第37話 ジャガル帝国潜入
マセル達の目の前にそびえる高い壁は、ジャガル帝国の北部を守護する砦の城壁。
『魔の森』の魔物の侵入を防ぐために造られた、東西に延びる全長10kmにも及ぶ城壁である。
砦には常時警備に当たる衛兵が存在するが、長年に亘り壁を越えて侵入を許すことなど一度もなかった為、衛兵達は油断しきっており、警備はすっかり手抜きになっていた。
特に、夜中に『魔の森』を通って『北砦』まで来るような、命知らずがいる筈がない―― という思い込みが、衛兵達の油断に拍車を掛けていたのは間違いない。
◇ ◇ ◇
ベンプス先生は、壁に手を触れては
「ここはダメじゃのう」
独り言を呟きながら、移動しては同じことを繰り返しています。
「ベンプス先生は何をされているんですか?」
私の疑問に神官長が答えてくれました。
「ああやって壁に触れることで、穴を空ける場所を探しているのですよ」
壁に穴を空けて侵入するんですか?
思ったより力業な手段を使うんですね。
「この壁は、厚さが8mもあるのです。しかも強固な石造りで簡単に穴の空く代物ではありません。穴を空ける場所は、慎重に探さないといけないのです」
なるほど! それで、あんなに歩き回って調べてるんですか。こんな丈夫そうな壁に穴を空けるベンプス先生は、やっぱり凄い魔道士なんですね!
「ホッホッホッ、ここなら何とかなりそうですぞ。皆さん、こっちへ来てくだされ」
とうとう『いい場所』を発見したみたいです。私達はベンプス先生の側まで移動しました。
ベンプス先生が呪文を唱え出します!
どうやって穴を空けるんだろ? 期待いっぱいで見ていると
いきなり、足元の地面が盛り上ってきましたよ!?
私達は盛り上がった地面に押し上げられて、一気に壁の上まで到達。
「穴を空けるんじゃなかったんですね……」
「ホッホッホッ。穴を空けるのは大変だし、穴が空いとったら侵入したことがバレてしまうじゃろ」
そりゃそうですね。隠密行動してるのに、ばれたら元も子もないですもんね。
「そうですよ、マセル。壁に穴を空けるより、この方が確実です」
神官長は、さっき言ってたことを『無かったこと』にするようです。
「この場所は近くに見張りもおらんし、すぐそこに大きな木が見えるじゃろ。急いであの木に飛び移って、ジャガル帝国領に入りますぞ」
ベンプス先生が最初にその木に飛び移ると、他の方々もすぐに後に続きました。
木まで5m以上は離れているんですが……
この高さから落ちたら、絶対に助かりませんよ。それなのに皆さん、よく平気で飛べますね。それも、8歳の子供を置き去りにしたままで…… 私、8歳に見えないから仕方ないですけど、複雑……
遠くの方に灯りが見えます。私達のことに気付いていないようですが、見張りがゆっくりと近付いてきています。
ここでボヤボヤしていて、見つかる訳にはいきません。
「マッスルブースト2倍」
私は身体強化を発動させて、木に飛び移りました。
◇ ◇ ◇
空が明るくなってきました。
私達は壁を越えた後、夜が明ける前に砦からできるだけ離れるように移動しました。そして、今私達は森の中に潜んでいます。
ここまでは、誰にも見つからずに潜入できたけど、問題はこれから。
聖職者のような衣装に長い杖を持った神官長は言うまでもなく、魔道士衣装のベンプス先生、槍を持ったゴランド先生、両手に鞭のマチルダ先生も、その辺の一般市民には見えませんよね。
如何にも『ベテラン冒険者パーティー』という雰囲気で、目立つこと間違いなし。
『洗礼の迷宮』は、私達がいる場所から南東に約50km離れた位置にあるそうです。できる限り、誰にも見つからないようにするには、昼間は森で待機して、夜になってから移動するのがセオリーですよね。
それなのに
「さあ、日も上ったことですし、『洗礼の迷宮』目指して出発しますよ」
「あの…… 日中の移動は目立つと思うんですが?」
私は思い切って神官長に尋ねてみました。
「大丈夫です。見つからないようにすればいいだけです」
見つからないようにする?
もしかして【隠蔽魔法】があるんですね!
隠蔽魔法―― 確かラノベでは、『敵に気付かれなくする』ためのお馴染みの魔法ですよね!
「もし見つかった場合は、最悪『始末』してしまえばいいでしょう」
『始末』ですって!? ちょっと待ってくださいよ!
「し、神官長様…… 始末ということは、見つかったら相手と戦う―― そういうことでしょうか?」
「そうです。基本は戦闘を避けて逃げるつもりですが、最悪の場合は全力で戦うことになるでしょう」
魔物相手ならまだしも、人間相手に殺し合うのは、私には絶対に無理です。
尤も、私が戦う前に、神官長達が相手を全滅させてしまいそうな気がしますが…… 敵が、私達を見つけないことを祈るばかりです。
・・・・・・
私達が草原を進んでいると、マチルダ先生が遠くの方を指差しました。
「あそこにいるのは【ブラストバイソン】の群れでしょうか?」
「そのようです。何かを追いかけているようですね」
「追われているのは、馬車のようです」
「ホッホッホッ、馬車が向きを変えましたぞ。こっちへ逃げて来そうですぞ」
えーっと…… どこに『そんなもの』が見えるんですか? 私には何も見えないんですが、この人達の視力はどうなってるの?
「あの…… その『ブラストバイソン』から、私達は逃げなくてもいいんですか?」
「逃げる? ブラストバイソンの肉は、結構な美味なんですよ」
どうやら、朝食の食材が決まったようです。
暫くして、漸く私の目にも土煙が見えてきました。1台の馬車が、大きな角を生やした巨大な牛の群れに追われていました。魔物は10頭程いるようです。
「さあ、狩りの時間です!」
神官長の言葉と同時に、ゴランド先生とマチルダ先生がブラストバイソンの群れに向かって走り出しました。ベンプス先生は、追われていた馬車の後ろに『土壁』を出して、魔物の追撃を邪魔したようです。
ブラストバイソンが、私達に気付きましたよ。
ゴランド先生とマチルダ先生に、1頭が向かってきました―― が、
「フン!」「ハッ!」
2人の攻撃の前に、一瞬で倒されてしまいました。
5mはある巨体が、すれ違い様に槍に何度も貫かれ、鞭の攻撃で立派な角が叩き折られています…… ちょっと可哀相。
残りのブラストバイソンの目が、怒りで真っ赤に燃えています。今にも突っ込んで来そう!?
そう思ったけど、突然魔物は回れ右して逃げていきました。
神官長が、ゴランド先生とマチルダ先生の前に立っていました。
神官長の『ニコニコした目』に恐れをなして、逃げていったみたい。なかなか賢明な判断です。
「さあ、食料も手に入りましたし、ここで朝食にしましょう」
神官長が懐から包丁を取り出して、ブラストバイソンを捌きだしたその時
「お助けいただき、真にありがとうございました」
馬車から降りてきたのは、ロマンスグレーの紳士でした。お礼を言いながら近付いてきます。
これって、私達は『敵に見つかった』ことになるの? 私の胸が、緊張でドキドキしてきました。
「助けていただいたばかりでありながら、真に図々しいことですが、どうか私共にお力をお貸しいただけませんでしょうか!?」
紳士は突然、地面に方膝をついて頭を下げました。
「どうやらその馬車―― 身分の高いお方がお乗りのようですの」
ベンプス先生が、紳士に向かって声を掛けました。
紳士は、ハッとした目でベンプス先生の方を向きます。図星のようです。
「訳ありのようですね。お力になれるかは分かりませんが、お話を伺いましょう」
血塗れの包丁を握りながら答える神官長…… 軽くスプラッターですよ。




