第108話 究極の魔法って!?
グリーマンは、私にとっては残留思念になってまで迷惑かけるだけの爺さんですが、世間ではレムス王国史上1・2を争う『大賢者』とまで言われている人物。
そのグリーマンが考える【究極の魔法】なら、もしかすると魔王を倒せるような凄い魔法かも!?
私は期待を胸に、ページを捲りました。
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長年の魔法研究の成果で、数多くの魔法陣の解読に成功し文章化されてきた。
その文章は呪文と呼ばれ、魔力を込めて呪文を唱えることで発動する魔法が【詠唱魔法】である。
詠唱魔法は、呪文さえ覚えれば誰もが使えるという利点から、現在の魔法の主流となっているが、込められる魔力の上限が決まっているために、威力の調整がほとんどできない。また、高位の魔法になるほど呪文の詠唱時間が長く掛かるため、実戦で上級魔法が使われる場面は多くない。
それらの欠点から、詠唱魔法は魔族との戦闘では役に立たないだろう。
そこで私は、詠唱魔法に代わる『新たな魔法技術』を生み出すことにした。
私が幼少期に読んだムセルの残した書物の中に、新たな魔法技術のヒントが残されていたのだ。
詠唱魔法が生まれる以前―― 今から千年以上昔は『紙に描いた魔法陣』を用いた魔法が広く使われていた。今でも転移魔法は紙に魔法陣を描いて使用しているが、当時はほぼ全ての魔法を紙に描いた魔法陣を使って発動していたのだ。
私もその方法をムセルの残留思念の指導で試したことがあるが、正直使い勝手が悪すぎて実用的ではなかった。
紙に描いた魔法陣は1度魔法を発動させると燃え尽きてしまう。また、20分すぎると魔法を発動することさえできなくなる。それに加えて、複雑な魔法陣に魔力を流すのは思った以上に難易度が高く、この私でさえかなりの練習が必要だったのだ。
だが、ムセルの書物には『紙に描いた魔法陣』を用いる以上に、信じられない方法が記述されていた。
【無詠唱魔法】―― 頭の中に魔法陣を描き、その魔法陣に魔力を流して魔法を発動させる、という超高等魔法技術。
そんなことが本当に可能なのか?
私は大いに疑問を抱いたが、御伽噺に出てくる『五英雄』は魔法陣を頭の中に描いて魔法を使った、という逸話があったことを思い出した。
只の作り話だとばかり思っていたのだが、もしかすると本当のことだったのかもしれない。
ムセルは死ぬ間際まで『無詠唱魔法』の研究を行っており、『魔法陣を簡略化する』という方法を思いついていたが、その理論を完成させる前にこの世を去った。
私はムセルの残した理論を基に『魔法陣の簡略化』の研究をすることにした。
研究施設と協力者を、国王陛下に頼んで用意してもらって6年――
20近い魔法陣の簡略化に成功し、無詠唱魔法の実用化までもう少し、という所まで漕ぎ着けたのだった。
魔法陣の簡略化の研究も軌道に乗ったこともあり、研究は私の弟子達に委ねることにし、私は次の目的―― 無詠唱魔法の使い手の育成に着手することにした。
無詠唱魔法の使い手の育成には、まだ魔力が成長途上の15歳以下の子供が最適だ。若くて魔法の才能ある人材を集める必要がある。
私がそのことを国王陛下に話すと、国王陛下は『王立第二学院』の建設と、只の平民である私に『初代神官長』という学院最高責任者の席を用意してくださったのだ。
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王立第二学院が建てられた理由が、『無詠唱魔法の使い手の育成』だったなんて初耳です。
それが事実だとすると、今私が無詠唱魔法を使えているのはグリーマンのお陰ということですか? 少し複雑な気分だよ。
それはともかく、ここまでの内容には【究極の魔法】のことが書かれていない。私は本の続きを読み進めることにします。
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王立第二学院の開校から5年――
学院内に簡易魔法陣研究室を移設し、無詠唱魔法理論も完成に近付いてきた。
無詠唱魔法の使い手の数も確実に増えており、一見順調のようであるが、私はまだ満足できなかった。
簡易魔法陣には実は重大な欠点がある。
簡易魔法陣は素早く頭の中に描き簡単に魔力を流すことができる反面、簡易化の影響からか、どうしても完全な魔法陣の使用と比較して威力で大きく劣るのだ。
簡易魔法陣の威力を上げる研究も行ってはいるが、今のところ成果は全く上がっていない……
それでも詠唱魔法に比べれば、遥かに速く高威力の魔法を撃つことが可能であり、十分に実戦的な技術であると言えるのだが、魔族を相手にすることを想定した場合、まだまだ力不足であった。
魔族は生まれ持った才能こそが総てで、人族のように魔法陣を覚えて使える魔法を増やす、という考えはない。
だが、ムセルの残した書物によると、魔族には生まれながらにして、完全な魔法陣を使った無詠唱魔法が備わっているらしいのだ。
簡易魔法陣を使った無詠唱魔法では魔族には勝てない……
私は別の方法を模索することにした。
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魔族って、生まれた時から自然に無詠唱魔法が使えるんですか!?
しかも、完全な魔法陣を使った無詠唱魔法の方が、簡易魔法陣を使った無詠唱魔法よりもずっと強力だなんて!?
私は、あの巨大迷宮の『王の間』で見たこと――
魔王の撃った『火球』が、仮面の冒険者の撃った上級魔法『メガフレア』を相殺した場面を思い出しました。
あれは、魔王の魔力が凄かったこともあるけど、完全な魔法陣と簡易魔法陣の差もあったのか……
無詠唱魔法では魔王に勝てないことが分かってちょっとショックだけど、この次こそ【究極の魔法】のことが出てきそうだよ。
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私は攻撃魔法以外の魔族の対抗手段として、『付与魔法を使った魔法武術』を学院で教えることにした。
武器に魔力を纏わせて闘う武術―― レムス王国内にも幾つかの流派が存在するが、そのどれもが『基礎魔法』を付与させたものだった。
基礎魔法の魔力でも、武器に属性効果が付き切れ味も上がるのだが、私は攻撃魔法の魔力を付与することで、今まで以上の武器の強化を目指したのだ。
だが、これは大きな効果を上げることができず、失敗に終わった……
鉄製の武器は魔法耐久度が低いために、あまり大きな魔力を流すと武器が壊れてしまうのだ。ミスリル製の武器なら強力な魔力にも耐えられるが、ミスリルは滅多に採掘されない貴重な金属であるため、武器製造に使われることはない。
私は攻撃魔法でも魔法武術でもない、別の手段を考えなくてはならなかった。
そのとき私の頭に、『ある魔法』のことが浮かんだのだ。
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残りページはあと僅か。
まさか、こんな最後の最後まで結論を引っ張るなんて……
『ある魔法』というのが、きっと【究極の魔法】のことに違いない。今度こそ【究極の魔法】の正体が判明する……
私は緊張を解すために、大きく深呼吸しました。
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それは【身体強化魔法】だ。
攻撃魔法には無数の魔法が存在するが、身体強化魔法は1種類しか存在しない。しかも、『風火土水』どの系統の魔力でも使用できるという特性がある。
基本的な効果は筋力の強化で、攻撃力・速度・物理耐久力・魔法耐久力を上昇させ、流す魔力の系統により少し効果に差がでる。
風系なら速度、火系なら攻撃力、土系なら物理耐久力、水系なら魔法耐久力の効果が高くなるのだ。
身体強化魔法は、理論上MPが許す限りいくらでも強化可能で、ある意味『最強の攻撃手段』と言えるのだが、術者の筋肉の限界を超える強化をすると、身体を破壊してしまうという諸刃の剣でもある。
通常は3倍を超えると危険と言われており、『人族最強の筋肉を持つ男』と言われた【キンタロウス】の使った8倍が最高記録だ。
そのキンタロウスは、身体強化なしでも成人男性の5倍以上の力があった、と言われている。
もし、キンタロウスを遥かに超える筋肉があれば―― 身体強化100倍にも耐えられる筋肉を作ることができたなら、どんな強力な魔族の攻撃魔法にも耐えることのできる【究極の筋肉】となる筈だ。
そして、その筋肉から繰り出される攻撃なら、魔族どころか巨大な魔獣でさえも一撃で粉砕可能に違いない。
私は、その『究極の筋肉』による攻撃を【筋肉魔法】、その使い手を【筋肉道士】と命名し、究極の筋肉作りのための研究を開始した。
自分で考えた理論は自分で試す―― それがモットーの私は、筋肉強化の方法を思いついては実践していった。
しかし、私は元々それほど身体が強くなかったし、既に60歳を超えていたこともあって、究極の筋肉を手に入れることはできなかった。
理論を完成することはできなかったが、私は確信している。
いつか私の意志を引き継ぎし者が、究極の魔法―― 筋肉魔法を完成させる日が来ることを。
筋肉こそ正義! 筋肉こそ最強!
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本を読み終えた私は一言呟いた。
「私の時間を返せ」
と……