? 魔王に関する伝承に、この迷宮のことなどなかった筈だぞ」
人族に伝わる魔王に関する伝承には、『人族と魔族の戦争で倒された魔王は、5人の勇者によって身体を5つに切られて、勇者達の手で別々に封印された』ということしか残っていない。
だが、魔族に伝わる伝承には、『魔王様はたった1人で深い迷宮を訪れ、何かの儀式を行った』ということが残されているのだ。
「私を信じてください。ここには、間違いなく、魔王に関する重大な『何か』が残されている筈です」
ズラーマンは確信していた。
第1階層では僅かしか感じられないが、只ならぬ妖気が漂っていた。きっと深い階層には、この妖気の元となる物がある。
そして、それこそが魔王復活に必要な物である、ということを。
「兎に角、急いで迷宮の奥に進みましょう」
ズラーマンは高揚する気持ちを落ち着かせながら、バール将軍に急ぐように促した。
・・・・・・
バール将軍の部隊は、最短ルートで迷宮を進んでいた。
「どうです! 私がいなければ、これ程早くに第5階層に到着できませんでしたな」
バール将軍の部隊には、当然【探索魔法】を使える魔道士が同行していたが、迷宮内には探索魔法を阻害する力が働いていたため、役に立たなかった。
だが、ズラーマンは問題なく最短ルートを見つけることができた。
それは、ズラーマンが迷宮に漂う妖気の濃い道を選んで進んでいたからだった。
「確かにな…… キサマの道案内の能力だけは認めてやる」
「他にも私が役に立つということを、その内お分かりいただける筈です」
「それならズラーマン。我らには、迷宮内にある『神聖文字』の書かれた壁画を記録するという任務もあるのだが、壁画の場所はわかるか?」
「それはわかりませんね」
「ふん! やはり役立たずか」
「これは手厳しいですな」
作り笑いを浮かべながら、ズラーマンはバール将軍に対し「いつか殺してやる」と心に誓っていたのだった。
その後も、バール将軍の部隊は順調に下の階層へ進んでいく。
一行は、途中遭遇した魔物を苦もなく仕留め、第10階層にある扉の前に到達した。
「この扉の向こうには、強力な魔物がいる筈だ。皆、油断するなよ!」
「バール将軍。ここで『例の物』を使用いたしますか?」
「否、ここは銃火器を使う。扉を開くと同時に手榴弾を投擲、その後10秒間の一斉掃射を行う!」
ゴゴゴゴゴ……
バール将軍が扉の横にあるスイッチを押すと、ゆっくりと扉が開いていく。
同時に、部屋の中に手榴弾が3つ投げ込まれた。
ドーン! ドーン! ドーン!
爆発に続いて、部屋の中に機関銃による一斉掃射が行われた。
ダダダダダダ!
煙が晴れた部屋の中には、蜂の巣になったビッグリザード── 大きさだけならジャイアントベアにも匹敵する巨大な死体が転がっていた。
「どうした、ズラーマン? この部屋には用はない。すぐに下へ向かうぞ」
「そ、そうですね……」
マチョリカ公国製の兵器を、初めて目の当たりにしたズラーマンは、想像以上の威力に驚いていた。
魔族といえど、今の攻撃を食らえば只では済まない。早急に対策を練る必要があった。
今は魔王様の復活が先だ。
その後のことは…… 今は考えないでおこう。
ズラーマンは不安を感じながらも、今は魔王復活に全力を注ぐことにしたのだった。




