第36話 病気じゃありません!
今私達は、夜の森の中を進んでいます――
私、王都に戻れる筈だったのに、何故かジャガル帝国へ向かう、危険な道中に同行する羽目になってしまいました……
どうして? どうしてこうなってしまったの?
それは神官長の一言から始まりました。
あの時『封印の間』で、神官長が私をジーッと見つめながら放った一言―― それは
「マセル…… あなた、また大きくなっていませんか?」
そうです…… 神官長は、私の身体がまた成長していることに、気付いてしまったのです!
マッチョ爺さんの所から戻る前に身体測定をしたら、身長164cm・体重62kgでしたからね…… どう見ても8歳の子供の体格じゃないです。神官長やベンプス先生より大きいですもの、気付かれて当然だよね……
何故私の身体がこんなに大きくなってしまったのか?
それは『マッチョメーカー28号』を飲み続けたせいだったんです!
『マッチョメーカー28号』の効果―― 私は『お腹がいっぱいになって、疲れが吹き飛ぶ』ものだと思っていたのに、それは単なる『おまけ』であって、『身体の急成長』こそが本当の効果でした!
更に『マッチョメーカー28号』には、恐ろしい副作用まであったんです!
ほんの1週間前の私は『身長128cm・体重29kg』の一般的な子供の体格でした。
それが、他人に指摘されるまで自分の身体の変化を特におかしいと思っていなかった―― それこそが『マッチョメーカー28』の副作用―― 飲むと気分がハイになって『筋肉の成長を喜ぶ』というものでした。
副作用の影響で、私は身体の変化を気にせず、マッチョ爺さんに勧められるままに、『マッチョメーカー28号』を飲み続けていたんです……
私は、聖水を飲んでも身体に変化がなかった―― 呪いじゃないから当然ですよ。
ところが、神官長とベンプス先生は、
呪いでないのなら、きっと『病気』に違いない!
そのように結論付けたのでした。
私は必死に訴えました!
「これは病気じゃないです! だいたい『身体が急に大きくなる』病気なんて、聞いたことがないですよね!?」
それなのに――
「いやいや、儂らが知らんかっただけで、そのような奇病が存在するのやも知れん。事実マセルくんの変化は、病気以外に説明がつかんからのう」
「マセル、心配いりませんよ。『洗礼の迷宮』には『どんな病にも効く』といわれる【霊水】が湧いているのです。あなたの病気も霊水を飲めば、たちどころに治る筈です」
私の訴えは否定され、同行することが決定したのでした……
◇ ◇ ◇
『洗礼の迷宮』にも転移魔法で簡単に行けるものだと思っていたら、転移魔法は使えないということでした。
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転移魔法は誰でも使えるものではなく、国王の許可を得た人だけが使用を許されている魔法である。
転移魔法で移動可能なのは、【転移紋】という紋章が刻まれている場所だけで、転移紋の形は場所によって違っている。
転移魔法は、移動先の転移紋を描くことで発動させる魔法であるため、転移紋の形を知らない場所には移動できない。
転移紋の設置場所と形状の情報は、最重要国家機密となっている。他国に知られると、国家の一大事となるため、どの国でも全ての転移紋の管理は、国王自らが行うのが常識で、更に、転移紋の形を一定期間毎に変更することで、万全のセキュリティが敷かれているのだった。
因みに、ベンプス先生はレムス国王から、5つの場所の転移紋の使用を許可されているのだ。
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そういうことで、ジャガル帝国にある転移紋の情報を知ることは不可能なので、自力で『洗礼の迷宮』まで移動するしかないのでした。
徒歩で移動するのは分かりますが、それにしても
「こんな夜中に、森の中を移動するのは危険じゃないんですか?」
私達は、神官長を先頭に、ゴランド先生・マチルダ先生・私・ベンプス先生の順に隊列を組んで、暗闇と言える森の中を進んでいます。
私の疑問に、ベンプス先生が答えてくれました。
「ジャガル帝国に入るには、この時間が最適なんじゃよ。
まさか夜中に、危険な【魔の森】を抜けてくる者がおるとは誰も思わんからのう―― この時間なら、警備も手薄な筈じゃよ」
魔の森!?
この森って、そんな不穏な名前が付いた場所なんですか!?
確か私の実家は、この森のすぐ側にありますよ……
『魔の森』の奥には『ジャイアントベア』や『キラータイガー』など、危険過ぎるために【魔獣】と呼ばれている魔物が生息しているのだとか。
それに、時々【ドラゴン】なんかも飛んでいたりするそうです……
ドラゴン!?
名前を聞くだけで『あの人の顔を思い出して』震えてきますよ……
貧乏とはいえ、よくそんな危険な森の近くに家を建てましたね! 平気であそこに住んでいられる両親が信じられないよ。
貧乏って怖い…… マリンの為にも、絶対にお金を稼いで、一刻も早くあそこから引っ越さないといけないわ!
私は激しく心に誓いました。
森の中にいる魔物を刺激しないために、明かりなしでの移動です。
真っ暗な森の中では、時折恐ろしげな動物の、けたたましい鳴き声が聞こえてきます……
神官長は、よくこんな前の見えない中を走れますよね。私は何も考えずに、必死にマチルダ先生の背中を追いかけているだけです。
「マセルくん。確かキミは、この前の体力テストで『ワースト8位』だったのですよね?」
声を掛けてきたのは、私の前を行くマチルダ先生。
「ええ、そうです」
「信じられません。私達と一緒に、この速さで移動できる生徒など、『魔法戦闘武術科』の生徒の中にも殆どいませんよ」
そうなんですか?
これは、マッチョ爺さん達に鍛えられて体力がアップしたのと、下半身強化のお陰なのかな?
「マセルくん、あなたの病気―― 私の生徒達にもうつしてもらえないかしら?」
ええっ!?
マチルダ先生、何を言い出すんです?
「マセルくんは、その病気の影響で体力が上がったんでしょ? だったら、他の子達も上がる筈です。病気を治すのは待ってもらうように、私から神官長に頼むので、マセルくんも協力してくださいね」
マチルダ先生…… 強くて優しい先生だと思ってましたが、かなり『マッド』な思考の持主だったんですね……
・・・・・・
遠くに、高い壁が見えてきました。
「あの壁を越えると、ジャガル帝国です」
森を抜けるのに約3時間――
20km以上の暗闇を、これだけの時間で走破できたのは、凄いんじゃないですか?
魔物がいつ襲ってくるのか、と怖がっていたのが嘘のように、何もなかったですね。
「魔物と遭遇しなくて、良かったですね!」
私が無事に『魔の森』を抜けたことを喜んでいると
「何を言ってるんだい? 何度も魔物の襲撃があっただろ?」
えっ!? いつ魔物が襲ってきてたの?
「全て神官長様が瞬殺されたから、私達は何もせずに済みましたけどね」
まさか…… 時々聞こえた動物の鳴き声―― あれって、神官長に倒された魔物の悲鳴だったの!?
「キラータイガーが襲ってきた時は、この私も少し焦りましたが、神官長様に掛かれば他の魔物と変わりませんでしたな」
ゴランド先生は、神官長のすぐ後ろにいたので、神官長の戦う姿が見えていたんですね。
それにしても、戦慄の剣姫―― どれだけ強いんですか!?
神官長なら、魔王にも勝てるんじゃないですか? そんな気がしてきましたよ。
「ホッホッホッ。思った通り、ここの警備は手薄のようですの」
そんなことを思っていると、ベンプス先生の声がしました。
ベンプス先生は結構なお歳です。あの速さでの移動に付いてこれるのか心配でしたが、全然問題なかったようです。
「壁に『対魔法』の施しは、されておらんようですの」
「そうでしょうね。これだけの広範囲を囲う壁です。壁全体に防御紋を付けるのは無理でしょう」
「それでは早速、潜入作戦に取りかかりますかの」
そう言って、ベンプス先生は壁の側に移動していきました。
いったい何をするんです?
ちょっとワクワクしてきましたよ!




