第101話 イリュージョンに感動しました
私が、砕け散る氷の柱の演出に目を奪われていると――
ドスン!
ひえっ!? 私の足元に、大きな氷の塊が突き刺さった!?
あと50cm前に立ってたら、頭に直撃していましたよ……
その後も、30cm以上はある大きな氷の塊が、次々と私の近くまで降り注いできます。1番氷の柱から離れている私でも危険なら、他の人はもっと心配です。
紫のヅラの人の考えた演出とはいえ、ちょっと危険すぎだよ!
もう少し、観客の安全を配慮しないとダメですよ!
後ろから他の皆さんの様子を見てみると、
仮面の女性は【風幕】で氷の塊を防いでいます―― って【風幕】であんな大きな氷の塊が防げるんですか!? やっぱりこの人の魔力はトンでもないです。
仮面の男性は、棒を使って氷の塊を弾き飛ばしています。この人は、見た目よりもずっとパワーがありますね。
隊長さんは、紫のヅラの人と一緒に石碑の後ろに避難しています。抜け目ないですね。
そういえば、氷の柱の後ろに、もう1人いた筈だけど……
あっ!? 降り注ぐ氷の塊の中に立っている人影が!?
早く助けなきゃ! と思ったのも束の間―― その人影は、氷の塊に飲み込まれて見えなくなりました。
あれじゃあ助からないよ……
犠牲者が出たというのに、紫のヅラの人のショーは続き、ついに氷の柱が完全に崩壊しました。そして、無数の色とりどりの魔法陣だけが浮かんでいます。
魔法陣は綺麗だけど、流石に犠牲者が出た後では、この幻想的な雰囲気を楽しめないよ……
紫のヅラの人は、このアクシデントをどう収めるつもりなの?
「なんだアレは!?」
「何か出てきたわ!?」
仮面の男性と女性の声につられて、崩壊した氷の柱の方を見ると、その中から現れたのは――
「棺桶?」
私はその棺桶を見て、紫のヅラの人のショーがどういうものなのか理解しました。
これは、チェリーさんが得意とした【脱出マジック】と同じ演出だよ!
脱出失敗!? と観客をハラハラさせた後で、チェリーさんが何事もなかったかのように他の場所から登場する―― というイリュージョンを、私は前世で何度も見ています。その中には、棺桶のような箱から出てきたこともありました。
ということは、さっき氷の塊の下敷きになったと思われた人は、あの棺桶の中に移動しているんだ!
まさかこんな迷宮の奥で、あのチェリーさんに匹敵するイリュージョンを見ることができるなんて!
でも、本当に成功するの? 心配だよ……
皆の目が棺桶に集中する。
すると、浮かんでいた魔法陣が次々と棺桶に吸い込まれていきます。
そして、とうとう最後の魔法陣が吸い込まれました……
魔法陣が全部消えて、部屋の中が真っ暗になった── と思った次の瞬間!?
棺桶が輝きだしました!
何が起こるんだろう? と全員が固唾を飲んで見守る中、
ボーン!
突然、弾かれたように棺桶の蓋が吹き飛んだよ!?
あっ! 棺桶から人の手が見える!
やっぱりだ! 死んだと思わせて、あの棺桶の中に一瞬で移動していたんだ!
私がこの素晴らしいイリュージョンに感動し、拍手を送ろうとしたそのとき!?
「俺の魂をここへ呼んだのはお前達か?」
棺桶の中から声が聞こえた!?
それは、静かで穏やかな声でした。
それなのに―― 私はその声を聞いた瞬間から身体が震え出し、拍手しようとした手も動かなくなりました。
せめて歓声だけでも送らないと! そう思って声を出そうとしたけど
「ぐぐぐ……」
うめき声のような声しか出ません。
私、どうしたの? 身体は動かないし声も出ないよ?
まさか、感動しすぎたせいで身体がおかしくなった?
生まれて初めて経験する奇妙な感覚。
そんな感覚に戸惑っているのは、私だけじゃないみたい……
仮面の男性も仮面の女性も隊長さんも、皆同じように「ぐぐぐ……」と苦しそうな声を出しています。
「おおおお…… この凄まじい魔気は!? ついに…… ついに!」
唯一人、紫のヅラの人だけが興奮の声を上げている── ショーの成功を確信して、興奮しているようです。
私の心臓は早鐘のように打ち、目に映る映像はまるでスローモーションのようにゆっくりと流れています。
今私の目には、棺桶の中から出てこようとする人影と、棺桶に近付いて行く、紫のヅラの人の姿が映っている……
これは!?
ショーのフィナーレですね!
◇ ◇ ◇
俺は今、俺の魂が『嘗ての自分の身体』に戻ったことを感じた。
正直、あのタイミングで魂を引き寄せられたのは腹が立つ。もう少しでゲームクリアだった…… 最後の敵『魔王』を倒してエンディングを見ることができたというのに!
とはいえ、俺が部下に指示しておいたことだから、怒るわけにもいかない。
目を開け周りを見る。俺がいるのは狭い箱の中のようだ…… 誰だ!? 俺をこんな所に閉じ込めたのは!?
そうだ、思い出した。俺自身の手で、魂を移すための身体を棺に入れて、氷の柱の中に保存しておいたのだった。
つまり、ここは棺の中だな。
出ようとして蓋を押したが、びくとも動かんぞ…… 結構頑丈に打ち付けたからな。
仕方ない。魔力を使ってみることにする。
この身体に魂が戻ったばかりのせいなのか、まだ魂と身体が馴染まず、感覚にズレを感じる。
こんな状態で、上手く魔力が扱えるだろうか? 不安を感じながらも、ほんの少し掌に魔力を集めてみた。
おっ!? 悪くない!
しっかりと魔力が集まってくるのが分かるぞ!
地球の俺の身体では、これくらいのこともできないほどMPが少なかったが、流石は元の俺の身体だ!
魔力を込めた掌で棺の蓋を押してみた。
ボーン!
思った以上に、勢いよく蓋が弾け飛んだ。
ん? 周りから人の気配……
俺を復活させるために、ここまで来てくれた部下連中だな。
ここは、魔王としての威厳を見せるためにも、それっぽい演出をすることにする。
「俺の魂をここへ呼んだのはお前達か?」
俺はそう言うと同時に【魔気】を放出した。
妖気では魔族相手の『威圧』にはあまり効果がないから、魔力を含んだ闘気=魔気を見せつけて、格の違いを思い知らせるのだ。
そして俺は、もったい付けてゆっくりと起き上がる。
そして、棺から出ると
「ここは、何処だ?」
分かっていながらも、ずっと眠っていたから忘れている、という体で質問する。
「はっ! ここはムセリット最大の迷宮の第100階層【王の間】の中にございます」
畏まった答えが返ってくる。
ウンウン、知ってた── が、お前誰だ?
まだ俺の感覚がおかしい。
目の前で俺に返答した男の髪が、ズレているように見える。
俺は周りを見渡して、目の状態を確認したが、特に異常はなさそうだ。
コイツの頭── ヅラだったのか。
「ところで、『将軍』達の姿が見えないが、どういうことだ?」
俺の部下の魔将軍四天王の姿がないことを、目の前のヅラ男に尋ねた。
「恐れながら、魔将軍は既に代替わりしております。私が現在の六将軍の1人── ズラーマンでございます」
『代替わり』だと? どういうことだ?
それに『四天王』から『六将軍』に増えているのもちょっと気になる。
「今は魔王暦何年だ?」
【魔王暦】とは俺が魔族を統一した記念に作った暦だ。
「今年は魔王暦1985年でございます」
1985年だと!?
俺が地球で目覚めたのは、ほんの3年前だぞ? まさか、ムセリットではそんなに時が経っていたとは……
それに俺は、この3年の間に人族への憎しみも薄れたし、今更ムセリットに戻ってきても、やることがない気がする……
はあ……
俺が大きな溜め息を吐いたとき
「お前は何者だ!?」
離れた所から声がした。
ん!?
何故、ここに人族がいるんだ?