第102話 なんで私が怒りを買ってるの!?
離れていてよく見えないけど、紫のヅラの人が棺桶から出てきたマジシャンの前で片膝を付いて、何か会話してるみたいです。
私はさっきまでの奇妙な胸の動悸が治まって身体が動くようになったけど、完全に拍手するタイミングを逃しました。
素晴らしいイリュージョンを見せてもらったのに、反応できなかったのは完全な失態だよ…… 紫のヅラの人とマジシャンの人は、誰も反応しないから困惑しているのかもしれない。せめて、後でショーのお礼を言うべきですね。
それなのに――
「お前は何者だ!?」
隊長さんが失礼な言葉を放ちましたよ!?
「絶対に、アレは危険な存在だわ……」
「ああ、普通じゃないな……」
仮面の女性と仮面の男性も、ぼそっと失礼な言葉をこぼしました。
私以外の人は、今の【瞬間移動マジック】が理解できなかったようですね。
そうか…… ムセリットの人はイリュージョンを知らないんだ。
紫のヅラの人が私達に『歴史の目撃者になる』と言った意味が分かりました。このショーが、ムセリットで発表された初のイリュージョンだったんですね。
「氷の柱の後ろにいた人が、『死んだ』と思わせて、いつの間にか棺桶に移動していたんですよ」と今更説明するのも間が悪いし、どうしたらいいんだろ?
と私が悩んでいると、マジシャンがこっちに近付いてきます。
これは、絶対に怒らせてしまったよ……
「なにっ!?」「あっ!?」「まさか!?」
マジシャンの顔がはっきりと見えた時、3人が同時に驚きの声を上げました。
やっぱり怒ってる。角まで生やしてカンカンだよ…… って、本当に頭に角が生えているよ!?
こ、これも演出? ムセリット流のジョーク…… だよね?
「ま、魔族……」
仮面の男性が言ったけど、そんなわけないよね…… 只のドッキリだよね!?
◇ ◇ ◇
俺は、現在の人族を観察するために、人族共に近付いていった。
俺の前にいる人族は4人。
1番前にいる男は軽鎧姿。人族の将軍なんかが着ていたものに似ている。
その後ろには、変な仮面をしているのが2人。今の人族の間では『道化師の仮面』が流行っているのか? まあ、地球の人族の間でも変なファッションが流行ったりしていたから、人族のセンスは俺には理解できない。服装は、人族の冒険者がよく着ていた魔物の皮をあつらえたもののようだ。
1番後ろの男はローブ姿。人族の魔道士がよく着ていたものだ。
ヅラ男の言葉を信じるなら、今は俺がいた時代の約2千年後ということらしいが、人族共の服装を見る限り、俺がいた頃から殆ど代わり映えしていない。
文明に縁のない魔族の服装が変わらないのはわかるが、人族も大して進歩していないのかもしれないな。
それにしても…… 目の前の人族共からは、明らかに『恐怖』と『憎悪』が混じった感情が感じられる。1人だけ『戸惑い』の感情を感じるが、他の3人は、俺に『強い敵意』を向けているのは間違いない。
まさか2千年も経っているのに、未だ魔族と人族は争っているのか?
そうであっても不思議ではないか…… あの文明の発達した地球の人族でさえ、いつの時代も戦争している。それも同じ人族同士でだ。
そう思うと、魔族と人族が2千年間争っていたとしても当然なのかもしれない。
人族に対する怒りの気持ちを失っている俺は、今更ムセリットの人族を滅ぼす気はないのだがな…… 面倒なことだが、折角俺がムセリットに戻ってきたんだ。
魔族と人族の争いが、如何に『無意味』で『無駄』であるかを教え、互いに干渉せず無益な争いの起こらない世界を作るしかない。
「止まりなさい! それ以上1歩でも動くなら、攻撃するわよ!」
仮面の1人は女か…… ほう! なかなか強い魔力を感じる。2千年前の人族に、これ程の魔力を持つ者はいなかったぞ。
「止まれ、と言ったでしょ!」
俺が更に1歩進んだ瞬間、女は魔法を撃ってきた。
これは――【メガフレア】か!?
まさか、火系上級魔法を無詠唱で撃てる人族がいようとは!?
◇ ◇ ◇
ドオオオーン!!
まさか、問答無用であんな魔法を撃つなんて!?
凄まじい爆風が発生して、撃った本人さえ後ろに飛ばされましたよ……
私は離れていたから、それほどの衝撃でもなかったけど、前にいた3人が私の側まで転げてきました。
あのマジシャンは本当に魔族だったの?
もしジョークだったとしたら、大変なことになったよ…… あのマジシャンは絶対に死……
「な、なんだと!?」
えっ!? 信じられない……
マジシャンが、何事もなかったかのように立っています。
「なかなかの威力だったぞ。だが、お前の魔法は俺の魔法で打ち消した」
マジシャンはそう言うと、仮面の女性が撃ったのと同じ魔法を、横方向に撃ちました。
ドオオオーン!!
あわわわ…… 横壁に大きく穴が開いたよ……
「嘘よ! 私の【メガフレア】を【メガフレア】で相殺したというの!?」
仮面の女性はトンでもない魔力を持っています。それを、あの一瞬で相殺させるなんて、このマジシャンの魔力は彼女と同等か、それ以上……
「メガフレア―― だと? 何を言っている? 今のは【メガフレア】ではない。只の初級魔法【火球】だ!」
【火球】ですって!?
し、信じられない…… 初級魔法で上級魔法を打ち消したなんて……
でも、今のセリフ――
「某漫画の大魔王のセリフみたい」
って、思わず呟いてしまいました。
その瞬間、マジシャンは私に視線を移し、私の方に向かってきます。
あれ? もしかして気に障ることを言いましたか?
そんなことないよね。『某漫画』なんて言っても、ムセリットの人に伝わる筈ないし。
でも、滅茶苦茶睨まれている。
攻撃したのは仮面の女性ですよ? 私、何もしてませんけど? それなのに――
なんで、私が怒りを買ってるの!?
戸惑う私の首に、マジシャンの手が伸びてきました!?
◇ ◇ ◇
「今のは【メガフレア】ではない。只の初級魔法【火球】だ!」
1度使ってみたかったセリフだ。まさか、ムセリットに戻ってきて早々に使う機会が来るとは!
俺はドヤ顔しながら仮面の女を見る。『悔しさ』と『畏怖』の感情が伝わってきた。
ここまでビビらせたら、俺と争う気も失くしただろう。後は、この人族共をここから追い払うだけだ。
その時、俺の耳に飛び込んできた言葉は、信じ難いものだった。
「某漫画の大魔王のセリフみたい」
どういうことだ? 何故、今のセリフが『某漫画の改変』だと知っている!?
その言葉を吐いた奴は―― ローブを着た男だ。
まさかコイツは!?
俺は男に近付き、首根っこを掴みながら
「キサマ、転生者―― か?」
耳元で小さく囁いた。
すると男は
「ち、違います……」
と言ったが、『転生者』の言葉を聞いた瞬間、男から『動揺』の感情が強く伝わってきた。
間違いない! この男は『転生者』だ!
俺はその瞬間、『あの男』のことを思い出した。俺を騙して、1度目の死に追いやった『あの転生者』―― ムセルのことを!
俺は、この時代の人族と争うつもりはなかった。
だが―― 人族の中に『転生者』がいるというのなら話は別だ!
転生者は変な悪知恵を持っている。放っておくのは危険だ。
コイツは、ここで始末しておく!