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他が為が我が為(休載中)  作者: 朝日那日向
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第七話 心の闇と煌く光

 春の真ん中だというのに今夜はひどく冷える。


 桜の花びらが風にさらわれ、幹から旅立っていく。


 しかし、そんな風流を感じさせる夜道でも今の僕には風情を(たしな)む余裕など一切ない。


 目の前にあるのは、獣の皮を纏った死への現実味だけだ。


 血液が全身を巡っていくのを感じる。


 いつもより自分が呼吸していることを意識する。


 左手を地面につき、腕を軸に身体を捻ると後方へと走り出した。


 同時に背後では風切音が聞こえる。


 それだけではない。地を蹴りつける音と荒い吠声(ほえごえ)が僕を追い立てる。


『生きたい』その願いと共に湧き上がった恐怖が皮肉にも脚を(すく)ませる。


 ドッ……!!


 ひどく鈍い音がした。突然世界がゆっくりと流れ始める。


 徐々に傾いていく世界で、僕は腹部を殴られたのだと理解した。


 苔生(こけむ)した石壁へと叩きつけられる。


 情けない悲鳴が口を衝いて出た。


「はぁ……はっはっ……」


 肋骨が軋む痛みに耐えきれず、浅い呼吸を繰り返す。


 視界がだんだんとボヤけていく。


 後悔先に立たず……先刻身をもって体験したはずだ。


 胸を引き裂かれるような痛みに苦しみ、『世界で自分がもっとも不幸だ』と運命を呪った。


 それでも尚、またしても選択を間違えたのだ。


 いや……そもそも正解なんてどこにも無かったのかもしれないが。


 僕のような弱者には選ぶ権利すらきっとない。


 不意に笑みが溢れた。


 声にはならず鼻で笑った。


 そうしたら、笑っている自分が可笑しくなって、次は声に出して笑った。


 左の腹が笑う度にズキズキと痛んだ。


 ……狼は目の前だ。


 我に帰ったのは、その黒い獣が悲痛な叫び声をあげたからだ。


 僕と狼の間に割って入るように人影が飛び込んできた。


 街灯の灯りが眩しくて誰かを判断することはできない。


「大丈夫なの」


 その人は僕に問いかけた。


 声から察する限りでは女性だ。


 全身に黒い服を纏っていて、光に照らされていなければその存在を視認することすら難しい。


「はぁ……はぁ」


「やっぱり喋らなくていい、無理しないで」


「誰、です……か」


「!?……それは声で分かってほしいんだけど」


 肩を落とす彼女に声を精一杯振り絞って伝える。


「危ない、から逃げて」


「そんなわけにはいかないでしょ。助けに来たのよ?逃げるわけないでっ……きゃ!」


 前を見ていなかった女の子は狼の突進をすんでのところで()()()


「あっぶない!私まだ話してるじゃない!親に似てなんてなんて野蛮な……」


『もう怒った』そう残して走り出す。


 目の前の彼女は鈴香なのだと悟った時には、すでにそこにいなかった。


「ガルルァアアア!!」


 僕が狼の方を見る頃には狼が悲痛な叫びをあげ、全身を振るわせながら横転した。


 身体を構成しているものと同様の墨汁のような液体が額から噴き出している。


 狼の目の前に降り立った鈴香へと視線を移すと何かキラリと鈍く光るものを持っていることに気がついた。


 あれは、刀だ。主人の装いと同じく、(やいば)の先から柄頭(つかがしら)まで黒く、闇がカタチを成したようだ。


 美しく緩やかな曲線を描く刀身が月明かりに照らされて煌めいている。


 瞬いた次の瞬間には鈴香はそこにおらず、ただ狼の身体に傷が増えていくばかりだ。


 耐えきれなくなったのか勝負に出るつもりなのか、大きく一声鳴いて狼は空中へと跳躍した。


 大型車のようなその巨体を(ひね)り、地面に立つ鈴香へ狙いを定めると勢いよく襲い掛かった。


「ふぅ、思ったよりよくやったわ。褒めてあげる」


 鈴香は刀を左腰に付けた鞘へと収めると腰を落とす。


 敵が迫っているなどとは微塵も思わせない落ち着き払った態度で深く息を吐いた。


「居合抜刀術、三日月」


 音はなかった。


 耳へと微かに届いていた虫たちの声も風に(そよ)ぐ若葉の葉ですら、その刹那の中では沈黙した。


 あまりにも永く感じた静寂は、狼が地面に打ち当たったことで破られた。


 ()()()()と耳障りな音をたてたその身体は文字通り真っ二つに割れている。


 動かなくなった黒狼はその後も鳴き声一つあげることなく、灰を立ち上らせたかと思うとやがて霧散した。






ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

ようやく物語始まって初めての戦闘でした。本当にお待たせ致しました……。


今年も楽しんで頂けるように頑張りたいと思いますので、よろしくお願い致します!


Twitter始めました!もしよければフォローして頂けると幸いです(。-_-。)


https://twitter.com/LAKU_SMiLE

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