第26話 ありがとう、親切なおじさん
夜が明けて朝を迎えました。
気不味い…… ラップルの町の食堂で朝食を取っているんですが、リックくんもエミリさんもディアナさんも、皆無言で、私と視線を合わせようとしてくれません……
そりゃそうですよね…… ついさっきまで自分達より小さかった少年が、いきなり大きくなったら、誰だって驚くし怪しく思って当然です。
そんなわけで、昨夜は私がマセルであることを必死で訴えたけど、なかなか信じてもらえませんでした。
火球お手玉と、計算問題の暗算を披露して、辛うじて信じてもらえましたが、まだ皆疑ってるみたいです……
「ごちそうさま……」
リックくんは1番に朝食を食べ終わると、そのまま1人で食堂を出ていこうと席を立ちました。
ううう…… 私のせいで、楽しかった旅行がこんなことになるなんて……
いいえ! これは私をこんな姿に変えたマッチョ爺さんのせいよ! 絶対に文句言ってやる!
その時、リックくんに近寄る人が。
あっ! あの紫色の髪に見覚えがあります!
昨日温泉で会った『カツラ』のおじさんだよ。今日もしっかりと紫色のカツラを被っているようですね。
おじゃさんはリックくんに話し掛けていきました。2人は暫く話していましたが、その内おじさんだけが食堂を出ていきました。
そして、リックくんは急にこちらを振り返って、今度は私達のテーブルの方に戻ってきましたよ? 忘れ物かしら?
・・・・・・
昨夜は私の可愛いペット3匹が戻ってこなかったから、ラップルの町に様子を探りに来たのだが…… どうやら3匹共、倒されてしまったようだ。
倒されたことに関しては想定の範囲内であるが、問題は―― あの『憎たらしい糞ガキ』がどうなったかだ!
ん? あそこのテーブルにいるのは、昨日あの『糞ガキ』と一緒に温泉にいた小僧だぞ。ということは、『糞ガキ』も一緒にいるかもしれない―― と思ったのだが、『糞ガキ』の姿が見えないな。
おっ!? 小僧がこっちに来たぞ。
ちょうど良い!
小僧から『糞ガキ』の情報を聞き出しておくことにするか。
「おはようさん」
「えっ?」
いきなり話しかけたために、小僧はちょっと戸惑っているようだ。
「あっ!? 昨日温泉にいたおっちゃん?」
「ああ、そうだ。どうした、少年? そんな浮かない顔をして?」
「う、うん…… ちょっと昨日の夜に、辛いことが有ったんだ……」
「辛いこと? そういう時は、誰かに話を聞いてもらうと楽になることが有るぞ。おじさんが聞いてやろう」
「う、うん…… 実は昨日の夜、魔物に襲われて……」
「魔物に襲われたのかい? それで、どうしたんだい?」
「僕の友達のマセルが……」
マセルとは、確か『糞ガキ』の名前だったな。
「マセルがどうしたんだい?」
「マセルが、変わり果てた姿になってしまったんだ……」
「変わり果てた姿に!? それで?」
「それで、もうマセルは…… マセルは元に戻らないんだ…… それが悔しくて、僕はどうして良いか分からなくって……」
そうか! 私の可愛いペット達は、あの憎き糞ガキをキッチリと始末したようだ!
もう十分だ。ここで小僧との会話を切り上げるとしよう。
「少年よ、悲しむんじゃないぞ! その友達がもう戻らないとしても、それまでの友情をいつまでも信じてあげるんだ。そして、どんなに辛くとも前を向いて、未来に向かって進むことが大事なんだ」
「友情を信じて、未来に向かって進む…… わかったよ! ありがとう、おっちゃん!」
私は小僧に背を向けて、そのまま店を後にした。
ハハハハハ! あの糞ガキは死んだ!
最高の気分だ!
その時――
《ズラーマン将軍。そろそろ会議のお時間です》
部下からの念話が聞こえてきた。
そうだった。今日は『魔王軍六将軍』による定例報告の日だったな。
面倒くさくて嫌いな時間だが、今日は気分も良いし、時間通りに出席するとしようか!
私は転移魔法で、魔王城にある会議室へと移動した。
・・・・・・
「悪かったな、マセル」
テーブルに戻ってきたリックくんは、何か吹っ切れたような清々しい表情で、私に謝りました。
「ど、どうしたんですか? リックくん?」
「僕は、マセルの姿がそんな風になってしまったことに動揺して、マセルのことを信じる気になれなかった…… でも! 姿は変わってもマセルはマセルだ!」
「リ、リックくん! それじゃあ、僕のこと信じてくれるの?」
「ああ! 僕はもうマセルを疑わない!」
私がリックくんの言葉に感動していると
「もう! 勝手に2人だけで盛り上がらないでよ!」
そうでした…… まだエミリさんとディアナさんは、私のことを信じてなかったんだ。
「分かったわ! リックがそう言うなら、私も信じるわ」
「そうだね。私もキミがマセルだと信じるよ。疑って悪かったね」
み、皆! 私のことを信じてくれてありがとう!
でも、ちょっと後ろ暗いです……
私がこんな姿になった理由を、『魔物に襲われたショックと、温泉の効果で筋肉が急成長した』って言いましたけど、完全に嘘ですから。
「でも、どうしてリックくん―― 私を信じてくれたんですか?」
「それは、昨日温泉で会ったおっちゃんのお陰だよ。あのおっちゃんの言葉で、僕はマセルを信じる気になれたんだ」
そうだったんだ! あのおじさんのお陰だったんだね!
私、あの親切なおじさんのことを、親愛の情を込めて【紫のヅラの人】と呼ぶことにします!
◇ ◇ ◇
朝食の後、私達は町の衛兵詰所に出向きました。
詰所では、昨夜の魔物のことを嫌になるほど聞き取りされて、解放されるまでに2時間も掛かりましたよ。
その代わり、魔物の討伐料として、銀貨3枚もらえたのは良かったけどね。
「もうすぐ10時だわ。早く王都に戻らないと夕飯に間に合わなくなるわよ」
「そうだね。でも困ったよ…… 私は足を怪我してるから、あんまり早く歩けそうにないよ……」
そうでした。ディアナさんは昨日の魔物との戦闘で、肩と足を怪我したんでした。
「大丈夫だ。さっきもらった銀貨で荷車を買おう。ディアナを荷車に乗せて、僕らで引っ張れば、何とかなるさ」
リックくん! ナイスアイデアだよ!
「それは悪いよ…… 私も歩くよ」
ディアナさん。そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいですよ!
「心配無用です! 荷車を手に入れたら、僕が引っ張ります! 任せてください!」
そうですよ! 今の私ならディアナさんどころか、3人乗せた荷車だって引いてみせますよ! いざとなったら身体強化も有りますから!
そして私達は、町で人が2人乗れるくらいの大きさの荷車を買いました。そして、荷車に藁を敷き詰め、それにディアナさんを乗せて、ラップルの町を出発したのでした。
今回の旅行は、ホントにいろんなことがありました。
魔物に襲われた時は、もうダメだと思いました。
マッチョ爺さんの部屋での筋トレと、ジョージさんとのボクシングのトレーニング。
そして魔物との戦闘での勝利。
苦しいことの連続でしたが、『終わり良ければ全て良し』です!
そして王立第二学院の寮まで無事に戻ってきた私達。
「僕、マセルです! 本当にマセルなんです! 信じてください!」
私は、寮の管理人のおばさんに寮の中に入れてもらえず、もう一晩野宿することになったのでした……




