第2話 転生で転性
オギャー! オギャー!
私は、今産まれたばかりの赤ちゃん。
私の前世は地球人『早々野隆美』だったけど、ムセリットという世界に無事に転生できました!
しかも私は、前世の記憶を持っていて、更に潜在魔力が『人間の平均の1万倍』というチートまであるから、ここでは何の苦労もなく、幸せに人生を全うできる筈なのです!
「マンソルさん! 元気な男の子ですよ!」
と思っていたのに、いきなり思いがけない事故発生……
前世が女だったから、今世も女だとばかり思っていたけど、どうやら私は男の子として生まれたようです。
「エルサ、よくやった! お前の名前はマセル―― マセルだぞ!」
ちょっと興奮気味の男性の声が聞こえた、と思ったら、私はいきなり持ち上げられたみたい。
まだ目が開けられず何も見えないから、いきなり持ち上げられるのは恐怖でしかありません。
オギャー! オギャー!
「そうか! マセル、そんなに嬉しいか!」
違います! 私は、恐怖で「やめて!」と叫んでいるんです!
「そらっ!」
今、『ふわっ』と浮きましたよ? 絶対、放り投げましたよね?
落としたらどうするんですか! 怖すぎるでしょ!
オギャー! オギャー!
私の必死の抗議の声も、全然相手に通じないよ……
「あははは! マセル、嬉しいか!? よーし! もう1回行くぞ!」
オギャー! オギャー!
・・・・・・
結局5回も放り投げられました……
恐怖と泣き疲れで放心状態の私に、更に不幸の追い打ちがやって来ました。
いきなり尿意が……
早くトイレへ!
オギャー! オギャー!
私は必死に訴えるも、もう駄目だ……
「マセルの初オシッコだ!」
「あらあら。よく出てるわね」
男性と女性の声が聞こえます。
恥ずかしさで消えてしまいたいよ……
~~~~~~
(注)
隆美は、『ふわっ』と浮いたのは放り投げられたから―― と思っていたが、実際は風魔法による『高い高い』である。
◇ ◇ ◇
私が転生した日から、3年の月日が流れました。
正直、日付の感覚がよく分からないけど、こないだ3歳の誕生日祝いをしたから、多分3年経ったんだと思います。
最初は『男の子』に生まれたことに戸惑ったけど、今では『新しい人生をやり直すには、それも良いか』と思うようになりました。元々【冒険者】に憧れてたし、それなら男性の方が何かとトラブルも少なそうだしね。
私が転生した、魔法の存在する世界『ムセリット』
私としては、ここがどういう世界なのか知りたくて仕方がないというのに、未だ私は、この世界のことをほとんど何も知らないままです。
まだ3歳の私は、1人で外出させてもらえないのは仕方ないとして、それ以外でも、全くといえるほど家の外に出たことがないから、自分の家の近所のことさえ知らないのです。
どういうわけか、私の両親は絶対に私を外に出さないようにしているみたい。もしかして、異常なほど過保護な人達なのかもしれません。
私の住む町の名前が【ハムストン】ということだけは、母が教えてくれたけど、それ以外のことは何も教えてもらえませんでした。3歳児に説明しても、分からないと思われているのかもしれないです。
この世界には、質はそれほど良くないけど『紙』が存在します。
だから、きっと本がある筈! 本があれば、自分でいろいろと調べられる! と思ったのに、家の中に本は1冊も見当たりませんでした。きっと印刷技術がないんだろうな。
そういう理由で、私が今分かっているのは、家の中のことだけです。
私の家は、父のマンソルと母のエルサと私の3人家族。
両親の年齢は不詳だけど、見た目は2人共20代前半くらいに見えます。
父のマンソルは、青髪の細マッチョで雰囲気イケメン。
父は毎朝、腰に剣を差して出掛けていきます。
私は父の職業を詳しく知らないけれど、時々夜中に武装した人達が訪れて来て、一緒に出ていくことがあるから、多分衛兵か何かだと思います。
母のエルサは、腰まで伸びた赤髪が特徴的で、贔屓目抜きでかなりの美人。私は髪の色は母と同じ赤色だけど、顔立ちは父親似でちょっとだけくやしい。
母は日中ずっと、私と一緒に家にいます。
母は火と風の魔法が使えるようです。
私は母の魔法を初めて見たとき、感動のあまり、思わず失禁してしまったよ!
そこは思い出すのを止めよう……
母が火と風以外の魔法も使えるのかは知らないけど、料理をするときは、指を鳴らすだけで竈に火を点けるし、洗濯物をといれるときは、右手を軽く振って風を起こして、家の中まで飛ばしています。私が家から出ようとしたときも、同じように風を起こして家の中へ戻されるんだ……
兎に角、母の魔法を使う姿がカッコ良くって、憧れる!
私も早く魔法を使いたいよ!
・・・・・・
ムセリットの文明レベルは、家の中にある日常品を見渡す限り、地球の中世頃くらいだろうか。
つまり、前世の記憶を持った私にとって、ここでの生活は苦痛でしかありません!
生活レベルが前世と違いすぎる!
まあ、当然なんだけどね……
トイレは汲み取り式で、トイレットペーパーは置いていない。
食事の味付けは塩だけ。
身体を洗うのは3日に1度で、しかもお湯で拭くだけで、石鹸もシャンプーもない。
他にも、不満を数えだしたらキリがない。
前世の快適な生活を覚えているだけに、今の生活にストレスを感じて仕方がありません。
前世の記憶があれば『知識無双ができる』と思っていたけど、今の所、前世の記憶が役に立ったことは皆無…… 寧ろ、足を引っ張られています。
そもそも、ここで前世の知識が役に立つのだろうか?
前世では、何でもかんでも物が簡単に手に入ったけど、ここで同じ物を手に入れることは、まず不可能だと思う。
自分で作るにしても、原料レベルから手に入るかどうかも怪しいし、そもそも、私の知識だけで作れる物が殆どなかったです。
前世で石鹸を作ったことがあるけど、植物オイルがこの世界で簡単に手に入るとは思えないし、製作の為の道具1つ手に入れるのも難しそうです。
あのときマッチョ爺さんが、記憶を持ったままの転生を「お勧めしない」と言った理由が、今頃理解できました。
前世の記憶がなければ、今の生活に不満を覚えることもなかっただろうな。
はあぁぁぁ……
いつになったら、ここでの生活に慣れることができるのかしら?
◇ ◇ ◇
更に月日は流れて――
私はこれまで、自分が転生者であることを誰にも怪しまれずに、何の問題もなく生活しているつもりだったけど、いきなり問題が浮上しました。
私は父と母の会話を聞いてしまったのです。
「なあ、エルサ……」
「何かしら? マンソル?」
「マセルのことなんだが…… ちょっと気になっているんだ」
父が私のことを気にしている?
まさか、私が転生者であることがバレたんじゃあ!?
「マセルの何が気になるの?」
「ああ…… マセルの言葉遣いが、ちょっと気になっているんだ」
はっ!? 私は身体は3歳児だけど、頭の中は16歳の女子高生。
私は普通に話しているつもりだったけど、話し方がしっかりし過ぎていて、父は違和感を覚えたのかもしれないわ。
「マセルも後数ヵ月で4歳だろ。来年から町の『学び舎』へ通うことになるから、心配なんだよ」
やっぱり! 他の3歳児と違って、話し方が大人びているから、きっと父に変に思われたんだ!
「マセルは自分のことを『私』と言うだろ。男の子は『僕』と言うのが普通だから、言葉遣いで苛められないか心配なんだよ」
「そういえばそうね。それに、仕草もちょっと女の子っぽいところがあるわね」
確かに私、一人称は『私』を使っていました。
それに、長年染みついた女子としての経験のせいで、仕草が女性ぽくなっていたなんて!?
全然気にしてなかったよ……
言葉遣いと仕草か……
これは早急に対策しないといけないわ。