第56話 もう間違いないです
第3階層への階段前に、無事到達しました。
「ちょっと休憩して、昼食にしない?」
迷宮に潜って約3時間が経過―― ちょうどお昼時ですね。
昨日ジョディさんが、「食料は用意しとくから、心配しないで」と言ってたから、全部お任せしたけど、大丈夫かな?
私が背負ってるリュックの中に、食料が入ってるんだと思うけど、ジョディさんのことだから何が入ってるのか心配……
「マセルくん、荷物袋を貸してくれる?」
私のリュックからジョディさんが取り出した物は、水筒と――
「この水を温めて、こっちの容器にお湯を注いで3分待つと完成だよ」
カップ麺ですね…… それもマチョリカ公国で買ったんですか?
もう疑いようもないです。マチョリカ公国には、私と同じ【地球からの転生者】が絶対にいます!
それも、私と違って何でも作り出せるすごい人が!
もしかして、転生特典の中に『そんなお得な能力』があったのかも?
だったら『オープンザマッソー』の能力はいらないから、私も『そっち』に変更したいよ。
火魔法で水を沸騰させて、お湯を注いで待つこと3分――
「美味しいです! こんな料理が迷宮内でいただけるなんて!」
クラネス姫が絶賛する気持ちがわかります。このカップ麺の味の再現度が半端ないよ―― 前世の舌の記憶が完全に呼び起こされました。
「これ1つで銀貨1枚だよ」
えっ!? 銀貨は、前世でいうと5千円くらいの価値だった筈…… 結構なボッタクリですよ。
「まあ! そんなに安いのですか!?」
「そうでしょ! あまりに安かったから、20個まとめ買いしたのよ」
クラネス姫は勿論だけど、ジョディさんも『お金持ち』なんだね。
いつか私も、5千円を「安い!」と言える人間になってみせるわ!
・・・・・・
いよいよ、問題の第3階層へ向かいます。
昨日シンディさん達が『幽霊を見た』という階層ですよ。
「ジョディさんは、幽霊の噂を知ってますか?」
「私が前に聞いたのは、第5階層で見たという噂だったよ。第3階層での目撃情報は、初めて聞いたね」
幽霊っていったら、地縛霊みたいに決まった場所に留まっているイメージだったけど、ここの幽霊は動き回ってるのかな?
第5階層から第3階層って、かなりの行動派の幽霊ですね。
「幽霊とは、亡くなった方の魂が彷徨ったもの―― と聞きますが、【アンデッド】とは別物なのですか?」
クラネス姫は幽霊に詳しくないようです。
「アンデッドは只の死体が動いたものだから、魔法や武器で倒せるけど、幽霊には通常の戦闘魔法や武器は通用しない、と言われているね」
「そうなんですか? それでは、幽霊とはどうやって戦うのです?」
「幽霊に効果があるのは『光系魔法だけ』といわれてるから、戦うのは無理だね」
「それでは、出会わないように避けて通るしかないのですか?」
「幽霊がどこから現れるかもわからないから、避けるのも難しいね」
幽霊は、きっと感知魔法にも掛からないから、向こうから近付いてこられたら、避けようがないです。
「ジョディさん、幽霊対策の魔道具はないのですか?」
クラネス姫も、なかなかの無茶ブリをしますね。幽霊のせいで、試験に失格したくないから、必死になる気持ちはわかりますが。
「魔道具はないけど、対策ならあるよ。幽霊と出会っても戦わなければいいのよ」
戦わなければいい、ですって!?
「幽霊との遭遇情報はあっても、幽霊に危害を加えられた人の話は聞いたことがないから、案外大丈夫なんじゃないかな?」
そういえばベンプス先生も、そんなことを言ってましたね。これは盲点でしたよ。
「仮に襲われたら、マセルくんが何とかしてくれるよ」
「そうですね! マセルさんなら、大丈夫ですよね!」
へっ? どうして、そういう結論になるんですか?
私、幽霊の倒し方とか知りませんから…… 寧ろ前世では、『それ系』は大の苦手だったんですよ。
・・・・・・
ビクビクしながらの第3階層探索でしたが――
運良く、幽霊とは遭遇しませんでしたよ!
ジャックルとは何度か遭遇したけど、幽霊と比べたらヘッチャラです。
ジョディさんが土魔法(基礎)で作った石礫を、身体強化3倍を使った私が、ジャックルに向けて全力投球…… 正直、思ったより惨い方法でしたが、火球が通用しない敵だから仕方なかったんです。
それにしても、私の戦闘スタイルが、どんどん魔道士から外れていってる気がします……
「ここまで来るのに7時間近く掛かってるね…… 正直このペースじゃ、目的地に着くのに15時間は必要そうだよ」
ここまで、第1階層が1時間、第2階層が2時間と昼食休憩30分、第3階層が3時間強というペースです。
第4階層は『カーラの迷宮』で一番大きな階層なのと、時間的に食事休憩も必要になるので、ここで6時間近く掛かる、と予想しています。
「それでは、全然間に合いませんね……」
クラネス姫は力なく応えました。
「ここから、ペースを上げましょう」
危険度は増しますが、それしかないです。
「そうだね。それじゃあ、そろそろ『とっておき』を使おうかな」
ジョディさんは、またリュックをあさりだしました。
もう、何が出てきても驚きませんよ。どうせまた、『魔道具』という名の『地球製の武器』を出すんですよね。
きっと、そろそろ『アレ』が出てくるんだろうな……
私が想像していたのは勿論、引き金を引いたら弾が飛び出す『アレ』です。
そう!『銃』です。地球製の武器、といえばそれしかないです。
ところが、ジョディさんが手にしていた物は細長い機器。
まさか、それって……
いいえ、そんな筈ないですよね。きっと、凄い機能を秘めた武器なんですよね?
「ジョディさん。それはどういう魔道具なのですか?」
クラネス姫が期待を込めた視線で、それを見つめています。
「これはね―― なんと、どんな音でも記録できる魔道具なんだよ!」
やっぱり『ICレコーダー』ですね……
それがどうして『とっておき』なんですか!?
思い切りツッコミを入れたい気分ですが、それ以上に力が抜けてしまいました……
・・・・・・
信じられないことに、第5階層に下りる階段まで、わずか2時間で到達できました。
移動ペースを上げたこともあるけれど、それ以上にあの『ICレコーダー』のお陰でした。
「本当に凄い魔道具でしたね!」
「そうでしょ! この魔道具には『ジャイアントベア』の咆哮を記録してあるから、それを聞かせたら、この迷宮にいるどんな魔物でも一発で逃げていくんだよ」
確かに、あの凄い咆哮が録音データだと知らなかったら、私でも逃げ出します。
まさかそんな使い方を思いつくなんて、ジョディさん『天才』ですよ!
そして、ここで夕食タイム―― 出てきたのは、『インスタントカレー』でした!
残りは第5階層だけです。
もう楽勝だね!
このとき私は、『幽霊』のことを完全に頭から忘れ去っていました……