第38話 護衛を請け負いました
「分かりました…… それでは、あなた方を優秀な冒険者と見込んで、お話し致します」
紳士の名前は【カルトロ】さん。この人が仕えている主人というのが、まだ10歳の少女だそうです。
しかも、私達に依頼する目的というのが――
「それで、お嬢様を『洗礼の迷宮』の最奥にある【洗礼の間】まで、連れていっていただきたいのです! 勿論、十分な報酬をご用意致しますので、どうかお嬢様にお力をお貸しください」
偶然にしては、ちょっと出来すぎな気がして怪しいです。カルトロさんの話には、どうも腑に落ちない部分がありますし。
神官長もそう感じているみたいですね。
「ひとつ質問してもよろしいですか?」
「は、はい」
「その『お嬢様』に、どうして護衛を付けていないのですか?『洗礼の迷宮』に行くつもりなら、相応の護衛を連れていくのが当然ではありませんか?」
神官長の言うとおりです。護衛もなしで、危険な迷宮に行くなんて、どう考えてもおかしいです。いいえ、普通に旅行だとしても、『護衛なし』は変です。実際魔物に襲われて、私達がいなかったら危ないところだった訳だし。
「そ、それは……」
カルトロさんは苦渋の表情を浮かべています。何か、話しにくい事情でもあるのかな?
「私から説明いたします」
馬車から人が降りてきました。
それは、金髪の可憐な少女―― 年齢以上に大人びて見えるのは、その強い意志を感じさせる目のせいかも?
正に『気高きオーラを纏ったお姫様』という感じですよ。
「姫様!? まだ出ていらっしゃっては……」
「爺、心配いりません。自分のことは自分で説明致します」
カルトロさんは驚いた声を上げましたが、少女がその言葉を遮りました。
随分としっかりした少女のようです。
彼女の名前は【クラネス・ド・ジャガルート】―― ジャガル帝国第2皇女。
驚くことに、本物の『お姫様』でした。
じゃあ、どうしてそんな高貴な方に護衛が付いていないの? って不思議に思いますよね。
何でも昨日帝都で、皇帝の従弟にあたる人物がクーデターを起こしたため、帝都は大混乱になっているのだそうです。
クラネス姫は、帝都から離れた町の学校で寮生活をしていたけれど、その報せを受けてすぐに寮を出たために、今の彼女には護衛がいないのだそうです。
それなら『洗礼の迷宮』には、何のために行くの? と疑問に感じますが、その理由は――『洗礼の間』には、皇族にとって重要な物が納められていて、敵よりも先にそれを確保する必要があるのだとか。
「それなら姫様でなく、他の人に任せれば良いのではありませんか?」
そうですよ。態々姫様が危険を冒す必要はないですよね。
「皇帝陛下の血を引いた者がいなくては、『洗礼の間』に入ることができないのです」
それなら姫様が行く理由は分かりますが、それでも『護衛なし』というのが引っ掛かります。迷宮には魔物がいる筈だし、『洗礼の間』まで辿り着けなかったら意味がありませんよね。
「途中【カーロール】の町に寄って、冒険者を雇うつもりだったのです。『カーロール』には、腕の立つ冒険者が大勢いると聞いていましたから」
「そうでしたか…… 分かりました。そういうことなら、私達が皇女殿下の護衛を引き受けましょう」
神官長は、クラネス姫の護衛を請け負いました。
私達の目的とも合致しますし、何といっても『姫様の護衛』ですから、怪しまれなくて済みます。一石二鳥ですね。
「では、出発前の景気付けに、朝食にしましょう」
姫様達も交えて、ブラストバイソンの肉を食べました。
焼いた肉は、見た目からステーキみたいで美味しそうでしたが、本当に見た目通りの美味しさで、皆大満足でした。
◇ ◇ ◇
クラネス姫の一行は、執事のカルトロさんと、クラネス姫の身の回りの世話をする13歳の少女【マーベラ】さん。
そしてもう1人は、クラネス姫達の乗る馬車の御者を務めていた【ネメア】さん。
ネメアさんは、クラネス姫のお姉さんである第1皇女の【フローナ】姫に仕えている17歳の女性です。
ネメアさんは、クラネス姫にクーデターのことを報せるために、帝都から転移魔法でクラネス姫のいる学院に送られ、フローナ姫からの手紙をクラネス姫に渡したそうです。
「ネメアは、お姉様の従者になってまだ1月足らずですが、お姉様は歳の近いネメアのことを大層気に入っておられました。それで、ネメアを帝都から逃がすと同時に、私に手紙を届ける役目を与えたのでしょう」
クラネス姫はネメアさんとは顔見知りだったので、彼女の報せをすぐに信じることができたようです。
「お姉様の手紙には、急いで『洗礼の迷宮』へ行って【神器】の確保をするように、と書かれておりました」
『洗礼の迷宮』の転移紋は皇帝以外知らないそうで、クーデターを起こした従弟も『洗礼の迷宮』にすぐに行くことは無理ということでした。
皇帝はクーデターを治めるまで帝都を離れるわけにもいかず、『洗礼の迷宮』に近い場所にいたクラネス姫に、大事な役目を託したということのようです。
それにしても、10歳の少女にそんな危険な役目を託すなんて、相当切羽詰まっているみたいです。
「カーロールの町に寄って冒険者を探していたら、丸1日潰れていた筈です。あなた方にここでお会いできたのは、きっと神のお導きです」
クラネス姫はそう言って、感謝の祈りを捧げています。
神官長は私達に告げました。
「これは、私達にとっても『神のお導き』です。昼までに『洗礼の迷宮』に着けるように急ぎましょう」
私達は『洗礼の迷宮』に向けて出発しました。
◇ ◇ ◇
予定通り昼前に『洗礼の迷宮』に到着。
ここも、森に囲まれた静かな場所です。
「この辺りには誰もおらんようですの」
ベンプス先生が、魔法で森全体を探索しましたが、まだクーデターを起こした連中の手は、ここまで伸びていないようです。
迷宮に入るのは、私達5人とクラネス姫。後の3人は、馬車で待機することになりました。
「姫様、どうかお気を付けて。皆様、姫様のこと、くれぐれもお願い致します」
「爺、私は大丈夫です。それよりも、爺達こそ気を付けてください。敵がいつここへやって来るか分かりません」
「それこそ問題ありません。帝都からここまで来るには、どんなに早くとも4日は掛かる筈です。私共は、姫様のお戻りをここでお待ちしております」
「姫様、お気を付けて」
「クラネス様。こちらのことは、お任せください」
私達は、カルトロさん達に見送られながら、迷宮の中に入っていきました。
・・・・・・
「うわぁ! まるでお外みたいに明るくなりましたね!」
クラネス姫は、神官長の『ライト』の魔法に大喜びです。
暗闇の中を進むのは不安ですもんね!
この明るさなら、歩くのもそうですが、心理的にも楽になります。
隊列は、ゴランド先生・マチルダ先生・神官長・クラネス姫・私・ベンプス先生の順です。
「姫様、疲れたら仰ってください」
私は、前を歩くクラネス姫に声を掛けました。
「ありがとうございます。でも心配いりません。私のことは気にせず、進んでください」
まだ迷宮に入って15分程。それでも、10歳の少女が神官長達に付いていくのは大変です。
姫様の衣装は学生服のようですが、第二学院の制服とは比べ物にならないほど高級なのが分かります。綺麗な靴が泥だらけになっているのを見るのは、忍びないです。
「きゃっ!?」
姫様が驚きの声を上げました。
「失礼致します。僕が姫様をおんぶしますので、しっかり掴まっていてください」
私は姫様をおんぶしました。
「だ、大丈夫ですから、下ろしてください!」
姫様は足をバタバタさせて抵抗しますが、私は下ろす気はありません。
姫様は気付いてないけど、皆さん姫様を気遣って、大分ペースを落として歩いてるから、このままでは『洗礼の間』までどれくらい掛かるか分かりません。
「姫様は、マセルに掴まっていてください。マセル、ペースを上げますが大丈夫ですね?」
「はい。神官長様、お任せください!」
「ゴランド先生、ペースを上げてください」
神官長の言葉に、皆の歩くペースが上がりました。
クラネス姫も状況を把握したのか、暴れるのを止めて、私の背中にギュッと掴まりました。




