第43話 この人、大丈夫ですか?
「3日ぶりだな、元『早々野隆美』」
私は、またしても『オープンザマッソー』の呪文を使って、『マッチョ爺さんの部屋』にやってきました。
「あの…… ドラゴンさんは、どうなさったんですか?」
ドラゴンさんの姿が見えないのは、ある意味ホッとしますが、今はそんなことを言っている場合ではないんです。
藁にもすがる状況なんで、ドラゴンさんに修行をつけてもらわないといけません。
「ドラゴンなら、もうここにはおらん」
一足遅かったか…… ドラゴンさんも、ジョージさんのときみたいに、転生されたんですね。
「ドラゴンなら、地獄に堕ちたぞ」
へっ!? 地獄に堕ちた!?
「あいつは、本来は『地獄の3丁目』送りだった所を、お前の修行の手伝いをしたことに免じて『地獄の1丁目』送りで赦してやった」
ドラゴンさん―― 一体あなたは、生前どんな罪を犯していたんですか? 知りたくはないですが、何となく想像できるのが怖いです。
リアルに地獄行きの人が存在することに驚かされましたが、今はそれ処ではありませんでした!
「心配せんでも、お前の置かれた状況は理解しておる。すぐに新たなトレーナーを用意してやろう」
流石はマッチョ爺さん! 話が早くて助かります。
でも、できればドラゴンさんみたいな怖い方でなくて、ジョージさんのような優しいトレーナーをお願いしますよ……
・・・・・・
そして翌日――
「さぼらずトレーニングをしておるようだな」
ラットプルダウンのトレーニングをしていた私の前に、マッチョ爺さんが現れました。隣には、小柄で優しそうな『お婆さん』が立っています。
「今日はお前に、この女性を紹介してやろう」
まさか、このお婆さんが新しいトレーナー?
流石にそれはないですよね。
見たところ、身長は150cm以下で体重も40kgくらいしか無さそうな、どこから見ても『かよわいお婆さん』です。
この人がトレーナーと言われたら、それこそ不安しかありませんよ。
もしかしてこのお婆さん―― マッチョ爺さんの『奥さん』とか? まさか『愛人』だったりする?
「言っておくが儂には嫁も愛人もおらんぞ。彼女はれっきとしたトレーナーだ」
本当ですか? 正直、このお婆さんから格闘技術を教わるイメージが湧きませんが、大丈夫なんですか?
「フフフフ―― お前の不安な思いなど、彼女の名前を聞けばすぐに吹き飛ぶはずだ! 聞いて驚くがいい! この女性こそ―― あの【羽山理沙絵】だ!」
今回も、まるで誰もが知っている『超有名人』のように紹介されましたが、全然知らない人で反応に困ります。
「失礼ですが、羽山さんは何の格闘技をされていたんですか?」
「あらあら…… 私のこと、ご存知なかったのね。私の現役時代は今から60年以上も昔ですから、それも仕方ないですわね」
ちょっと悲しそうな顔をするお婆さん。
「まさか…… お前は元日本人でありながら、あの伝説の【鬼殺し】『羽山理沙絵』を知らんというのか!?」
だから、誰ですか!?
それにしても、『鬼殺し』って凄い異名ですが、お婆さんの見た目とのギャップが甚だしいですね。折角の新しいトレーナですが、今回は期待できないかも……
「なんだその不服そうな目は? お前、彼女の実力を疑っておるようだな」
「あらあら…… こんなお婆ちゃんに教わるのは嫌なのかしら?」
「仕方ない。こいつに理沙絵の実力を思い知らせるしかあるまい」
「あらあら…… 私、どうすればよろしいのかしら?」
「元早々野隆美。理沙絵と闘ってみろ!」
えっ? それはちょっと無謀ですよ。今の私は、パンチ力300kg・キック力1tはあるんですよ。私の攻撃がかするだけでも、お婆さんを殺しかねませんよ!
「心配せんでも、彼女は既に死んでおるから問題ない。もしお前が勝ったら、別のトレーナーを用意してやる。尤も、お前の攻撃など彼女に通用せんがな」
むっ!? そこまで言うなら受けてたちましょう!
「羽山さん。怪我させるかもしれませんが、恨まないでくださいね」
「あらあら…… では、よろしくお願いしますね」
「よし! それでは試合開始だ!」
マッチョ爺さんの合図で試合が始まりましたが、このお婆さんを攻撃するのは、やっぱり気が引けます…… でも、私もここでのんびりしているわけにはいけないから―― お婆さん、ごめんなさい!
心の中で謝罪しつつ、私はパンチを出しました。
あれっ? 何で私、天井を見てるの?
「あらあら…… もっと本気で攻撃しないと、こんな年寄りにも当たりませんよ」
はっ!? お婆さんの顔が私を覗きこんでいます。私は驚いて飛び起きました!
何が起きたのか全然わからないよ……
まさか、催眠術でも掛けられた!?
今度はもう少し慎重に行くことにします。
私は足を使ってお婆さんの左側に回り込みます。お婆さんは全く動く様子もなく無防備です。
ごめんなさい、お婆さん!
私は本気のローキックを撃ちました!
あれっ!? 私―― 浮いてる!?
「オホホホホホ!」
変な笑い声が聞こえた!? と思った次の瞬間―― 私の意識は完全に途切れてしまいました……
・・・・・・
「コラッ! さっさと目を覚まさんか!」
うわっ!? マッチョ爺さんの声に驚いて目を開けた私。
「あらあら…… 大丈夫だったかしら? ごめんなさいね、年甲斐もなくあんなことしちゃって」
そうでした! 私、お婆さんと試合していたんだ。
「もうわかってるだろうが、試合はお前の完敗だ!」
結果はわかりますが、何が起きて私が負けたのか全然理解できません……
「お前が理沙絵に勝とうなど、100年早いわ! お前は彼女に瞬殺されたのだ!」
「あの…… もしかして、羽山さんは『超能力者』なんですか?」
そうとしか思えません。超能力でやられたのなら、辛うじて理解できます。
「お前、バカか? 理沙絵はな『投げ・間接・締め』技を極めた天才【柔術家】だ。特に投げ技は、あまりの早さから『ステルス』とまで言われたのだ」
お婆さん、凄い方だったんですね。知らなかったとはいえ、大層ご無礼をはたらいてしまいました……
「どうだ。まだ理沙絵のトレーニングを受けたくないのか?」
「羽山さん、済みませんでした。私を鍛えてください、お願いします」
私は土下座して頼みました。
「あらあら…… 頭を上げてちょうだい。一緒に頑張りましょうね。えっと、あなたのお名前は?」
「マセルです!」
「マセルくん、修行は厳しくいきますよ。そして、出来る限りの『投げ技の極意』を授けましょう」
「期待するがいい。理沙絵の投げ技は『走ってきた自動車を投げ飛ばした』という逸話を持つ程だ」
流石にその逸話は無理がありますよ。マッチョ爺さん、話を盛りすぎです。
「あらあら…… 昔の話ですわ。それから、投げたのはトラックでしたわ」
嘘でしょ……
やっぱりお婆さん―― 絶対に『超能力者』でしょ!?




