第52話 クラネス姫がやってきました
エリック皇子と別れた後、私は呆然と立ち尽くしていました。
まさか、私が今日お世話をするのが、ジャガル帝国第2皇女の『クラネス』姫だったなんて!
これはマズイですよ…… 彼女の『人間不信』の原因を作ったのは魔族の『ネメア』ですが、追い打ちをかけたのは『私達』ですから。
私の顔を見たクラネス姫の反応が怖いです。姫を騙した人間として逮捕された場合、私は牢獄入り…… それどころか、最悪死刑もあり得る!?
これは、逃げるしかないです!
私はそう結論を出したので、すぐに教室の逆方向へ歩き出そうとしましたが――
終わった…… 今日が、私の人生最後の日になるんだ……
クラネス姫が私の正面から歩いてくるのが見えました。
・・・・・・
クラネス姫は、まだ私に気付いていない。
クラネス姫の横には薄茶色のローブ姿の魔道士がいて、どうやらクラネス姫は、その魔道士と話しをされている様子で、私の方を見ていません。
私は、クラネス姫に顔を見られる前に、魔法で顔を隠すことにしました。
私が使う魔法は、ジャガル帝国から戻った後にベンプス先生に教わった風系の初級補助魔法【風幕】。
風幕は、自分の周りに空気の渦を発生させて、敵の攻撃を防いだり、敵から姿を隠したりする魔法です。
私は最近ずっと無詠唱で風幕を使う練習をしています。詠唱で発生させると、発生まで時間が掛かるし効果時間も30秒間に限られるので、無詠唱で魔力を制御して、空気の渦の長時間の維持と、部分的に発生させる練習をしていました。
昨日までは、空気の渦の発生場所の固定に手こずっていましたが、今この瞬間、私は完璧に魔力を制御することに成功し、顔の周りだけに風幕を発生させることができました!
人間、切羽詰まると実力以上の力が発揮できるんだね!
正直、顔を空気の渦で隠している人は怪しさMAXだけど、私のことがバレて死刑になるより、不審者と思われる方が遥かにマシだから、このままやり過ごします。
クラネス姫が私のすぐ側まで接近してきました。
どうか、気付かれませんように!
私の心臓の鼓動が速くなり、背中から嫌な汗が流れてきます。
クラネス姫は、一瞬私の方を見ましたが、すぐに目を反らして、そのまま無視するように私の横を通りすぎました。
良かった! バレずに済んだよ!
私は胸を撫で下ろしましたが―― 久しぶりに見たクラネス姫は、曇よりとした暗い表情で、どこか悲し気な様子でした。(注)
私達のせいで、あんな悲しそうな表情になったのかと思うと、罪悪感が……
「マセルくん。早う教室に入るんじゃよ」
すれ違うときに、クラネス姫の横にいた魔道士から声を掛けられましたが、その声は、まさか!?
ベンプス先生ですか!?
いつもの薄緑色でなく薄茶色のローブに、顔全体が大きな黒眼鏡と白髭で隠されていたので、全然気付きませんでしたよ!
「マセルくん。今日のキミは『マチェル』で儂は『ベン』じゃから、間違えんようにの」
~~~
(注)風幕は、マジックミラーのような効果があって、術者側からは相手を見ることが可能なのである。
・・・・・・
教室に入ると、ベンプス先生からクラネス姫の紹介がされました。
「彼女は、今日授業を見学するクラネスさんです。彼女は戦闘魔法の初心者なので、今日は1回生用の授業を体験してもらいます」
「あの、ベンプ…… ベン先生。今日は2回生の皆さんは、どうしたんですか?」
授業時間になっても、教室には私達3人しかいません。
「今日は2回生の3人には、自習にしてもらいました」
ベンプス先生、流石です!
ボロがでないように、人払いされたんですね。でもどうせなら、私も自習にしてほしかったです。
ベンプス先生は、完璧な変装でバレないでしょうが、私は連続で風幕を出して顔を隠しているので、魔力が尽きたり制御に失敗したらアウトです。すでに、人としては完全にアウトですけど……
「クラネスさん、初めまして。僕はマチェルといいます。今日はよろしくお願いします」
挨拶をしましたが、風幕のお陰で、声も変わって聞こえるからバレないよね?
「マチェル? いいえ、あなたはマセルさんですよね……」
クラネス姫が、私を見ながら言いました。
今「マセル」って言いましたか!?
もしかして、バレてるの!?
「マセルさん。あなたは、どうして顔を隠しているのですか? そうやって、私を騙そうと考えているのですか?」
完全に私がマセルだとバレています。もう誤魔化すのは無理です。
私は観念して魔法を解くと
「ごめんなさい、クラネス様!」
そのまま全力で土下座しました。
「それに…… 先生は『ベンプス』さんですよね?」
私だけでなく、ベンプス先生までバレていました。
あっ!?
ベンプス先生が紙を広げて魔法陣を描こうとしています! まさか、転移魔法で逃げるつもりじゃ?
ところが――
「心配しなくても、私はもう怒っておりませんから、逃げないでくださいよ」
えっ? 怒ってないんですか?
「私はここに来る前に、神官長のグレシア様ともお会いしました」
大切な来賓があれば、学院の代表者である神官長が出迎えて当然です。
ということは―― まさか神官長も逃げ出した!?
・・・・・・
クラネス姫は、少し前に神官長とお話しされたそうです。
当然ですが、クラネス姫は神官長に『あの日のこと』を問い詰め、騙したことを非難したそうです。
ところが、神官長は悪びれもせず
「1度や2度騙されたぐらいで落ち込んでいてどうするのか!
そんなことで、国民の期待に応えられるのか!
他人を見る目を養う機会を得た、と前向きに考えなさい!」
と、逆にクラネス姫を叱ったというのです……
それ、神官長の逆ギレじゃないですか?
「私はその言葉で目が覚めました。騙された自分が愚かだったのに、責任を他人に転嫁しようとしていました…… こんなことでは、私はエリック兄様やフローナ姉様をお助けすることなど、とても適いません…… 自分が恥ずかしいです」
寧ろ、子供相手にそんなキツイことを言う神官長がおかしいです。正論かもしれませんが、そんなことを言われたら普通の子供ならグレますよ。
だから、クラネス姫―― あなたは立派です!
私も見習って、打算で行動しない人になろうと努力します!
「私、決めました。この学院で、私の甘えた心を1から鍛えなおしていただこうと思います!」
ちょっと待ってください? それってもしかして
「クラネス様は、この学院の生徒になるおつもりなんですか?」
「はい。そのように決めました」
「やめた方がいいです!」
第二学院は一般家庭の子供が通う学校です。他国の、それも皇族のお姫様が通っていい所じゃありません。
寮はお世辞にも奇麗じゃないし、食事も碌な調味料がないから絶対に口に合いませんよ!
「因みにクラネス様は、第二学院への入学が決まったら『戦闘魔法技能科』に入られるおつもりですかの?」
ベンプス先生、どうしてそんなことを聞くんです?
「勿論、そのつもりです」
「ホッホッホッ、そうですか! でしたら、儂がグレシア様に頼んでみましょうかの」
そうか! もしクラネス姫が『戦闘魔法技能科』に入ったら、きっと『戦闘魔法技能科』に対する風当たりが良くなりますね!
クラネス姫の入学に反対するつもりでしたが、これは何としてでも入学していただかないといけませんね。




