第63話 マチョリカ公国に来ました
「この砦の向こうが、マチョリカ公国なんですね」
私達が今いるのは、マチョリカ公国領の玄関口に当たる砦の前――
レムス王国とマチョリカ公国の間には【レムーチョ川】が流れていて、川の西側がレムス王国領で東側がマチョリカ公国領です。川には1本の橋が架かっており、川を挟む形でお互いの国の砦が築かれています。
砦が向かい合っているけど、レムス王国とマチョリカ公国は同盟関係にあるので、簡単な手続きで自由に行き来できるのです。
数年前までは、レムス王国側からマチョリカ公国に訪れる人は、それほど多くなかったのが、ここ数年で状況が大きく変わってきたそうで、今ではマチョリカ公国製の珍しい商品が大人気で、レムス王国からの商人や旅行者が後を絶たない、という話です。
「砦といっても、マチョリカ公国の砦はレムス王国の砦に比べてちっぽけだし、もし戦争になったら、マチョリカ公国の砦なんて簡単に落とせそうね」
シンディさんはそう言いました。
そして、殆どの人はシンディさんと同じように考えると思います。大国であるレムス王国の砦に比べて、マチョリカ公国の砦は遥かに小規模で、一見簡単に壊せそうに見えるから。でも――
砦の上にズラッと設置されている大砲を見ると、この砦を落とせる国がムセリットに存在するの? 逆にレムス王国の砦は、大砲の砲撃に耐えられるの?
正直、戦争になった時のことを考えると、不安でいっぱいだよ……
砦を通ってマチョリカ公国領に入ると、更に驚かされました!
奇麗に鋪装された大通りがあって、建物が整然と立ち並んでいます。それに、あそこに止まっているのは――
「あれは汽車!?」
まさか、汽車を見るとは思ってなかったから、思わず大声を出しちゃったよ。
「マセルくん、汽車を知ってるのかい?」
ジョディさんが、ちょっと意外そうに私を見ています。
「『きしゃ』とは何ですか?」
「クラネスさん、あそこに止まってる大きな乗り物のことだよ」
「えっ? あれは乗り物なのですか!?」
「そうだよ。汽車は、1度で100人以上の人を、馬車よりも速く運べる乗り物なんだよ」
「信じられません…… あのような大きな物を、どんな動物が引くのですか?」
「汽車を動かすのに、動物も魔法も使わないよ。何か、不思議な力で動かしてるそうだよ」
魔法が当たり前の世界では、蒸気機関の方が『不思議』扱いなんですね。
クラネス姫もマチョリカ公国を訪れるのは初めてなので、先程からずっと圧倒されているようです。そしてそれは、クラネス姫以外の人も。
「噂には聞いておりましたが、これは噂以上にトンでもない所ですのお、グレシア様」
「信じられません…… 10年前にマチョリカ公国を訪れたときは、ここは草原が広がっているだけの、本当に何もない場所だったのですよ……」
こんな国境近くの辺境の場所が、王都レムシール以上に美しい町並みを見せている。
文化レベルの違いを見せつけられて、誰もが驚嘆させられています。
これが、地球からの転生者によるものだと知っている私は、畏怖の念でいっぱいだよ。
何せ、その転生者は、まだ7歳の筈なんだから……
・・・・・・
私と神官長とベンプス先生、それにクラネス姫とシンディさんとジョディさん。そしてもう1人―― 先日、私と神官長と一緒に地下迷宮を探索した謎の男性―― の計7人で、学院の休日を利用してマチョリカ公国に行くことになったのです。
何故そんなことになったのか?
それは全て、あの地下迷宮の石碑―― 正確には、石碑に込められた『初代神官長の残留思念のお告げ』のせいです。
◆ ◆ ◆
石碑を読もうとして、私が激しい頭痛に襲われた時、私の頭の中には、予想通り薄汚い格好の貧相なお爺さん――『初代神官長』が現れたのでした。
《誰が薄汚い貧相なジジィだ!?》
という、墓のときと全く同じボケから始まって、
《儂は、王立第二学院初代神官長『グリーマン』だ。尤も、今は只の残留思念だがな》
と説明する一連の流れ―― 正直、ワンパターンに呆れていたら、
《儂の死後800年前後に、レムス王国は危機に晒される》
と言い出しました。
ここまで、前回と全く同じ―― また勿体つけながら、『魔王が復活する』って言うんだろうな、と思っていたら
《魔王が復活するのだ!》
はい、知ってます。やっぱり、ここに来たのは時間の無駄でしたね。
《そしてもう1つ!》
えっ?『もう1つ』って何ですか?
《恐るべし未知の知識を持った男―― ソイツはもしかすると、魔王以上に恐ろしい相手になる可能性がある。もしソイツが暴走すると、恐ろしいことになるかもしれぬのだ!》
恐るべし未知の知識を持った男!?
それって『地球からの転生者』のことですよね!?
その人が暴走する? それってどういうことですか!?
《ソイツは、魔族と手を組むやもしれぬのだ》
魔族って、そもそも人族全体の敵だよね。
そんな魔族と手を組む、とか意味不明なんですけど?
《ソイツの目的は『人族の支配』でも『人族の滅亡』でもない。だが、ソイツは目的のためならば、平気で国を亡ぼすやもしれぬ者なのだ》
うーん…… さっきから「かもしれぬ」ばかりで、どうも信用できないんですけど。
《ソイツが何を考えておるのかは、この儂でさえ計り知れぬ。
だから、お主がソイツの目的を掴んで、何としてでもソイツの暴走を防ぐのだ!》
前回に続いて、また雲を掴むような、絶対に私じゃ無理っぽい難題を丸投げするんですか!?
あなた、『大予言者』とか言われてたなら、私にそんなことができるわけがないことくらい、わかりそうだよね?
魔王のことも、その転生者のことも、絶対に権力を持った偉い人に告げておくべきことですよね!?
《お主なら世界を救える―― かどうかは、儂にもわからん。まあ、世界がどうなろうが、既に亡くなっておる儂には関係ないから、お主がどうしようが儂の知ったことではないがな!》
うわぁ…… 何て無責任な……
信じたくないけど、魔族が魔王復活のために行動を起こしていたのは事実でした。
となると、転生者が暴走して魔族と手を組むかもしれない、というのも十分に有り得ることなのかもしれない。
何でこんな重要なことを、私に告げるんですか?
この爺さん、私に個人的な嫌がらせをするために『残留思念』になったんじゃないですよね?
私は、自分の不幸を呪いながら目を覚ましました。
神官長に『残留思念のお告げ』の内容を話すと、横で聞いていた男性は、すぐに誰のことかわかったようです。
「その『未知の知識を持った人物』とは、恐らくマチョリカ公国の『第三王子』のことです」
何でもその王子は、7歳にして既に国政の殆どを任されている、という噂だそうです。
そして、マチョリカ公国が急速に発展していることは、レムス王国でも話題になっているようでした。
「では、1度マチョリカ公国に視察に行く必要がありますね。マセル、あなたは今度の学院の休日に同行するように。他にもベンプス先生と後数名―― できれば、マチョリカ公国に詳しい者を同行させようと思います」
どういうわけか、今回も私は、自動的に同行者に選ばれてしまっています。
「あの…… どうして僕が一緒に行くのですか?」
「それは、あなたが『究極の応援者』になれる素質がある、と私が見込んでいるからですよ」
えっ!? 私、その異名だけは、絶対に欲しくないんですけど……




