第32話 この人、怖いです
ズン! ズン!
ゴーレムが近付いてきます……
今の私がゴーレムに勝てる可能性は、間違いなく『0』です。当然、『逃げる』以外の選択肢はないんだけど、逃げ道がどこにもありませんよ。
嫌だ…… まだ死にたくないです!
タイミング良く、神官長達が助けに来てくれる―― なんてことが、起こるはずもないし、そうなると頼れるのは――
2日前は発動しなかったけど、賭けるしかないよ!
「オープンザマッソー!」
私はサイドチェストのポーズを取りながら、呪文を叫びました!
・・・・・・
「来たか、元早々野隆美」
マッチョ爺さんが目の前に立っていました。相も変わらずのピチピチパンツ姿―― 正直、見苦しいです。
「何が『見苦しい』だ!? お前、今すぐ元の場所に戻りたいのか!?」
ヒエッ!? 滅相もございません。
「それにしても、今度はゴーレムだとはな。お前、余程運に見放されておるな」
そうだ! ここに来たら一つ確認しようと思っていたんだ。
「あの…… もしかして、『オープンザマッソー』の呪文は、私がピンチにならないと発動しないんですか?」
呪文が発動した前回と今回の共通点を考えると、発動の条件は『それ』しか考えられません。
「何を言っとる? 発動条件など、サイドチェストのポーズを取りながら、呪文を言う以外にないわ!」
「そんな筈ないです! 一昨日試したのに、発動しませんでしたよ!」
私、前回のお礼と、こんな身体にされた文句を言いに来るつもりだったのに、ここに来れなかったんですよ!
「それはな―― 1回呪文を使うと、72時間のインターバルが必要なだけだ」
72時間のインターバル?
「毎日来られても迷惑だからな。最低3日間は間を開けるように設定してあるのだ」
そうだったんだ…… 毎日お風呂だけ利用させてもらおうと考えてたのに…… 残念。
「言っておくが、風呂だけ入って帰る―― などというふざけた利用はさせんぞ!
ここに来るからには、トレーニング漬けになる覚悟をしろ!」
ぐぬぬ…… やっぱり毎回トレーニングをさせられるんだ……
尤も、今回は最初から『そのつもり』ですけど。
「あの…… ジョージさんはどうしたんですか?」
ゴーレムに勝てるように鍛えてもらうには、ジョージさんの力が必要です!
「ああ。ジョージなら昨日転生したぞ」
えっ? ジョージさん、転生したんですか?
「ジョージは、お前と違って転生特典は持っておらんから、普通に転生していったわ。ジョージの転生先は、儂にも分からん」
そうなんだ…… せめて一言だけでもお礼を言っておきたかったです。
それにしても、ジョージさんがいないとなると、困りました…… どうやってゴーレムと戦えばいいんだろ?
「ゴーレムの倒し方が知りたいのだな。教えてやろうか?」
マッチョ爺さん!? ゴーレムの倒し方を知ってるんですか!?
「勿論知っておる。お前はゴーレムの弱点は何処だと思う?」
ゴーレムの弱点―― それは頭部ですよね? 神官長が言ってましたし!
「『頭部』では正解ではない。頭部に刻まれた『魔法陣』こそがゴーレムの弱点なのだ。
その魔法陣から供給される魔力がゴーレムの動力となっておるから、魔法陣に傷を付けるだけで、ゴーレムは崩壊するのだ」
傷を付けるだけで崩壊する!? それなら、私でも何とかできそうな気がしてきました!
「それで、その魔法陣はゴーレムのどこにあるんですか?」
「それは、頭部の『どこか』だ」
どこか? って曖昧すぎじゃないですか?
「首より上にあるのは間違いないが、場所は特に決まっておらん。額かもしれんし、頭頂部かもしれんのだ」
「見ただけでは、わからないんですか?」
「隠蔽の魔法がかかっておるから、目視することは無理だな。だが、魔力の流れを感じさえすれば、場所は特定できる筈だ」
魔力の流れ―― ですか……
ゴーレムの攻撃をかわしつつ、魔力の流れを観察するしかないのか。
「魔法陣の場所が分かったら、そこに1t程の衝撃を与えれば、余裕でゴーレムを倒せるだろう」
なるほど、魔法陣に1tの衝撃を与えればいいだけか…… って、1tですって!?
「1tなど、大したことはない。
150kgのバーベルを上げられるようになれば、マッスルブースト3倍でそれくらい出せるだけのパワーが付く筈だ」
「でも、ゴーレムは3mもあるんですよ。私の攻撃が、頭部まで届きませんよ!」
「心配いらん。ちゃんとお前のために、コーチを用意しておいてやる」
コーチ? 今度は私に何をさせるつもりなんですか?
・・・・・・
それから10時間程経った頃――
「コーチを連れてきてやったぞ」
マッチョ爺さんが、スクワットを続けていた私の前に、スキンヘッドの中年男性を連れてきました。
ニコニコしていますが、その野獣のような目は、どう見ても『堅気』の人とは思えません。
「聞いて驚け! この男こそ、あの【マスタードラゴン】だ!」
誰ですか!? 全然分かりませんよ。
その異名は、なんとなく『強そう』な感じはしますけど……
「お前、元日本人のくせに『マスタードラゴン』も知らんのか? あの【空手王】とまで言われた男だぞ? 信じられん……」
ですから、私の前世は女性だから、格闘技に興味なかったんです、って!
「初めまして。私はこういう者です。以後お見知りおきを」
男性は、私に名刺を差し出してきました。
見た目と違って、ご丁寧な腰の低い方のようです。
名刺には【益田辰夫・空手家】と書かれていました。
益田=マスター、辰夫=ドラゴン……
ダジャレですか? 一気に胡散臭く感じられましたよ。
「名前は勿論本名です。『辰夫』と書いて『ドラゴン』と読みます。私のことは、『ドラゴン』とお呼びください」
まさかのキラキラネームでしたか!?
『胡散臭い』とか思って、ごめんなさい。
「私の指導を受ければ、あなたも10年で立派な『空手マスター』の仲間入りです」
また、このパターンですか? 私、空手家になりたいわけじゃないんですけど。
「あの…… ゴーレムに勝てるようになりたいんですけど……」
「ゴーレムさんですか? 外国の方ですね。その方の体型や流派は分かりますか?」
「体型は―― 身長が3mくらい、体重は不明ですが数百kgはあると思います。流派もちょっと分からないですが、攻撃はパンチが主体みたいです」
「随分と大きなお方ですね。パンチ主体ということは、ボクサー上がりの可能性が高いですね…… 大丈夫! 私の指導を受ければ、十分に勝てますよ」
何だか凄い自信ですよ。信じていいんですね?
「自分より大きな相手と戦うには、下半身への攻撃が有効です。相手がボクサーなら、下半身への攻撃に不慣れなので、特に有効です。ということで、あなたにはローキックを伝授しましょう! 1ヶ月であなたも【ローキックマスター】ですよ!」
怪しげな通販の宣伝文句みたいですが、兎に角私は、ドラゴンさんの指導を受けることになりました。
・・・・・・
空手の道着に着替えさせられ、床の上に正座する私――
「空手は『礼に始まり礼に終わる』のです。まずは神棚に向かって―― 礼!」
神棚がないので、代わりに何故か、マッチョ爺さんに向かって礼をさせられました。
その後は、空手の『基本的な構え』というものを長時間指導されました。
構え方が悪いと
「腰が入っとらん!」
バキン!
容赦のない蹴りが飛んできます。ドラゴンさんは、道着を着たら性格が変わるタイプのようです……
「おらっ! 何度言うたら分かるんじゃ! さっきから、もっと足を開いて腰を低くしろ―― って言っとるやろが!」
最初の物腰の柔らかい紳士は、どこへ行ったんですか?
まさか―― こっちが『地』じゃないですよね?
「よう見とけ! ローキックは蹴り足に体重を乗せて―― こうやって鋭く打ち下ろすんじゃい! やってみい!」
手本のようにローキックを出したつもりですが――
難しいですよ…… なかなかドラゴンさんの手本のようには蹴れません。
「ボケェ! どこ見とったんじゃい! ローキックは、こうやって、こう蹴らんかい!」
ビシッ! いきなり、私の左脚の太腿に衝撃が!?
ぐえぇぇ!? あまりの痛さに悶絶する私に対して
「何を痛がっとるんじゃ!? 軽く蹴っただけやろが! 早う立たんかい!」
この人、怖いです…… 私、ゴーレムより先に、ドラゴンさんに殺されるんじゃあ……
「ちょっと待て、ドラゴン。もう少し優しく丁寧に教えてやれ」
マッチョ爺さん―― あなたが、神様に見えますよ!
「おっと、失礼しました…… どうも私は道着を着ると興奮してしまって、『地』が出てしまうようです。以後、気を付けます」
や、やっぱり、そっちが『地』なんですね……




