第18話 旅行に行きましょう
王都から東へ、さほど遠くない場所にある温泉町【ラップル】
王立第二学院の休日は、一月に3日しかないけど、必ず3連休になっています。
温泉の存在を知った私は、居ても立っても居られず、私はリックくん達と一緒に、入学してから初めての休日に「ラップルへの旅行」を計画したのでした。
このムセリットでは、王侯貴族以外は風呂に縁がなくて、水浴びをするか3日に1度お湯で身体を拭くことしか、身体を清める手段がないのです。
しかし! 唯一の例外―― それが温泉!
近場とはいえ旅費が心配だったけど、早朝から歩いて出発し、現地では野宿することで、入浴料以外は殆ど『お金が掛からない』計画なんだよ!
貧乏旅行―― バンザイ!
シンディさん達も誘ったんだけど、休日の計画があるようで、今回はご一緒できませんでした。
◇ ◇ ◇
旅行当日――
まだ薄暗い日の出前から、王都の東門前で開門を待っていた私達4人。
普段はまだ寝ている時間だけど、昨日は寮で夕食を取った後すぐに寝たから、睡眠はバッチリです!
だんだんと空が明るくなってきました!
日の出と同時に門がゆっくりと開いていく。
「よーし! ラップル目指して出発だ!」
「おーっ! 張り切って行くわよ!」
リックくんの掛け声に合わせて、皆気合いを入れます。
「温泉、楽しみですね!」
「そうね! 温泉に浸かりながら見る月は、最高に綺麗なのよね」
「月見もいいけど、やっぱり温泉と言えば『温泉タマゴ』だよ! ああ―― 2年振りにアレを味わえると思うと待ちきれないよ!」
私も前世以来の温泉が待ちきれないよ!
私達は希望に満ち溢れて、ラップルの町を目指して王都を出発したのでした!
◇ ◇ ◇
早朝6時前に王都を出発して、今はお日様が真上近くまで上っています。
王都からラップルまでは、わずか30km程度―― 余裕余裕!
なんてことには、絶対にならないと分かっていたんで、私はこの日の為に『歩行用ストック』―― 所謂『杖』を2本用意しておいたのです!
「よーし。この辺りで昼食にしようか!」
「賛成!」
「お弁当だ!」
「ぜぇぜぇぜぇ……」
皆さん、元気いっぱいですね…… 私なんて、杖まで用意したというのに、くたくたで声も出ませんけど……
所詮は体力テスト『学院ワースト8位』ですよ…… もっと体力付けないと、貧乏旅行もままならないよ。
ラップルまではまだ10km近くも残っているので、この休憩で少しでも体力を戻しておかないといけないから、私が息も絶え絶えに弁当を食べていると
「そういえば、最近王都の周辺で『魔物が出る』って噂があるんだけど、知ってるか?」
「その噂なら私も聞いたわ。なんでもカーラの森で『マッドチワワ』が出たそうよ」
「私が聞いたのは、ユグリス平原で『ブラッディシーズー』が出たって噂話だったよ」
「他にも『バイオレンステリア』なんかの目撃情報もあるみたいだぞ」
前世でお馴染みの可愛い小型犬に、ことごとく怖そうな修飾詞が付いてるんですが、ムセリットの犬って魔物しかいないの? 犬好きな私には複雑だよ……
それは兎も角、旅行中に魔物には出会いたくないよ……
マッドチワワの恐ろしさを身を持って体験している私は、本気で心配してたのに
「でも、王都の東側では魔物の目撃情報はないから、心配する必要はないよ!」
「ああ! 全然問題ないさ!」
「そうそう! 心配無用だよ!」
どうして? どうして皆さんは、そうやって全力でフラグを立てるんですか?
こんなの、もう絶対に魔物と遭遇するに決定じゃないですか!
◇ ◇ ◇
『もうすぐラップル』という看板が見えます。
私はフラグにドキドキしっぱなしだったけど、ここまで魔物に遭遇することなく来れました。
よくよく考えたら、8歳~10歳の子供だけで遠出しているわけですから、魔物抜きでも普通に危険だらけな旅行です。最後まで油断せずに慎重に行動しないと!
「よーし! もうすぐだぞ!」
「温泉が待ってるわ!」
「温泉タマゴ! もうすぐだよ!」
「ぜぇぜぇぜぇ……」
私以外は皆、変わらず元気ですね……
「ラップルに行くには、右に見える林道を抜けるか、迂回する道があるけど」
ここにきて、嫌な予感が……
「当然、林道! こっちなら1kmもない筈よ」
「絶対林道!」
「マセルも林道で良いよな?」
勿論反対する気だったのに
「ぜぇぜぇぜぇ……」
まともに声が出せず
「よーし! 全員一致で林道に決定!」
「おーっ!」
3人共、林道に向かって進んでいっちゃいました……
・・・・・・
林道の中は、思った以上に薄暗い……
それに、木々のザワザワと揺らめいている音が不気味だよ……
私がビクビクしているのを余所に、3人は無邪気に楽しそうに進んでいきます。
「この林道って、よく『熊』が出るんだよ!」
く、熊!? それって超危険じゃないですか!?
エミリさん! なんでそれを知っていながら林道に入ったんですか!?
「ホントに!? 熊、出ないかなぁ?」
本当ですよ! 熊が出たらどうするんですか!?
「そうだよな! 熊―― 見てみたいよな!」
「見たい見たい! 野生の熊なんて、きっと可愛いよね!」
おいっ!? そっちかい! 熊は危険でしょうが!
「く、熊って…… ぜぇぜぇ…… あ、危ないですよね? ぜぇぜぇ……」
「何で? 熊は全然危なくないだろ?」
「そうだよ! 熊は可愛いでしょ?」
えっ? 危なくないの?
そうか…… 私は前世を基準で考えていたけど、ムセリットの熊は可愛いのか!
可愛い熊―― テディベアみたいなのを想像して、私も見てみたくなったよ。
と、その時――
ガサガサ…… ガサガサ……
林道の奥から物音が!?
ぐわーっ!!
大きな影が飛び出してきた!
「嘘っ!? 熊だよ!」
「ホントに熊が出た!」
「うわーっ! 可愛い!」
それ、羆!? 体長―― 絶対に私の倍くらいありますよ! これのどこが可愛いって!?
ぎゃーっ!!
私の悲鳴に驚いたのか、熊はすぐに後ろを向いて逃走してくれました。
た、助かった……
「マセルが変な声出すから、熊が驚いて逃げちゃったじゃないの!」
「あーあ、もっとじっくり見たかったな」
「マセルは感動し過ぎて変な声を出したんだよね? 突然だったし、今回は仕方ないよ」
皆の反応を見ていると、私が何か間違ってるの?
もしかして、この世界の熊は見た目は前世のと違いないけど、ものすごく弱いのかしら?
「あ、あの…… 熊って、マッドチワワよりも弱いんですか?」
「何を言ってるんだよ? 熊の方がマッドチワワより強いに決まってるだろ?」
「マセルって、すぐ冗談言うんだから!」
「マセルは気を使って、冗談言ったんだよね?」
やっぱり熊の方が強いんだ! それなのに
「でも、熊よりもマッドチワワの方が怖いんだよね?」
ムセリットの怖さの基準が私には理解できません……
「当たり前じゃないか。熊なら簡単な魔法でも追い払えるけど、マッドチワワは魔法じゃ逃げないし、大人でも倒すのは難しいんだから、怖いに決まってるじゃないか」
なるほど! 魔法で逃げてくれる野生動物は怖くないけど、魔法では逃げないし討伐も難しい魔物は小さくても怖い―― そういうことだったんだ!
「まあ、熊の魔物の【ジャイアントベア】なんかと遭遇したら、絶対に逃げられないけどね」
えっ? 熊の魔物? やっぱり『そういうの』もいるの?
これ―― フラグじゃないよね?