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第44話 投げの極意

「それでは始めますよ。マセルくん、心の準備はいいですね?」


「お、お願いします。理沙絵師匠」


 お婆さんのことは、『理沙絵師匠』と呼ぶことになりました。

 最初の修行は、理沙絵師匠の『投げ』を受けて、その極意を体感しよう、ということになったんだけど


 うわあああぁぁぁ!?


 いったい私―― 何回回ってるの?


 理沙絵師匠の投げ技で、空中でグルグル回されている私…… 地面に落とされた後は、目が回って起き上がることも出来ません。


「あらあら…… ちょっと回しすぎたかしらね。久しぶりに人に教えるから、加減が分からなくなっちゃったわ」


 何度も何度も回されて地面に転がされましたが、残念ながら『投げ技の極意』の秘密に近付けた気は全くしません。

 寧ろ、どうやって『そんなこと』ができるのか、疑問が増えるばかり―― やっぱり『超能力』としか思えないよ……


「どうだ。少しは理沙絵の投げの技術を盗めそうか?」


 マッチョ爺さんに聞かれたけど、私は首を横に振るだけです。


「あらあら…… コツはちょっと重心をずらして、力の向きを変えるだけなのよ」


 それって、ベクトル操作ですか? やっぱり超能力じゃあないですか!?


「理沙絵のように、技で力の向きを変えるのはなかなか難しいからな。寧ろ、儂のように筋肉でベクトル操作する方法もある」


 筋肉でベクトル操作? どういうことですか?


「知りたいか? いいだろう、お前に体感させてやろう」


 大胸筋をピクピクさせながら迫ってくるマッチョ爺さん。


「いえ、結構です」


 気持ち悪いし、嫌な予感しかしないんで断りましたが


「遠慮するな」


 マッチョ爺さんは、私に向かって右腕を伸ばすと


「こう持ってだな――」


 私の頭を掴みました。


「それから、こう引っこ抜いて――」


 そして、そのまま私を持ち上げました。

 私は足をバタつかせて抵抗しましたが、マッチョ爺さんには通用せず。


「こうやって放り投げるのだ!」


 うわあああぁぁぁ!?


 上空に投げられた私は、5m上の天井がすぐ目の前に見えたのを最後に、意識が途切れました……


   ・・・・・・


「どうだ、筋肉によるベクトル操作の凄さがわかったか?」


 意識を取り戻した私に、悪びれることなくそう言ったマッチョ爺さん。


「さっきのは、只力任せに投げただけですよね……」


「その通りだ! それこそ、マッスルパワーの極意だ。因みに今の技は、ベンチプレスで2t上げられる者なら、誰でも使える簡単な技だ!」


 誰でも使える? そもそも、ベンチプレス2tが誰もできませんよ!


「理沙絵師匠と修行しますんで―― 今後、邪魔はしないでください!」


「あらあら…… マセルくん、機嫌が悪くなっちゃったわ…… でも、筋力はあった方がいいのよ」


 そうなんですか?

 でも、理沙絵師匠は筋力がありそうには見えませんが……


「これでも、私も若い頃から筋トレはずっとしていたのよ。いつもベンチプレスで150kgは上げていたわ」


 えっ!? ベンチプレス150kg!?

 私と同じ重さですよ? 信じられないよ……


「でも、無理はしたらダメよ。私はちょっと冒険して200kg上げた後で、思わず嬉くなって手を離しちゃったの」


 手を離しちゃった!? それって、凄く危険ですよ! 良い子は絶対にしちゃいけません。


「そのせいでね―― 私、バーベルの下敷きになって死んじゃったのよ。オホホホホホ―― ドジでしょ?」


 全然笑い事じゃないですよ…… それに、現役時代じゃなくて、そのお歳でベンチプレスしてたんですか!?


「わかったか! 技は筋肉に含まれるのだ! 筋肉無き者に、真の技は宿らんのだ!」


 ドヤ顔でポージングしているマッチョ爺さんを無視して、私は理沙絵師匠に尋ねました。


「じゃあ、理沙絵師匠の投げ技は、筋力が必要なんですね?」


「いいえ、私の投げ技には、筋力は殆ど必要ありません」


 あれっ? 今までの話の流れじゃ、筋力がいるんじゃないの?


「筋力が必要なのは、絞め技や間接技なの。特に絞め技は、筋力がないと簡単に外されちゃうのよ」


 絞め技や間接技のためには、今後も筋トレをした方がいいということですか。マッチョ爺さんみたいにならないように、気をつけながら筋トレします。


「いきなり投げ技の極意から始めるのはよくないわね。やっぱり最初は、基礎から始めましょうかしらね」


 そうですね。私も時間がないから、と焦っていました。いきなり『極意』は無理ですよね。最初は基礎から学んだ方が良いですね。


   ・・・・・・


「それじゃあ、まずはこの『お人形』を使って練習しましょうね」


 どこから持ってきたのか知りませんが、150cmくらいの大きさで、顔はマッチョ爺さんそっくりの、道着を着た人形が置いてあります。

 正直、かなりキモイです。


「このお人形で、投げの『型』を練習しましょう」


「理沙絵師匠。『投げ』には、どういう『型』があるんですか?」


 私も、柔道なら少しは見たことがありますが、投げ技の種類なんて全く分かりません。


「いろいろあるけれど、まずは型なんて気にせずに、マセルくんの思う通りに投げてごらんなさい」


 よーし! 相手が人形とはいえ、顔がマッチョ爺さんだから、思い切りブン投げてやるぞ!


 私は、だらんと伸びた人形の両腕を取って、力任せに振り回そうとしました。

 ところが――


「重い?」


 この人形、私が投げようとすると、腰を落として踏ん張っています。


「あらあら…… 力任せじゃ、このお人形は投げられませんよ。お人形の重さは50kgしかないけど、今みたいに重心の位置を変えるのよ」


 重心の位置を変える? どういうことですか?


「どうやらお前は、この人形を『只の人形』だと思っておるようだな」


 マッチョ爺さん、まだいたんですね。


「この人形はな、儂がコネを使って優秀な職人に造らせた特別性だ。それに理沙絵の要望に応えて、儂の魔力で人間のように反応するようにしてあるから、そう簡単には投げることはできんのだ」


 なるほど、マッチョ爺さんが作らせた人形だから、顔がマッチョ爺さんなんだね…… 道理で趣味が悪いと思ったよ。


「このお人形を投げるには、素早く重心を崩すようにしないと無理なのよ―― こんな感じに!」


 そう言うと、理沙絵師匠は一瞬で人形の懐に入り―― 次の瞬間には、人形は床に叩きつけられて、マッチョ爺さんの顔が粉々に破壊されていました。


「分かったかしら。今見せたようにすればいいのよ」


 いえ…… 速すぎて『コマ飛び』してましたから、肝心の投げた所が全然見えませんでしたよ。

 それに、人形が壊れちゃったから、投げの練習がもうできませんよ…… どうしましょう?


「心配せんでも、人形はいくらでも用意してある。それよりも、理沙絵の技が速すぎて見えなかったようだから、代わりに儂が見せてやろう!」


「いえ、結構です。それよりも、新しい人形をさっさと出してください」


 どうせマッチョ爺さんのことですから、また『マッスルパワー!』―― とか言って、力業で投げるのが落ちですから、見るだけ時間の無駄です。


「むっ!? お前、儂がやろうとしたことを察知するとは、なかなかの進歩よ!」


 やっぱりか! ホントに邪魔なだけですね。



 とりあえず私は、人形の重心を崩して投げる―― という練習をひたすら繰り返しました。


   ・・・・・・


 理沙絵師匠との修行が始まって10日――


「どりゃあああぁぁ!」


 ズゴン!


 人形の懐に入って腰に乗せるように浮かせ、人形を頭から床に叩き落しました!

 理沙絵師匠に教わった『背負い落し』です。

 マッチョ爺さんの顏にヒビが入るのを見ていると、なかなかに気分爽快!


「よくできましたね、マセルくん」


「はい! コツが掴めてきたんで、まだまだ重くても大丈夫です!」


 今私が投げた人形は、身長2m・体重200kg相当の大きさになっています。でも、今の感じなら後50kg増えても問題ないですよ。


「あらあら…… じゃあ、そろそろ次の段階に移行しようかしらね」


 遂に、『投げ技の極意』の習得ですか!?

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