第77話 2千年前の戦い
今から約2千年前──
この世界に呼び名もなく、まだ大国の存在しなかった時代の話。
この世界には、太古の昔より人族と魔族と呼ばれる、2つの人種が存在する。
寿命は短いが繁殖力が強く、集団での行動を得意とする人族。
人族と比べて遥かに少数だが、寿命が長く、強力な個の力を持つ魔族。
この2つの人種は、今でこそ互いを敵と認識し憎しみ合っているが、当時は暗黙のルールの下、互いの領域を侵すことなく平穏に暮らしていた。
そんな時代に、魔族の中に歴史上類を見ない、圧倒的な魔力を持った子供が誕生した。
時を同じくして、人族の中にも特別な力を持った子供が生まれた。
子供の名は【ムセル】
ムセルは普通の人とは違っていた。世界で唯一、未来を予知する【未来視】の能力を持っていた。
だがそれ以上に、彼が普通でなかったのは、前世の記憶を持っていたことである。彼の前世は、別の世界の人間だったのだ。
ある日、ムセルは恐ろしい夢を見る。
それは、1人の魔族が魔王となり、人族を滅ぼそうとする夢であった。
ムセルは、その夢が将来起こる予知であることを知っていた。
このまま何もしなければ、人族は魔王に滅ぼされるだろう!
ムセルは、全力で手を打つことにする。
彼は、「未来視で見えた予知は、行動によって変化させることが可能である」ということを知っていた。
予知を変えるのは、並大抵のことではないが、因果を覆すだけの行動を取ることで、変えることができるのだ。
ムセルは、その魔族が魔王として覚醒していない内に倒すことを決意したのだった。
ムセルは、前世では【闇の魔術師】と呼ばれており、特に呪術に精通していた彼は、呪術を元にした新たな魔法── 後世の人々に『神代魔法』と呼ばれる『魔王を倒すための切り札』を生み出すための研究を開始する。
・・・・・・
ムセル23歳──
彼は、魔王に成長する前の魔族を探すために、1人魔族の領域へと向かった。
魔族の暮らす領域は、人族の領域よりも遥かに過酷な環境にある。
そこで、たった1人の魔族を見つけることなど普通なら不可能と思えるところだが、ムセルの神代魔法はそれを可能にした。
魔族の領域に入ったその瞬間、圧倒的な魔力の存在を感知することができたのだ。
ムセルは、すぐにその魔族の男【ゼリット】との接触に成功する。
ムセルは、ゼリットにまるで昔からの友人のように接し、この世界のことを2人の名前を取って『ムセリット』と名付けたりして、ゼリットの警戒心を取り除いていった。
ゼリットは、初めて見る人族に興味を持った。ムセルの持つ知識の豊富さ・人懐っこさは、ゼリットには新鮮だった。
だがムセルは、ゼリットをどうやって暗殺するか、ということを常に考えていた。
この時代、魔族には文字が存在しなかった。そこでムセルは、自分の作り出した文字をゼリットに教えた。
その文字こそ、後世で『神聖文字』と呼ばれる文字── 呪いの込められた文字であった。
ムセルは、人間なら簡単に殺せるだけの呪いを込めた文字をゼリットに見せ続けたが、ゼリットには全く効果を現さなかった。
ゼリットの纏う強力な魔力によって、呪詛が阻まれていることに気付いたムセルは、永い年月を掛けて少しずつ呪いを浸透させる計画を立てる。
同時に、何とかしてゼリットの魔力を弱める方法も考えていた。
ムセルは、ゼリットを人族の領域への旅に出るように誘った。
ゼリットも人族の領域に興味を持つようになっていたため、その誘いに乗ってムセルと一緒に旅に出ることにした。
2人の旅の目的は、『世界中の洞窟を迷宮に変える』というもの── ムセルが迷宮の設計図を描き、ゼリットが魔力を使って洞窟を迷宮に変化させる。
そして仕上げに魔流脈── 地下にある魔素の流れる地脈と繋げれば、半永久的に迷宮が活動するようになる。
完成した迷宮には、神聖文字で2人の記録を書き残していった。
何の意味も無さそうなその行動こそ、ムセルの作戦── 迷宮の作成には、大量の魔力が必要になる。ゼリットの魔力を消費させ、弱らせようと企んだのだった。
魔力の殆んどを消耗したゼリットになら、呪いが効く筈だ。
ムセルはそう考えたのだ。
しかし、ゼリットの魔力はムセルの想像を遥かに超えていた。
かなり大規模な迷宮を作っても、ゼリットは魔力の20%程を消費するだけだった。しかも、消耗した魔力も1~2日で回復してしまうのだ。
そのためムセルは、ゼリットの魔力が回復できないように、次々と洞窟を巡り迷宮を作り続けなければならなかった。
・・・・・・
2人が旅に出てから20年が経った。
既に2人は、世界中に500に迫る数の迷宮を作ってきたが、ムセルはゼリットに呪いを掛けることができないままであった。
しかし、とうとう最大のチャンスが訪れた!
ムセルは、彼にとって最高に都合の良い洞窟を発見したのだ。
迷宮の深さは魔流脈までの深さで決まる。
その洞窟は、100階層の迷宮が作れる程深い所に魔流脈が通っていた。
「次で迷宮作成500個目だな。記念に今までで最大の物を作ろう」
ムセルはゼリットにそう言って、100階層の迷宮を作らせるように仕向けた。
流石のゼリットも、それだけ巨大な迷宮を作るのには、全魔力の殆んどを使う必要があった。
迷宮の完成と同時に、疲れきって動けなくなったゼリットに、ここぞとばかりにムセルは呪いを掛けた。
ゼリットを仕留めることに成功したムセルは、ゼリットの遺体を迷宮に残したまま、その迷宮を後にした。
これで人族は救われた!
ようやく目的を果たしたムセルは、胸を撫で下ろしたのだった。
しかし、ゼリットはまだ生きていた!
魔族の生命力は、ゼリットの止まった心臓を再び動かしたのだ。
息を吹き返したゼリットは、ムセルに裏切られたことを悟った。
呪いのせいでまともに動かない身体──
死を悟ったゼリットは、最後の力を振り絞り、ムセルに対する怨みの言葉をひたすら書き綴りながら、迷宮内で本当の最期を向かえたのだった。
・・・・・・
それから数年後──
ムセルは20年に亘る旅の無理が祟り、病に臥せっていた。
もう、思い残すことはない……
そのまま静かに死を迎えるつもりでいたムセル。
だが、再び『あの夢』を見たのだ。
魔王が人族を滅ぼそうとする夢を!
そんなバカな……
今のムセルには、どうすることもできない。ムセルは絶望の内に息を引き取ったのだった。
・・・・・・
ムセルの没後18年──
とうとうその日がやって来た!
決して団結することのなかった魔族を統一し、魔王が誕生したのだ。
魔王の名はゼリット
迷宮で死んだ筈のあのゼリットは、転生を果たしていたのだ!
しかも、ゼリットのムセルに対する憎しみは、人族全体に対する憎しみへと変わっていた。
人族を滅ぼせ!
それを合言葉に、魔王軍は人族の領域への侵攻を開始する。
魔族の力は圧倒的。
人族は、どうすることもできないまま蹂躙され続け、滅亡を待つばかりと思われた。
魔族侵攻から5年──
人族は未だ生き残っていた。
それには2つの理由があった。
1つは、人族に比べて魔族の数が千分の1程しかいなかったこと。
魔族軍が、広大な人族の領域全てを攻めるには、圧倒的に数が足りなかった。
もう1つの理由は、魔族の性質。
元々協調性のない魔族軍は、魔王の腹心である魔将軍の部隊を除くと、殆どが軍隊としての機能を発揮できず、逆に追い詰めらた人族は、今までにない団結力を発揮し、魔族軍を撃退することも珍しくなくなっていった。
業を煮やした魔王は、遂に自ら人族の討伐に動いた。
魔王の登場で、再び魔族軍は活気立ち、戦況は更に激しさを増していった。
人族は最後の勝負に出る。
魔王直属の軍2千に対し、20万の大軍をもって戦いを挑んだ。
しかし、魔王の圧倒的過ぎる魔力の前に、虚しく倒されていく人族軍。
当時人族最強と吟われた5人の男達が魔王に挑むも、全く歯が立たない。
魔王は決着をつけるべく、これまでで最大の魔力を使おうとした。
これまでか……
人族軍は、誰もが敗北を覚悟した。
ところが、その時奇跡が起きた!
魔王が、突然胸を押さえ崩れ落ちたのだ。
そして、魔王はそのまま動くことはなかった……
魔王ゼリットが突然死を起こした理由──
ゼリットは、魂の寿命70年分を使って転生を果たしていたのだが、彼は1つ大きな勘違いをしていた。
500年以上生きる魔族にとって、70年は大した問題ではない、と思っていたのだ。
しかし、特典での転生には『魂の寿命100年』という縛りがあった。
魂の寿命が100年あっても、100歳まで生きられるわけではない。生命エネルギーの消費が大きいと、魂の寿命の消耗が早くなるのだ。
ゼリットは魔力を使いすぎたために、元々短かった寿命を、更に縮めてしまったのだ。
魔王の死により、残った魔族軍は魔族領へと逃げ帰っていったのだった。
こうして、魔族と人族の戦争は、終結を迎えたのだった。




