第25話 さあ。戦闘開始です!
「今は温泉に入れるかどうかよりも、魔物に勝つ事の方が大事だろうが!」
マッチョ爺さんにどやされました。
そりゃそうですけど…… ムセリットに転生して以来、楽しみといったら温泉くらいしかないんですよ…… ムセリットの温泉が『刺青禁止』かどうかは知りませんが、もし禁止なら唯一の楽しみが奪われることになるんです。
「ああ、グチグチと鬱陶しい奴だ! 分かった分かった―― その魔法陣は魔法を発動していないときは、他人には見えないようにしておいてやるから、それでいいだろ!」
本当ですか!? そんなことができるなら初めからそうしてくださいよ!
「その魔法陣の使い方を教えておく。時間もないし、よく聞いておけ!
魔法を発動させるには、背中に魔力を込めるだけでいい。特に魔法陣の形を意識せずとも、勝手に魔法陣の方で魔力を吸い取ってくれるから安心しろ」
おお! それはすごく便利ですね!
「魔力を込めたら『マッスルブースト3倍』というように、『マッスルブースト+倍率』と言えばいいだけだ」
「マッスルブーストって『身体強化』のことですよね? どうして『身体強化』でなく『マッスルブースト』なんですか?」
「決まっておるだろ!『マッスルブースト』の方が『強そうでカッコいい』からだ! 言っておくが『身体強化』と言っても魔法は発動せんからな」
マッスルブーストの方がカッコいい? 寧ろ中二病的でダサいんですけど……
年寄りの感覚は古臭くていけてませんよ。
「うるさいわ! まだ説明の途中だ、黙って聞いていろ!
マッスルブーストは発動に高い魔力を必要としない代わりに、発動させている間は一定時間毎にMPが消費される魔法だ。当然倍率が高い程多くのMPが必要となる」
マッスルブーストに必要なMP――
2倍なら発動にMPが4必要で、その後も1分毎に4ずつ消費される。
3倍なら発動に8必要で1分毎に8ずつ消費、4倍なら12…… というように、倍率が増えるごとに消費するMPが4ずつ増えるそうです。
「ムセリットの人間の平均MPは130程だから、3倍なら大人の場合で15分くらいが目安だ。8歳の子供の平均MPは50程だから5分くらいが目安だな。
実際お前の場合は―― な!? 何だと!?」
うわっ!? いきなり大声出さないでくださいよ! ビックリするじゃないですか!?
「し、信じられん…… こんな数値が……」
どうしたんですか? いきなりマッチョ爺さんがブツブツ独り言を言い出しましたが…… まさか、ボケが始まったんじゃあ……
「始まるかあ! まあ、お前は時間は気にせんでいいだろう……」
「ボーイ、心配ないね! ミィとのトレーニングを思い出せば、1ラウンドでKOできるよ!」
「はい! 絶対に勝ってきます!」
「お前がここに滞在できる時間は後30分だな…… お前、随分と汗臭いから、風呂に入ってサッパリしてから戻るといいだろう」
えっ? ここって、お風呂があったんですか!?
「なんだ、知らなかったのか? トレーニングルームの隣の部屋には、バスルームが完備されておるし、ジョージは毎日風呂に入っておったぞ」
ガーン!
24時間ずっとトレーニングしていたから、この部屋から一歩も出たことがありませんでした。
ジョージさん…… どうしてお風呂のこと、教えてくれなかったんですか!? 私も毎日入りたかったです!
「ついでに服も新しいのを用意しておいてやる。流石に、その格好のまま元の場所に戻るのは不味いだろうからな」
そうでした! 私、ここに来てからすぐに服が破れたんで、トレーニングウェアを借りてたんでした。
「風呂に入るならさっさとしろよ。風呂に入ってる最中に時間切れになったら、裸のまま元の場所に戻ることになるぞ!」
私は急いでバスルームに向かいました。
・・・・・・
「お2人共、今までありがとうございました!」
「礼なら勝利を収めてからにしろ」
「大丈夫です! 絶対に魔物を倒して、ここにお礼を言いに戻ってきます!」
「ボーイ、油断は禁物よ。でも―― 自信持つこと、ボクシングで1番大事ね!」
ジョージさんは、話ながら私の両拳にバンテージを巻いてくれました。
「残り2秒だ。しっかり戦ってこい!」
マッチョ爺さんの応援の言葉を聞いてすぐ、私の視界はこの部屋に来たときと同じように眩い光に包まれました。
・・・・・・
マッチョ爺さんは、マセルを見送りながら呟いた。
それにしても驚いたわ!
あの小僧―― まさか8歳にしてMP1000を超えておるとは……
もしかすると小僧は『稀代の魔道士』になれる素質があったのかもしれんな。
『潜在魔力を人間の1万倍』とか望んだせいで、魔道士としての才能はもはや無駄になってしまったが……
否、逆に考えるのだ!
このまま順調にMPが成長すれば、マッスルブーストが使い放題だ!
それこそが小僧にとって最も望ましいことに違いないのだ!
◇ ◇ ◇
私の視界が戻ったとき―― 目の前は『あの時』のまま。
そう! 目の前には、今にも飛び掛かってきそうな2匹の魔物がいました!
グルルルル…… グゴゴゴゴ……
唸り声を上げて私を睨んでいる2匹。
グルル? グゴッ?
それが同時に首を捻って、『あれっ?』というような表情に変わりました。
すぐに戦闘になると思っていたのに、2匹の魔物は、お互いの顔を見合わせて相談しているようですよ?
何を相談してるのかはわかりませんが、2匹の注意は完全に私から外れています。
これってチャンスなんじゃ!?
先手必勝!
「マッスルブースト3倍!」
私は身体強化を発動させました!
自分でも驚く程、身体に力がみなぎってくるのが分かります。
行ける!
私は魔物に向かって一直線に走りだしました!
私から視線を外していた1匹に向かって、助走をつけて勢いを乗せた地面すれすれを這うような右アッパーカット!
ドゴーン!!
手応え有り! 魔物は弾けるように吹っ飛んでいき
ゴギャ!?
木にぶつかって小さく悲鳴を上げると、完全に動かなくなりました。
残った1匹は一瞬呆然としていましたが、すぐに私から飛び退くと戦闘態勢を取りました。
グルルルル……
威圧的な唸り声。でも―― 今の私は『そんなもの』にビビりませんよ!
左右に高速ステップしながら接近してくる魔物。
でも、今の私には『その動き』も問題なく対処可能です!
5m手前から、私に向かって飛び掛かってきた魔物に対し、私は魔物の牙が届く寸前に左のショートアッパーで、下から魔物のボディを打ち抜きました!
魔物の身体が空中で停止します。そして、動きの止まったその横っ面に向かって
ドン!
左足を踏み込み、膝・腰・肩・肘・腕と力を伝えた渾身の右フック!
ドゴーン!!
血飛沫が舞い散り、魔物の身体が錐揉み回転しながら吹っ飛んでいきました!
・・・・・・
「マセル―― どこだあぁぁ」
「マセル―― 返事してえぇぇ」
「マセル―― 助けに来たぞおぉぉ」
私が勝利の余韻に浸っていると、遠くの方から私を呼ぶ声が聞こえてきました。
「あっ! あそこに人がいるぞ!」
リックくんが私を見つけて駆け寄ってきます。
「リックくーん!」
私が大きく手を振って応えると
「あ、あの…… あなたは、どうして僕の名前を知ってるんですか?」
いきなり変な質問をされましたよ?
どうして…… って言われても、私がリックくんの名前を知ってるのは当然ですよね。
「リックくん、どうしたの? 僕だよ。マセルだよ?」
でも、リックくんの私を見る目は、明らかに不審者に対する物です。
私は、動揺しながらもリックくんの顔をじっと見つめていると…… 凄い違和感を覚えました。リックくんの顔が、私の目線よりも低い!?
まさか!? 全然気付いていませんでしたけど…… 私の身体…… 滅茶苦茶成長していたの!?
全身から冷や汗が流れてきました。
これって、どうやってごまかせばいいんですか!?




