第111話 ズラーマン、責任を負う
「何故『魔王様復活』の功労者である私が、責任を押し付けられなければならんのだ!?」
ズラーマンは天に向かって叫んだ。
・・・・・・
あの日、巨大迷宮で復活を遂げた魔王は、嘗ての居城であった魔王城に戻ってきた。
城内の見回りをしていた兵士が、玉座に座る『不審な男』を発見したことで、城内は一時騒然となったが、男の放った圧倒的な『魔気』の前に、誰もが『この男』の正体に気付いたのだった。
魔王様が復活なされた!
それは魔王城に仕える者達にとって、2千年に及ぶ悲願の成就を意味していた。
さあ、これから『人族共を滅ぼす戦い』が始まるのだ!
将軍達は、玉座に座る魔王の前に跪き、戦いの命令が下されることを心待ちにした。
ところが──
「余は人族共との戦争などに興味ない。余がこれから行うのは、魔族の『意識改革』だ」
魔王のその宣言に、将軍達はポカンと口を開けて呆気に取られたのだった。
「嘗て魔王軍を率いて数百万の人族を葬り、人族に魔族の恐怖を植え付けられた魔王様が、あのような腑抜けたことを言われるとは……」
「これでは、我らのこれまでの苦労が水の泡ではないか!」
「魔王様があのようになられたのは、全てズラーマン―― お前のせいだ! お前が先走って魔王様の復活を行ったために、不完全な状態で復活なさったのだ!」
「そうだ! これはズラーマンの責任だ! お前が責任を持って、魔王様の心に人族に対する憎悪を復活させろ!」
「もしできなかったら── お前は将軍解任だ! わかったな!」
ズラーマンは、他の将軍達から厳しく責められたのだった。
このままでは、私は六将軍の座を失ってしまう……
どうすれば、魔王様に人族を憎む心を取り戻してもらうことができるのだ?
魔王様は、人族のことを『取るに足らない弱者』だと思われているに違いない。それで、人族に対する怒りの感情を失くされたのだ。
ならば、その考えを改めてもらうしかない。人族は放っておくと魔族を脅かす危険な存在になる、ということを分かってもらえれば、きっと人族討伐に動かれる筈だ!
人族の危険さを認識させるには――
やはり、『あそこ』が適任だ。アイツを利用するのは少々危険ではあるが、魔王様の完全復活のためには荒療治が必要だ。
ズラーマンは、マチョリカ公国に向かうことにしたのだった。
・・・・・・
「ズラーマン。漸く私の前に姿を見せたと思ったら、キサマ1人だけで来るとは、どういう了見だ?」
ズラーマンの前に立っているのは、マチョリカ公国第3王子『ジード』。
ジードの後ろには、親衛隊長のバール将軍も控えていた。
「魔王が復活したそうだが、よもや『あの約束』を忘れたわけではあるまいな?」
ジードの目には、明らかに不機嫌な静かな怒りの色が含まれていた。
いつもながらこのガキは、子供とは思えない『他人を見下した目』をしていやがる。
ズラーマンは内心憎々しく思いながらも、表情を一切崩さずに応える。
「勿論、忘れてなどございません。しかし、復活した魔王を動かすにはジード様のお力をお示しになられる必要があります」
「力を示す―― だと?」
「そうです。魔王は自分より遥かに格下と思っている人族の前に、自分から赴く気はないようです」
「格下だと!? ズラーマン…… キサマ、ジード王子に向かって無礼な!」
バール将軍が腰の剣に手を掛けてズラーマンに斬り掛りそうになったが、ジードがそれを制した。
「それはつまり、魔族の領地に攻め込んで実力を示せ、ということか?」
「滅相もございませんジード様! そんなことをなされば、魔王と話すことなどできなくなります!」
ズラーマンは慌てて否定した。
「フン…… 冗談に決まっているだろ。だが、魔王の言い分も一理ある。魔王が全魔族を統べる者ならば、それと同格―― つまり、人族全体の王でなければ話をする気はない、ということだな」
ジードはバールに向かって語り掛ける。
「私の目的のためには魔王に会う必要がある。だが、人族全体の王でなければ魔王に会うことはできない…… となれば、私はどうするべきだと思う? バール将軍」
「ジード様が世界を統べるしかございませぬ!」
バールが力強く答えると、ジードは軽く頷く。
「『世界統一』などという俗事に興味はないが、私の目的のためにはそれも仕方あるまい。バール将軍には、これまで以上に働いてもらうことになるぞ」
「ハッ! 何なりとご命令ください! このバール、命尽きるまでジード様に尽くす所存にございます!」
とうとうジード様が動かれる! 我がマチョリカ公国が、その力を世界中に知らせるときが来たのだ!
バール将軍は、興奮で顔が上気し体温が上がるのを感じた。
「とはいえ、いきなり他国に向けて宣戦布告する気はない。まずは、『マチョリカ公国の下』についてもらうように交渉から始める」
「そして、交渉が決裂した暁には……」
「そのときは仕方ない。『実力行使』だ」
ズラーマンは、ジードとバールのやり取りする様子を黙って眺めていた。
良くわからんが…… どうやら私の口車が成功したようだ。
この調子なら、近い内にマチョリカ軍が戦っている様子を『ビデオ』とかいう映像を記録できる魔道具で撮影できそうだ。
そして、それを魔王様にお見せすれば、きっと人族の危険さにお気付きになられるだろう。
ズラーマンが作戦の成功を確信していると
「ズラーマン、我々はこれからレムス王国へ向かう予定だが、キサマも付いてくる気はあるか?」
バール将軍が話し掛けてきた。
「まさか、これからレムス王国を攻めるのですか?」
「そうではない。今日は同盟国であるレムス王国から正式に招待を受けている。ジード王子はマチョリカ公国の代表として、これから『ゴリーの町』まで飛行船で向かうのだ」
いつもズラーマンに敵意剥き出しのバール将軍が、今は気持ち悪い程の笑みを浮かべている。
「私はジード王子の護衛として同行するのだが、ジード王子は、望むならキサマの同行も許すと仰っているのだ」
レムス王国のゴリーの町か…… ゴリーの町はレムス王国きっての保養地で、確か温泉も湧いていた筈だ。
温泉と聞くと、ズラーマンの脳裏には『ラップルの町』での苦々しい記憶が蘇る。
あの日は最悪だった…… 後から入ってきたクソガキのせいで、命の次に大事な『頭の一部』を飛ばされ、温泉にゆっくりと浸かることができなかっただけでなく、風邪まで引き掛けたのだ!
私の楽しみを邪魔したクソガキは始末したが、可愛いペットを3匹も失ってしまった。
ジードに付いていけば、今度こそゆっくりと温泉を楽しむことができそうだ。
「それはそれは。有難い申し出、是非私もお供に加えてください」
その日の午後、ジード王子達を乗せた飛行船がマチョリカ公国を飛び立った。