第110話 まさかのプレゼント!?
連日午後の授業の後、ジョディさんの研究室でウエイトトレーニングに励んでいる私とシベルスターさん。
予想に反して本に書かれている指導法が優秀なのか、シベルスターさんもトレーニング開始から2週間で、とうとう100kgの重量を頭の上までリフトできるようになり、今は120kgの重量に挑戦中です。
そして私はというと、最初の2倍近い190kgまで重量を増やされて訓練しています。
流石に毎日のトレーニングで疲労が溜まっていて限界寸前。
でも明日は待ちに待った休日です。たった3日間だけど、トレーニングから解放されるんです。
「ところで2人は、明日からの休日の予定はあるのかな?」
唐突にジョディさんが尋ねてきました。
「俺は、明日からラップルに行こうと思ってます」
「奇遇ですね、シベルスターさん。僕も明日からラップルに出掛けようって思ってました」
考えることは一緒ですね。疲れを癒すには温泉が一番だよね!
「2人共旅行に行くつもりだったなら話が早いわ。私が2人に旅行をプレゼントしてあげるよ」
ジョディさんが私達に旅行をプレゼント!?
普通なら喜んで受けるところだけど、ジョディさんのことです。『プレゼント』という言葉を真に受けることなんて絶対にできないよ。
「ジョ、ジョディさんは一緒に行かないですよね?」
シベルスターさんが震える声で尋ねました。
「勿論、私も一緒に行くよ」
その瞬間シベルスターさんの頭が項垂れた気が…… たぶん私と同じことを考えていた様子。
「それで…… 行き先はラップルなんですか?」
「マセルくん、行き先はラップルじゃないよ。それは明日のお楽しみ」
ジョディさんの笑顔を見て、私は恐怖に震えます。
絶対に良からぬことを企んでいる顔だよ……
私の心は『辞退しろ』と叫んでいるのに
「そ、そうですか…… た、楽しみですね……」
私の口からは心にもない言葉が飛び出していました。
「た、楽しみで今日は眠れそうにないです……」
シベルスターさんも顔を引きつらせながら同意してきました。
そして、3人で旅行に行くことに決まったのでした。
・・・・・・
旅行当日――
私は今日起こることへの不安と諦めの気持ちで、まだ開門時間の前から西門の前で待っていました。
ガラガラガラ……
開門時間と同時に、貴族が乗るような立派な馬車が1台走ってきて、私のすぐ横に止まりました。
「おはよう、マセルくん」
馬車の中から現れたのはジョディさんです。
「ジョディさん、その馬車はどうしたんですか!?」
「これに乗って目的地まで行くんだよ。マセルくん、早く乗って」
そうでした。ジョディさんはお金持ちのお嬢様だったよ。
こんな素敵な馬車まで用意してるなんて、もしかして本当に普通の旅行なのかも!?
馬車の中は4人乗りで、フカフカのシートが敷かれています。
座り心地も最高で、いきなりテンションが上がったよ!
「じゃあ出発しよう!」
私が席に着くと、ジョディさんが御者に出発の合図を送りました。
「シベルスターさんがまだですよ?」
「俺ならここにいるぞ」
あっ! シベルスターさんが御者をしていたんでしたか。
馬車が西門から外に向かって、滑るように動き出します。
「ジョディさん、何処へ向かえばいいんですか?」
シベルスターさんが尋ねてきました。
「行き先は、【ゴリー】の町だよ」
ゴリーの町? 初めて聞く名前だけど、どういう所なんだろ?
「ゴリーの町だって!?」
シベルスターさんが叫ぶと同時に、馬車のスピードが上がりました。
「いきなりどうしたんですか? シベルスターさん!?」
「決まってるだろ! あのゴリーの町へ行けるんだぞ! ちんたら走らせてる場合じゃないだろ!」
どういうことかさっぱりわかりませんけど、シベルスターさんの反応からすると、もしかしてゴリーの町って『凄く良い所』なんですか?
私がポカンとしていると、ジョディさんが尋ねてきました。
「マセルくんはゴリーの町を知らないの?」
「はい、初めて聞く名前です。そこはどういう所なんですか?」
ジョディさんの説明を聞いて驚きました。
ゴリーの町――
そこは、王都の上級貴族や超の付くお金持ちの方々だけがバカンスを楽しむ秘密のリゾート地で、一般庶民には一生縁もゆかりもない場所だそうです。
そんな凄い町にジョディさんの家の別荘があるそうで、私達の行き先はその別荘だということでした。
まさか、別荘へ招待してくださるなんて!
ジョディさんを疑っていた自分が恥ずかしいよ。私、今後はジョディさんのことを無暗に疑わないようにします!
・・・・・・
ここがゴリーの町への入り口なの?
深い谷に架かる1本の長い吊り橋が見えるだけで、私のイメージしていたリゾート地とは大きくかけ離れています。
リゾートよりも寧ろ、あの橋が落とされて町が完全に孤立し、連続殺人事件が起こりそうな雰囲気があります。
「怪しい者が近付けないように、町への出入りはあの橋を通るしかないんだよ」
確かにこれなら、密かに侵入することは不可能ですね。
「シベルスターくん、あの小屋の横に馬車を止めて」
橋の前には、お世辞にも立派とは言えない小屋があります。きっと小屋には橋を守る屈強な兵士達が常駐しているんでしょう。
馬車が小屋の横で止まると、小屋から人が出てきました。
出てきたのは『屈強』とは程遠い、見るからに弱々しいお爺さん。この橋のセキュリティが心配になってきました。
ジョディさんは馬車の外に出ると、お爺さんに何かの紙を広げて手渡しました。
「フォルダー家のお嬢様と使用人2名ですね。どうぞ、お通り下さい」
使用人2名? それって、私とシベルスターさんのことですか?
せめて『友人』くらいにしてくださいよ。
「ジョディさん、僕達ってジョディさんの使用人扱いなんですか?」
「私は2人のことを使用人だなんて思ってないよ。でも、そうしとかないと、いろいろ身分証明が必要になって手続きが面倒なのよ。使用人なら私が責任を持てばいいだけだから、特別な手続きが不要なんだよ」
なるほど、それなら仕方ないですね。
・・・・・・
橋を渡り終えると、今度は美しい彫刻のされた門が見えてきました。
「あれがゴリーの町の入り口だよ。町に入る前に2人には注意事項を伝えておくね」
「注意事項があるんですか?」
「そうだよ。なにせゴリーの町は貴族様が多い場所だけに、貴族様とトラブルを起こすことが時々あるんだよ」
「どんなトラブルがあるんです?」
「3年程前にね、どこかの商人の使用人が侯爵様と目を合わせてしまったために、牢獄送りになったことがあるんだよ」
目を合わせただけで牢獄送り!?
「ジョディさんは、町を歩くときはどうしてるんですか?」
「私は滞在許可証を持ってるから、貴族様と目が合っても何も問題ないわ。でも2人は持っていないから、町を歩くときは足元だけを見て歩くこと」
「でも、足元だけ見て歩いていたら、人とぶつかる可能性が……」
「貴族様とぶつかったら、きっと『処刑』されるから気を付けてね」
私は自分の運の悪さを良く知っています。これまでも何度も不運なトラブルに巻き込まれてきているんです……
私がどれだけ注意を払っても、絶対にトラブルの方から私に近付いてくる―― という確信めいた予感があります。
私、これから3日間―― ジョディさんの別荘から一歩も外へ出ません!