第72話 反撃開始! の筈が……
マッチョ爺さんの元での、無駄な30日間がやっと終わったよ……
「何が無駄な30日間だ!? 最高に充実した時間になる筈が、お前の情けない筋肉のせいで、数ある『筋肉道』の秘技の1つも習得できずに終わるとは……」
当たり前です! 最低でもベンチプレスで1t挙げることができるのが前提の技なんて、最初から不可能に決まってます!
そもそも『筋肉道』って何かと思ったら、マッチョ爺さんが勝手に考えた武道(?)のようだし、『僕の考えた最強技』みたいな中二病的設定を、私に押し付けないでよ。
「30日もかけて、ベンチプレス250kgも挙げられずに終わるとはな…… 全く情けない奴だ」
ノーギアで220kgも挙げられたら十分でしょ? 8歳児にこれ以上求めないで。
「とにかく、約束は果たしてくださいよ。私が簡単に『旋風』を発動できるようにしてください!」
「『筋肉道』の技を覚えたら、貧弱な魔法など使う必要もないというのに、全く嘆かわしいことだ」
マッチョ爺さんは、ブツブツ文句を言いながらトレーニングルームを出ていきました。
5分程して戻ってきたマッチョ爺さん。
手袋のような物を持っています。
「何ですか、その手袋は?」
持ってきたのは、左手用の手袋だけ。
その手袋をはめると、魔法が使えるようになるのかな?
でも、レムス王国って1年中温暖だから、手袋するのって微妙だよ。
「それを着けてみろ」
あっ! 薄手でオープンフィンガーになっていて暑くないし、肌触りも良い!
「掌の部分に『旋風』の魔法陣を描いてある。使用法は『マッスルブースト』とだいたい同じだ。【キーワード】を言えば、魔法陣が勝手に魔力を吸い取って発動する」
「キーワードは何ですか?」
「筋肉に関係のない魔法など、儂には興味ない。キーワードはお前が好きに決めろ」
よし! 簡単で分かりやすい言葉が良いですね。それなら――
「【せんぷう】に決めました!」
「そのまんまかい! 糞つまらんキーワードだな」
マッチョ爺さんが手袋に描かれた魔法陣に触れると、魔法陣が光りました。
「これでキーワード登録完了だ。効果時間と威力は呪文と同等で、魔法陣の手前1mの地点に発生するようにしておいたぞ」
左手を前に突き出して【せんぷう】って言えば、目の前に旋風が発生するイメージですね。
想像すると、なかなか魔道士っぽくて格好いいかも。
「フン。それのどこが格好いいか? お前の魔力では、精々『う●こ』を撥ね飛ばす程度が関の山だ」
うっさいよ! 私の目的は、その『う●こ』を防ぐことだから、その程度で十分なんだよ!
「とりあえず、この手袋は有り難く使わせていただきます。でも、お礼を言いにここへ戻ってくるつもりはないので悪しからず!」
私はそれだけ言うと、元の場所に戻ってきたのでした。
◇ ◇ ◇
準備万端! もう『う●こ投げ』を恐れる必要無しだよ。
糞猿共め、覚悟しろ!
これから私の反撃開始だ!
と思ったそのとき――
ドーン!
少し離れた場所から、突然大きな音がしました。
何が起こったの?
それまで、しつこく連続で投げつけてきていたデビルエイプの『う●こ投げ』が、いつの間にか止んでいる。
「マセル! 早くこっち!」
先に行ってたディアナさんが、私を呼びに戻ってきてくれました。
「マセル、ぐずぐずしてないで、すぐにここから離れるわよ!」
シンディさんまでいるなんて、もしかして何かヤバいことが起きているの?
「シンディさん、何が起こってるんです? さっきの音はいったい?」
「信じられないけど…… 多分ジャイアントベアよ」
ジャ、ジャイアントベア!?
見たことないけど、トンでもなく恐ろしい魔獣だと聞いてます。
「早くしろ! ジャイアントベアに見つかったら、一溜りもないぞ!」
「シベルスター、本当にジャイアントベアなの? 冗談よね?」
「セレーヌ…… 俺も冗談だと思いたいが間違いない」
「どうするんだよ? どこに逃げたらいいんだよ? 僕達、全滅するよ……」
「セシルも落ち着け! とにかく奴の反対方向へ逃げるしかない!」
皆パニック状態です。
ドーン! バキバキバキ……
ドーン! バキバキバキ……
木々の破壊される音が、だんだんとこっちに向かってきている……
「大丈夫よ。まだ咆哮を出してないから、私達のことは気付かれていないわ」
「そうだ、ジョディの言う通りだ。今のうちにできるだけ遠くへ逃げるんだ」
私達は、音のする反対方向へと逃げることにしました。
・・・・・・
漸く樹海を抜けたと思ったら、目の前には岩の壁が……
「この崖の上なら安全だな」
「シベルスター、あんな高さまでどうやって上るんだよ? 絶対に無理だろ? 別の場所に行くしかないよ」
崖の高さは、ざっと見て10m以上。
「セシルさんの言う通りだよ。こんな所でぼやぼやしてたら、ジャイアントベアに追い付かれるから、別の場所に移動しよう」
「今樹海に戻るのも危険よ。いい物を用意してあるから、ちょっと待って」
シンディさんは、私の背負ったリュックの中から、ロープを取り出しました。
「崖の上に木が見えるでしょ。あの木の枝にこのロープを引っ掛けたら、上まで上れると思うわ」
「どうやって、ロープを枝に引っ掛けるつもり?」
「大丈夫よ、セレーヌ。風魔法を使えば、上まで飛ばして枝に引っ掛けられるわ」
よし! 崖上の木の枝に、ロープを引っ掛けることに成功!
ロープの先に布を結んでパラシュートみたいにして、風魔法で浮かせて太い木の枝に引っ掛けました。
「やるわね、リーダー!」
「こういう細かい風操作は得意なんだよ」
ディアナさん、お見事でした。
「急いで1人ずつ上るぞ。まずはリーダーから行け」
「わかった」
順調に上っていけてます。
ディアナさんに続いて、セレーヌさんとシンディさんが崖上に到達しました。
「次はセシルの番だ」
その時でした。
ドーン!
バキバキバキ……
「チッ…… 大分離したと思ったのに、追い付いてきたな。急げセシル!」
セシルさんは焦っていたからか、なかなか上れませんでした。
ドーン! ドーン! ドーン!
もう、かなり近いですよ……
「よし! 次は俺が上る!」
セシルさんがやっと上りきると、シベルスターさんが言いました。
ちょっと待って……
「僕が最後なんですか?」
「心配するな。俺なら30秒で上りきる自信がある!」
「自信がある」って言われても……
ジャイアントベアがここに来るまで、30秒もないんじゃあ?
グオオオガアアア!!
ひいーっ!?
今のって、ジャイアントベアの咆哮だよ。
つまり私達、見つかったってこと?
もう仕方ないです。シベルスターさん、早く上ってくださいよ。
グオオオガアアア!!
再び咆哮が!? それも、かなり近い所から聞こえたよ……
ドドドーン!
樹木が薙ぎ倒され、遂に目の前に現れたのは……
これがジャイアントベア!?
体長6mはある巨大な白地に黒の模様―― って、完全に『ジャイアントパンダ』だよ!
どうしよう…… 怖いけど可愛いよ。
ジャイアントパンダもとい、ジャイアントベアはゆっくりと私の方に近付いてくる。
巨体が接近してくるのはド迫力で、可愛いけどやっぱり怖い。
グオオオガアアア!!
再び激しい咆哮を上げると、ジャイアントベアは突然走り出した!
「マッスルブースト3倍!」
ドゴーン!
岩壁に激突したジャイアントベア。
私は身体強化を発動させると同時に全力ジャンプして、上にあったロープを掴み、ジャイアントベアの突進をやり過ごすことが出来ました。
「ば、バカ! 俺達2人分の重量が掛かったら、この枝が持たないぞ!?」
私の上でシベルスターさんが叫びました。
でも、そんなこと言われても、今手を離したら確実にジャイアントベアの餌食になります。
絶対にこの手は離しませんから!
「シベルスターさん! 折れる前に早く上ってください!」
「く、くそっ!」
シベルスターさんは、上るスピードを上げました。私もそれに続いて全力で上ります。
「2人とも、頑張って!」
崖上では、ディアナさん達が見守っています。
「シベルスター、もう少しよ」
「よし! 手が届いたぞ!」
シベルスターさんの手が、崖上に届いたようです。
やった! これで、枝が折れずに済みそうだよ!
などと安心した途端、フラグが立った!?
ドゴーン!
ジャイアントベアが、崖に向かって体当たりしました!
グラグラ……
「うわあああぁぁぁ!?」
その衝撃で、崖上によじ上ろうとしていたシベルスターさんが転落!?
私は咄嗟に左手を突き出し、叫びました。
「せんぷう!」
良かった!
シベルスターさんは旋風に巻き上げられ、無事崖上に到達。
その後、私も崖上に到達しました。




