第17話 有名人なようです
あの昇級試験の日から10日が過ぎました――
私はいつものように、リックくん・エミリさん・ディアナさんと一緒に昼食を取っていました。
「マセル。お前、ホントに戦闘魔法技能科に入るのか?」
「うん。今朝入科届けを出したから、僕は今日から戦闘魔法技能科の1回生だよ!」
私は一応他の科の体験授業も受けたんだけど、やっぱり戦闘魔法技能科程の興味は惹かれなかったよ。
歴史学研究科の授業は、資料と睨めっこばかりで辛かったです。
応用一般魔法科の授業は、確かに生活の役に立つ魔法技術を学べそうだったけど、私にはちょっと刺激が足りませんでした。
魔法戦闘武術科の授業は、実技中心で刺激的だったけど、周りが私よりも大きい子ばかりのため、初心者の私は一方的にやられるだけで、1日でギブアップしました。
「えーっ!? マセル、絶対に後悔するわよ……」
エミリさんは、心底あきれた様子だったけど
「それはないよ! マセルの場合は、選択コースで失敗したって問題ないからね」
ディアナさんは、頭ごなしの否定はしなかったけど、私の選択は失敗だと思っているようですね。
「そうだよな。マセルには『あれ』があるから、学院卒業後は困らないもんな」
「そっか。こないだの試験の結果―― 今朝張り出されてたけど、あれを見ればマセルの就職は保証されてるものね」
第二学院では、4ヶ月ごとに『基礎教養の試験』が行われていて、私達が入学してからすぐに試験があったんだ。
そして私は、『とあるテスト』で歴代最高得点を大幅に更新した―― 言うまでもなく『計算テスト』だよ。計算テストの過去最高得点が420点だったそうだけど、私の得点は何と! 1680点!
この学院の試験は百点満点じゃなくて、試験時間内に『問題を解けるだけ解く』という方式だから、こんな点数になったわけなの。
でも、計算以外のテストは、殆どが目も当てられない酷いものだったよ…… まだ、授業をほとんど受けてないんだから、その結果も仕方ないよね……
それでも計算ができると、役所から商売関係まで広く就職先があり、しかもそこそこ高給取りになれるそうなんだって! パソコンのない世界の経理って、大変そうだものね。
「あいつだろ? 計算魔人って」
「シーッ! 私、彼が計算テスト受けてる所見たけど、異常なスピードで答えを書いてて怖かったよ」
周りで食事している他の生徒達が、私の方をチラチラ見ながら噂話をしている。
計算テストの結果のせいで、私は学院内で有名になっているようでした。
◇ ◇ ◇
「マセル、計算テストの結果、見たわ…… はっきり言って、異常過ぎるわね」
「ホントよ! あんた、どんな魔法を使ったのか教えなさいよ!」
戦闘魔法技能科の教室に入ると、いきなりシンディさんとポリィさんからツッコミの洗礼を受けました。
ムセリットには『そろばん』がなく、計算は専ら筆算で行われているようだから、暗算2段の私の計算速度が異常に感じられるのも無理ないかな。
私には『魔道士として戦闘魔法で活躍する』という夢があるものの、今のレムス王国じゃ、戦闘魔法で活躍することは難しそうだし、お金儲けの手段は今の内から考えておくに限ります。
『そろばん』なら私でも設計できるし、王都の工房で製作してもらって、王都で珠算塾を開いたら、割と本気で需要があるんじゃないかしら? でも塾の経営となると、いろいろ大変そうだし…… やっぱり経理のアルバイトでお金を稼ぐのが良いかな?
私が将来の金儲けの手段のことを考えていると、
「マセル。あんた、身体強化を使って計算速度を100倍にしたとかじゃないの?」
「それはないわ。身体強化が使えるなら、マセルの体力テストの結果があんなに低いわけがないし、そもそも100倍の思考速度強化なんか使ったら、一瞬で頭が爆発するわよ」
テストで身体強化を使うことは禁止されていないので、使っても構わないんだけど、その後で反動が来るから、使う人はほとんどいません。
身体強化なんて使えるわけもない私の体力テストの結果は、454人中下から8番目でした…… だって私、まだ8歳だし!
でも、私と同じくらいの体格のシンディさんは、上位とはいかないけど真ん中より上だったよ。
「こんにちは……」
ボルツくんが教室に入ってきました。
「ボルツ! あんた、また抜け駆けして1人だけで勉強してたんでしょ!?」
「えっ? ポリィにも勉強するように言ったよね? 僕のメモ帳も貸した筈だけど……」
そういえばボルツくんの名前、殆どのテストで上位に載っていたね。
でも意外なのが、生活魔法の実技ではボルツくんもポリィさんも、かなり下の方に名前が載っていた。ポリィさんの実力は知らないけど、ボルツくんの魔法の実力は相当なものだと思ったのに、あの結果は腑に落ちません。
「ポリィさんもボルツさんも、生活魔法の実技が悪かったみたいですが、どうしたんですか?」
私が質問した途端、ボルツくんの顔色が真っ青に変わった?
後ろからは、強烈な圧力が…… あのときのマッドチワワ…… もしかして、それ以上!?
「マセル…… 私を愚弄するとはいい度胸ね!」
私、ポリィさんの地雷を踏んでしまった?
「ポリィは、第二学院の『ちょっとした有名人』なのよ」
ああ、このパターン―― 絶対に悪い方で有名なんですね……
「ポリィは水魔法が使えるの。水魔法の生活魔法の実技は、『コップに水を満たすこと』なんだけど、ポリィはテストの教室中を水浸しにして、大パニックを引き起こしたことがあるのよ」
シンディさんの説明でよくわかりました。
でもそれって、ある意味とんでもない才能ですよね。エミリさんの水魔法は、『1日にコップ10杯分』って言ってましたよ。
「そうよ! だから今は、生活魔法の実技テストを、私だけ特別に外で受けてるのよ!」
「ポリィさん、スゴイじゃないですか! それだけの水を出せる人なんて、滅多にいませんよ! ポリィさんは天才なんですね!」
私は誉めてポリィさんの機嫌を取ることにしました。それなのに――
「違うわ。ポリィは、魔法の制御が下手なだけ」
シンディさん…… 正論をぶつけないでください。
「そうだよね…… 僕も同じだよ。土魔法の実技は『粘土で何かを作ること』で、皆コップやお皿なんかを作るんだけど、僕も細かい制御が苦手で上手く作れないんだ……」
土魔法の実技は、芸術性まで必要な気がするよ…… その点、火魔法は複数の松明に火を点けるだけだし、風魔法も決まった場所まで物を飛ばすだけで、簡単だったよ。
それに、複数系統の魔法を使えると、全部の点数が加算されるから、私の生活魔法のテストの点数は結構良かったのでした。
「マセル! 言っとくけど私は前回よりも点数が上がってるから、次はあんたよりいい点を採るわよ!」
「マセルは160点で、ポリィは30点。次で抜くことは不可能よ」
シンディさん…… もう少しオブラートに包んだ言い方してください。
「ホッホッホッ。皆さん、もう授業を始めますよ。その前に―― 今日からマセルくんが、正式に戦闘魔法技能科の生徒になりました」
いつものように、突然現れたベンプス先生が、私が正式にここの1回生になったことを皆に告げてくれました。
「今日から僕はここの1回生です。皆さん、よろしくお願いします!」
「そう! マセル、よろしくね!」
「マセルくん、歓迎するよ!」
シンディさんもボルツくんも、私を歓迎してくれたけど、
「フフフフ…… そっか…… 今日からマセルも、私の下僕になるわけね」
ポリィさん…… 私、貴女の下僕になる気はありませんが……
兎に角、私の本格的な学院生活が、これから始まるんだよ!
私が夢と希望を抱いていた頃、王都の周りでは不穏な出来事が起きていたんです……