第109話 課外訓練が始まったよ
私はカーラの森の迷宮の隠し部屋から【我が凄絶なる少年期の記録】という題名の本を持ち帰りました。他の2冊は読む価値なしと判断し、その本だけを神官長に渡したのでした。
その3日後――
私はベンプス先生の授業の後、神官長室に呼び出されました。
きっと『あの本』のこと―― どこで本を見つけたのか、とかいろいろと聞かれるんだろうな…… そう覚悟しながら神官長室へ行くと、そこには私以外にも2人の姿が!
「ジョ、ジョディさん!? どうしてここに?」
まさかジョディさんがいるなんて…… 最近会うこともなかったんで安心してたのに、いきなり不安な気持ちになるよ。
「それに、シベルスターさんも神官長に呼び出されたんですか?」
そしてもう1人は、遠征の時に一緒に行動した魔法戦闘武術科3回生のシベルスターさんでした。
「俺はジョディさんに呼ばれたんだ……」
あの自信家だったシベルスターさんが弱々しく首を横に振り、今にも泣き出しそうな顔で私を見ました。
「もしかして、私を呼び出したのもジョディさんなんですか?」
ジョディさんの呼び出しだと知っていたら、私は全力で逃げていたよ……
「マセルを呼び出したのは私です」
私達の会話を黙って聞いていた神官長が口を開きました。
「マセルには聞きたいことがあったので呼び出したのです」
やっぱり『あの本』のことのようですね。それは予想通りですが、ジョディさんとシベルスターさんがここにいる理由が分からないよ?
「マセルの持ってきた『あの本』を何人かに見せたのですが、ジョディだけが何か知っているようだったので問い詰めたところ、『あの場所』のことを白状しました」
『あの場所』? って、まさか!?
「マセルくん、ごめんね。私、神官長に問い詰められて『カーラの森の迷宮』の『隠し部屋』のことを話してしまったわ」
ジョディさんは、全く申し訳なさそうでない笑顔で私に答えました。
「それでね、昨日神官長と一緒に『隠し部屋』まで行ってきたのよ」
行ってきた!? 神官長が一緒なら魔道人形のいる部屋も全く問題なしだろうけど、流石の行動力ですね。
「驚きましたよ。カーラの森の迷宮にあのような隠し部屋があることなど、歴代の神官長にも伝わっていませんでしたから…… マセル、どうやってあの場所を発見したのか、正直に話しなさい」
神官長って一見優しそうですが、その眼力はかなり強力で、問い詰められると逆らえる気がしません。私も今日は観念して、神官長に隠し部屋のことを話すつもりでいたので、隠し部屋発見の経緯を神官長に話しました。
「まさか、あの幽霊が『2代目神官長』だったなんて…… 危うく私は、彼女を消滅させてしまう所だったのですね」
カーラの森の迷宮に出る幽霊―― その正体は初代神官長グリーマンの弟子で、第二学院2代目神官長カルラさんで、彼女は呪いの本を読んだことで幽霊になってしまったのでした。
そして彼女は幽霊になって何百年も迷宮を彷徨っていたのですが、20年ほど前に『ある生徒』に斬られて消滅する危機に見舞われたのです。その時カルラさんを斬った生徒というのが、現神官長のグレシア様だったのです。
「あの…… これでもう寮に戻ってもよろしいでしょうか?」
神官長の質問にも答えたし、そろそろお暇したいところです。
「これからが今日の本題です。昨日、その隠し部屋で『興味深い内容の本』を見つけました」
「あそこには呪いの掛かった本もあるので、読まない方が絶対にいいですよ」
私は神官長にあそこの本の危険性について注意しました。もし神官長が幽霊にされてしまったら…… そんなことになったら大変です。
「そのことはジョディから聞いていましたから、私達は本を読まずに部屋を後にしようとしたのです。ですが部屋に閉じ込められて、本が光って読むように促されたので仕方なく本を読んだのです」
神官長も私と同じ目にあったんですね。幽霊にならなくて本当に良かったよ。それに、興味深い本まで見つかったなんて!
「その『興味深い本』って、どんな本だったのですか?」
「それは、あの初代神官長グリーマン様が書かれた本です。マセルの持ってきた本も魔力訓練の方法などが載っていて今後の授業の役に立つ内容でしたが、その本にはグリーマン様の考えられた『究極の魔法』について書かれていて、今後の魔族との戦いに必ず役に立つものです」
グリーマンの考えた『究極の魔法』? それ、どこかで聞いたような……
「神官長様…… もしかして【我が深淵なる考察の記録】という題名の本じゃあないですよね?」
私が恐る恐る尋ねると
「その本がコレです」
神官長は1冊の本を取り出しました。それは、私が見た【我が深淵なる考察の記録】とは全く異なる色の本でした。
良かった。アレじゃあなかったよ。
「これには、『究極の魔法』を完成させるためにグリーマン様が考案された特訓の方法がいろいろと書かれていました」
ホッとしたのも束の間、私は嫌な予感を感じ全身に悪寒が走りました……
「この本の題名は【究極の筋肉道士育成法】です」
やっぱりか!?
・・・・・・
嫌な予感的中……
今私とシベルスターさんは、ジョディさんの研究室にいます。
神官長からの厳命で、私とシベルスターさんが【究極の筋肉道士育成法】に書かれていることを実践することになったのです。
「あなた達は、今日から毎日午後の授業終了後に、この『医術研究科』第5研究室に来るように。もしさぼったら―― 神官長から処罰されるから注意してね」
つまり、さぼったら『退学処分』になる―― そういうことですか!?
「それで、これから何をするんですか?」
「初日だから軽目にしとくわね。まずは『10kgの重りの付いた棒』を10回持ち上げるだけだよ」
良かった! どんなとんでもないことをさせられるのかと思ったら、本当に軽いリフトですね。これなら楽勝だよ。
「ジョディさん…… どうして俺を呼んだんですか? 神官長に呼ばれたのはマセルだけだったようですけど……」
ずっと黙っていたシベルスターさんが、この部屋に来て初めて声を出しました。
でも、確かにシベルスターさんが呼ばれた理由は不明です。
「マセルくん1人だけで訓練したんじゃ、訓練の成果を調べるのに不十分なのよ。比較対象が欲しかったからあなたを呼んだのよ」
「どうして俺だけなんですか? 他の人を呼ばなかったのはどうしてですか?」
確かに、1人よりも比較対象は多い方がいいですよね?
「勿論、他の人達にも声を掛けたわ。でも全員に断られたから、あなただけになっただけよ」
「それじゃあ、俺も断っても良かったんですか!? だったら俺も――」
完全に断ろうとするシベルスターさんでしたが、ジョディさんが言葉を制し
「シベルスターくん。あなたは遠征の時に私の貸した荷物を迷宮に置き去りにしたそうね? アレ、結構高かったのよ。断ってもいいけど、それなら今すぐアレの弁償をしてもらうけど」
シベルスターさんはガックリと肩を落としました。
可哀そうに…… って思ったけど、私以外に訓練を受ける人がいてちょっと心強いよ。
「シベルスターさん、一緒に頑張りましょう!」
「そ、そうだな。さっさと今日の訓練を終わらせよう」
「じゃあ、訓練開始するね。シベルスターくんから順番にその棒を持ち上げてね」
「ジョディさん…… その棒、10kgじゃないですよね?」
ジョディさんの用意した棒には、両端に大きな重りが1つずつ付いています。とてもそれが10kgだとは思えない。しかも棒も結構な太さで、棒だけでも20kgはありそうだよ……
「マセルくん気付いちゃった? 10kgというのはグリーマン様自身が試されていた重さなの。お年寄りのグリーマン様が10kgなら、あなた達ならその10倍は大丈夫だよね?」
まあ、私は100kgなら問題ないけど、シベルスターさんはどうだろう?
「うおりゃあああぁぁぁ!」
気合を入れてシベルスターさんが持ち上げました。といっても、ウエイトリフティングみたいに頭上に持ち上げたのでなく、地面から浮かせただけだけど、素人にしては大したものです。
「ハァハァハァ…… どうですか! ジョディさん!」
10回持ち上げ終えたシベルスターさんが、ジョディさんにアピールします。
「そうね…… 本当は頭の上まで上げるんだけど、今日はそれで許してあげるわ」
「あ、頭の上!? そんなの誰もできないですよ!?」
「じゃあ、次はマセルくんの番」
私はクリーン&ジャークで10回持ち上げて見せました。
一応私は、クリーン&ジャークで180kg、スナッチなら140kgは持ち上げられるから楽勝だったよ。
「シベルスターくん。明日はマセルくんみたいに持ち上げてね」
シベルスターさんは口を大きく開けて固まっていました。