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他が為が我が為(休載中)  作者: 朝日那日向
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第一話 終わり始まり

 僕の名前は佐久間翼。


 この春から東京の高校に通いだしたごく普通の高校生だ。


 いきなり自慢のようになってしまって大変恐縮なのだが、僕には幼馴染がいる。


 といってもここで話したい人は同い年ではない。


 隣の家に住む二つ上のお姉さんだ。


 とても面倒見がよく、なにより底抜けに優しかった。


 小さい頃なんかは特によく遊んでもらったものだ。


 笑うだけで僕を幸せにしてしまう、そんな人だ。


 実はなんて隠すほどの事でもないのだけれど、僕は彼女に憧れていた。


 この人を自分がしてもらっているように幸せにしたいなんて幼心に、一丁前に思っていた。


 まだ一度も本気にしては貰えていないが『お嫁さんになって』などと何度もプロポーズしている。


 そんな思い出はさておき、ここのところやけに外が騒がしい。


 頭に赤いランプが付いていたり、黒塗りだったりする車が何台も家の前に止まっては移動してを繰り返している。


 度々家を訪れるスーツを着た男たちを母が対応しているのをみた。


 最近の新聞屋は整った身だしなみをしているのだな

 と思う。 


 営業職は第一印象が大事だと聞いたことがあるので納得だ。


 家にいても落ち着けそうもないので、コンビニにでも行こうかと支度をする。


 着替えることもせず、部屋着のまま上着を羽織るだけにとどめ、玄関へと向かう。


 リビングにいた母がすごい形相で何か言っていたが、構わず外へ出た。


 待っていたのは視界を埋め尽くすほどの人集りだった。


 携帯をいじっていたり、複数で話をしていた人たちは僕を見るなり、こぞって押し寄せて来た。


 スーツを着た男の人が必死に抑えようとしてくれていたみたいだが無駄だった。


 無神経で無遠慮な光と言葉が僕を包んでいく。


 どこか抜けられる隙間はないかとどこか他人事の僕の耳に一人の女性の声が聞こえた。


 その言葉は喧騒の中で恐ろしいほどはっきりと僕の耳から心へと容赦なく突き刺さった。


「亡くなった朝露志帆さんはどんな方でした

 か?」


 少し時が止まったような感覚の後、僕の中でその時何かが決壊した。


 僕をかばう僕が。


 あるいは夢へ旅に出ていた自分自身が帰ってきたとも言えるかもしれない。


 志帆さんは、僕の憧れの人は死んでしまった。

 

 殺されてしまったのだ。


 血の繋がりある彼女の父親によって。


 高校最後の思い出をつくるんだってあんなに張り切っていたのに。


 誤魔化してきた事実の認知と共に感情が心を満たしていく。


 目の前の記者たちへ、彼女を殺した父親へ、なにより自分自身へ向けられたそれは飽和し、傷口から溢れ出す。


 怒りだ。


 堪えようのない、吐き気を引き起こすほどの怒り。


 言葉にならない想いを叫ぶとなりふり構わず飛び出した。


 途中襟を掴まれた上着は脱ぎ捨てた。


 もうできないのだ。


 彼女と結婚することも遊ぶことも、笑い合うことさえ。


 気付いてあげることも何も、助けるどころか悩みを聞くことも……彼女の事を想っていながら、結局何一つできなかった自分が情けなくて恨めしい。


 苦しい。


 息苦しい。


 生き苦しい。


 ……どこをどう走ったかはわからない。


 気づくと近くの川の橋のところへ来ていた。


 よく通ったことのある橋だ。


 見間違えるはずはない。


 けれど、どこか違う。


 何かが違う。


 本当に僕の知っている橋だろうか。 


 ここは僕がずっと住んできた世界なのか。


 泣き喚きたいのか、怒りに任せて周囲に当り散らしたいのかもわからない。


 僕は何がしたいんだ。なんでここで生きてるんだ……


 いっそ死んでしまえばまた会えるんじゃないだろうか。


 橋の下に目をやると水が流れていた。


 澄んでいる上に浅いため底に転がる石や砂を見ることができた。


 ここから十メートルといったところだろうか。


 頭から落ちればまず助からない。


 楽しかった日々を思い出していた。


 記憶の中で彼女はいつも笑っていた。


 もう一度笑ってほしい。


 もう一度……もう一度!


 手すりに手をかけるとよじ登ってに上に立つ。


 暖かな春風が頬に触れては吹き抜けていく。


 目を閉じ、体重を前に預けようとした時だった。


「ちょっと、アンタ!」


 こんな場面に不意に出くわしてしまった人は、大抵慌てて呼び止めるものだと思うのだが、その声はどこか苛立ちの色を帯びていた。


 その声音に思わず振り向くと、そこには女の子が一人立っていた。


 太陽の光を可視化したような金髪。


 前は三本のピンで留めてあるが、後ろはくるりと外に向かって跳ねている。


 見開かれ、さらに大きくなった真紅の瞳。


 小ぶりだが存在感のある鼻や唇。


 胸は控えめだけれど、見るものに綺麗だと思わせるバランスの良い姿。


 纏った雰囲気とは裏腹に可愛い印象を受けるのは、きっと彼女の整った顔立ちとスタイルのせいだろう。


 そんな優れた容姿に目が釘付けにならなかったのは、彼女の着ている服が全身真っ黒だったからだ。


 雲ひとつない快晴が広がる午後において、彼女は明らかに異様で、異質だった。


 それはまるで……


「死神……」


 素直な言葉が口を突いて出る。


 聞こえたのだろう女の子は少し手の甲で目を擦ったあと、鼻で笑った。


「違うけど、ある意味正解ね」



 翼が口を挟む間も無く、女の子は腰から何かを取り出すと言い放った。


「もう大丈夫……今のアンタは私がぶっ殺す!」






ここまで読んで下さりありがとうございますっ!

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