二つの世界を旅する者
これは趣味で作った作品です。着想がありきたりでしょう?
なろうビギナーなので、文章のつたなさやガバガバ設定や『パクってんじゃね?』ってとこも見られるかと思いますが、読んでいただけると幸いです。
私達の暮らす、平凡な世界の裏側に、もしもう一つの世界があったなら。魔法があって、魔物がいて、勇者がいる。そんな夢の世界があったなら。
外からの賊や魔物の侵入を防ぐために造られた、町を囲う分厚い防壁。外からの脅威とは疎遠である筈のその町は、暴れだしたペットの魔獣に騒いでいた。
「貴族のペットが暴れだした!」
「アイアンブルだ!逃げろ!」
恐怖に戸惑う人の波は南から北へと流れていく。魔獣から一歩でも離れたところへと、一秒でも早く、と。
しかしそんな人混みの中に、人々が逃げるのとは反対方向に進む少年の姿が、一つ。少年は握った拳に炎を纏わせて、暴れ狂う牛に恐れず近づいていく。
興奮している牛の魔物は、血走った目の端に少年の姿を留めた。白い髪をした中背の少年。魔物を見据える眼はやんちゃに輝いており、握った拳は好戦的に燃えている。
ブロォォォ!!
魔物は狂った唸り声を上げて、勢い任せで少年に突進してくる。少年は応戦するように、大きく拳を振りかぶった。
「もえちぎれ!」
少年の名はホムラ・キダイ。この世界にいる、数少ない『勇者候補』の一人である。
放課を告げるチャイムと同時に、学校は一気に騒がしくなる。ざわつく教室の隅で、二年生の桜田勇人は颯爽と帰ろうとしていた。
「勇人。一緒にかえろうぜ」
勇人はその声の方を振り返る。声をかけてきたのは親友の太田秋也。勇人と同じ帰宅部で、近所に住んでいることから小学校から一緒の仲だ。
「ん。行くか」
黒縁のメガネ越しに秋也を見てそう返すと、椅子から腰を上げカバンを肩にかける。
二人は家から学校までが近いので歩いて帰る。新学期の始まって間もない、初々しい春の日差しが肌に心地良い。自販機でそれぞれ飲み物を買って、話しながら歩く。
「そういえば、新入生にめっちゃ可愛い子がいるらしいぜ」
二人が河原に差し掛かった頃合いに、秋也はそんな話題を出してきた。
「噂になってたな。成績もかなり優秀らしいな」
勇人達の通う蛍里高校は、馬鹿高ではないが進学校でもない。その少女は近くにある進学校の黒翔高校ではなく、敢えてこっちを選んだという。蛍里には特殊な部活があるわけでもないのに、余程の理由があったのだろうか。
秋也は残念そうにうなだれる。
「あーあ、クラスに美女がいるなんて羨ましいぜ全く。俺らのクラスは大して可愛い人居ねえしよぉ」
秋也は落ちてる石ころを拾うと川に投げ入れる。バッサリと言ってしまうのは秋也の美点であり、欠点でもある。
そんな会話をしていると、橋の上で何やら揉めているのが目に入った。声は聞こえないけれど、同じ高校の女子生徒が他校の男子集団に囲まれているようだ。
「おい秋也。アレ見ろよ」
「ん?...おお!まるで漫画のような展開じゃねえか!あれで美女なら完璧だな!よし、見に行って美女なら助けよう。」
「美女じゃなくても助けるべきだろ」
二人は来た道を戻って橋に行く。
「なあお嬢ちゃん。俺らと遊ばねえか?」
「うお、こりゃ上玉だな」
「なな、先っぽだけでいいからさ!」
少女は帰り道に、三人組の知らない高校生に突然絡まれた。この辺で治安が悪いと噂される高校の制服を着ている。
(こういうときどうすれば良いんだろう...)
「あの、お断りさせていただきます」
少女は軽い会釈をしてその場を去ろうとする。しかし物事はそう簡単にはいかず、少女はガタイのいいリーダーらしい男に腕を掴まれる。
「まあそんなこと言わずにさ。ゲーセンで遊ぶだけだからよ。」
そう言って男は少女の体をベタベタと触る。明らかにゲーセンで終わる様子はない。
(気持ち悪い...近道してこんな橋通るんじゃなかった。ここは嘘ついてでも切り抜けるか。)
「彼氏がいるので、そういうのはちょっと...。」
「へえ。彼氏君より俺らのほうが楽しい事に慣れてると思うぜ?」
「お父さんが警察官なので、訴えますよ」
「別にいいぜ?じゃあ、遊ぼっか」
「えっと、その...」
どうしたものか。携帯はカバンの中ですぐに取り出せないから警察も呼べない。この橋はこういう強姦やらカツアゲやらが行われる事が多く関わりたくないから通る人が少ない。近くに人がいればいいのだが...。
「おぉ!勇人!美女だ!」
「今は関係ねえだろ」
居た。同じ高校の男子生徒が二人。そのうち一人はいやらしい目をしているけれど。
(あの人の名前が勇人?でいいのかな?)
少女は男の手を必死に振り払って勇人の腕に抱きつく。
「ゆう君!助けて!」
いきなりの事に勇人は驚いている。その隣にいる秋也は勇人を般若のような形相で見ている。
「...あ、うん。おけ。」
勇人はそう言うと、動揺を隠し男達と距離を取る。同時に秋也とも距離を取る。
男の三人組は勇人を睨むと、手に持っているカバンをおろして腕をポキポキと鳴らす。
「おお。坊主が彼氏君か。なあ、ちょっとだけでいいからさ。その娘を俺達に貸してくんねえか?」
「嫌だね。えっと...」
勇人は小声で少女に問う。
「名前なんていうの?」
「真冬っていいます」
それを聞くと、勇人はすぐさま表情を改める。
「...真冬は誰にも渡さない」
「上等だ殺ってやる。」
「秋也、それは敵陣のセリフだ」
三人組は手際よく移動して勇人達を囲む。こういう荒事には慣れてるようだ。
「守ってみろよクソガキがぁっ!」
殴りかかってきたリーダーらしい男を、勇人は上手くいなす。
「...おー。ガキのくせに悪くねえ動きするなぁ。おい!お前らはそっちをやれ!コイツは俺がやる。」
「了解!」
男は間髪入れずに殴りかかってくる。勇人は極力それをかわしたりいなしたりする。
「守るのは上手いな!だがいつまで持つかなぁ!」
勇人は殴られてジリジリと後退していく。
「そろそろいいかぁ?」
ただ殴るのが飽きたのか、男は懐からナイフを取り出した。男はそれを、勇人の腹部に勢い良く突き刺す。
「そろそろいいか。」
後方で、秋也が二人のうち一人を倒し終えたようだ。時間稼ぎはもういい。勇人は、刃先が届くよりも速く男の手を思いっ切り蹴り上げた。
続いて勇人は、驚いている男の腕を掴んで投げる。そして仰向けに地面に打ち付けられた男のみぞおちに、振りかぶった拳を入れる。
男が自分のピンチに気づいたのは、そうやって全身に痛みが走った後であった。
「クハッ...嘘だろ...」
男はその場で意識を失った。勇人が振り向くと、どうやら秋也も二人目を片付け終えたところらしい。
「おっし終わった!勇人、時間稼ぎおつかれ!あとは俺に任せて...ん?お前が倒したの?」
「まさか、三人ともお前がやるつもりだったのか?」
中学時代の喧嘩番長とはいえ、流石に三人の相手は無理だ。二人と戦い終えた今も大分疲れているように見える。
「勇人お前...いつの間に喧嘩慣れしたんだ。」
「こちとら貴族のアイアンブルも倒してんだ。不良にゃ負けねえよ」
「あ?アイアンブル?」
「...いや、何でもねえ。ゲームの話だ。」
唐突にゲームの話をして、秋也には変な目で見られる。秋也の後ろにいる真冬という少女には純粋に驚いたような目で見られる。恥ずかしい。
間もなく真冬はハッと思い出したように、勇人と秋也の前に立ってお辞儀する。
「あの、助けていただきありがとうございました!唐突に彼氏役までお願いしてしまって...すいませんでした!」
しきりに謝る少女を許さないなんていうことは無い。結果的に大事に至らなかったのだから特に気にすることは無い。
「ハッハッハ!良かったじゃないか勇人!一瞬とはいえ美女の彼氏になれたんだ。むしろ嬉しいだろ?」
秋也の眼はイエス以外の返答を許してくれそうにない。嫉妬心全開だ。
「まったくもってその通りです。」
真冬は二人のやり取りにクスッと笑う。
「あの、何かお礼がしたいのですが...ほしいものとかありますか?」
その提案は危険だ。秋也は水を得た魚のようにイケメン面をする。
「もし何でもいいのなら、君のパンtごががごごぉ!」
勇人は秋也の口にペットボトルのミネラルウォーターを流し込む。買っておいて良かった。
「えっと、なんて言いましたか?よく聞き取れなくて...」
秋也がこれ以上変な事を言わないうちに、勇人は話をまとめる。
「何もいらないよ!大丈夫!」
「いいえ。それでは私の気が済みません!」
案外この子は頑なそうだ。何もいらないでは回答として不満らしい。
「うーん。じゃあ、コンビニで肉まん買って欲しいな!それならいい?」
そう答えると、真冬は嬉しそうに頷く。
「はい!喜んで!」
三人は近くのコンビニに寄った。勇人と秋也は外で真冬を待っている。
「あのさ勇人。俺、十分な報酬をもらった気がするんだ。美少女の笑顔っていう、お金じゃ買えない宝物をね」
「お、いいこと言うじゃん。パンツ見せてって言おうとしたやつの発言とは思えないな」
「なに言ってんだ。見せてだなんて言ってねえだろ。吸いたいって言ったんだ」
「なおさら酷えや」
そんな会話をしているうちに、真冬が両手に肉まんを持って帰ってきた。
「おまたせしました!」
すると秋也がまっ先に反応する。肉まんは秋也の大好物だ。
「おかえり!いやー奢らせちゃって悪いね!」
「いえいえ、お礼ですよ」
真冬は秋也に一つ渡して、それから勇人にも渡す。しかし、何故か真冬の手元には肉まんがまだ一つ残っている。
「あれ?三つ買ってきたの?」
勇人の指摘に真冬はエヘヘと笑う。
「美味しそうだったので」
そう言って肉まんにかじりつく真冬を、秋也はニヤニヤして眺めている。はたからみて気持ち悪い。
三人は肉まんを食べながら歩き、偶然にも同じ帰路をたどる。その間会話はあるものの、殆どは秋也と真冬のものだ。
「真冬ちゃんはさ!一年生なの?」
「はい。あ、そういえば正式に自己紹介してなかったですね。改めまして、蛍里高校一年生の榊真冬です。えっと、お二人は先輩ですよね?」
「おう!俺は二年の太田秋也。コイツは同じクラスの桜田勇人。よろしく!」
「よろしくお願いします!先輩!」
帰宅部だから先輩と呼ばれることはまず無いのだが、呼ばれてみると新鮮なものだ。すこし照れくさい。
しかしながら今日のように不良に絡まれるとあっては、この帰り道はもう使わないほうが良いだろう。勇人と秋也はまだしも、真冬には危険だ。もう一緒に帰ることも無いだろう。
勇人は少し気になって聞いてみる。
「それにしても真冬ちゃんはどこに住んでるの?」
「おい勇人。そういうセクハラはやめとけってこのムッツリスケベ」
「そういうのじゃねえよ。帰り道が一緒なのに、真冬ちゃんとは初めて合うからさ。」
「実はですね。私、アパートに引っ越してきたばかりなんですよ。」
つまり、彼女は高校に通うために一人暮らしをしているわけだ。
「へえ。なんでわざわざ?」
「んー...まあ、家庭の事情ですね。早く一人暮らしに慣れておきたいので。蛍里高校を選んだのは、友達に誘われたからですかね」
追求するべきことじゃ無かったようだ。真冬は少し淋しげな笑みを浮かべる。秋也に肘でつつかれたが、何も言い返すことは出来なかった。
少しすると、三人の帰路は分岐点に達した。
「先輩!今日はお世話になりました!」
真冬は深くお辞儀して、駆け足で去っていく。
真冬の背中が曲がり角で消えたのを見届けて、勇人と秋也はまた歩き出す。
「いやぁ、今日はラッキーだ!あんな可愛い女の子と仲良くなれるなんてな!な、彼氏君!」
茶化すように、けれど強めに肩を叩かれ前のめりになる。
「まあ、一瞬でも美女の彼氏面できたのは楽しかったよ。俺には勿体無いくらいだ」
「はぁ。勇人には夢ってもんがねえな。これから先どんな女を孕ませれるかなんて誰にも分かんねえのに」
「ん。自重しろ。」
秋也はため息をつくと、すこしづつ橙色に変わり始めた空をじっと見つめた。
「勇人」
「なんだ?」
秋也は勇人の方に首を回すと、ニカッと笑いかけた。勇人によく見せる笑いだ。
「青春してえな!」
秋也はこのセリフを中学時代から使っている。いつも通りのセリフだ。
「そうだな」
二人はそれから他愛もない談笑をかわして別れる。しかし別れたあとは数十秒もすれば家に着く。二人の家には数件分の距離しかない。
「ただいま」
勇人は玄関で靴を脱ぐと手を洗い、夕食の準備にかかる。勇人は父と母と弟の四人で暮らしており、食事当番は勇人だ。
キッチンでの物音を察して、二階から弟が降りてくる。
「兄さんおかえり!遅かったね。今日の飯は?」
「魚。」
「肉が良い」
「あきらめろ」
弟の優希は中学生で、勇人と同様に帰宅部。勇人にすれば、ワガママだが兄想いの良い弟だ。
優希は料理は全くできないので基本ノータッチ。料理ができるまでソファに寝転がってテレビを見ている。一方勇人はキッチンで夕食の汁物を悩んでいる。
(スープにするか味噌汁にするか...。にしても暑いな。もう春なのにまだ暖房つけてんのか)
暑苦しくて、勇人はその場で学ランを脱いだ。するとポケットから、見覚えのない三つ折りの紙が落ちてくる。
「なんだこれ?」
勇人はその紙を拾い上げて、内側に書かれた文字を読む。
『朝の8時 マリガ公園の秘晶塔』
「!?」
マリガ公園の秘晶塔。この言葉は勇人にしかわからないはずのものだ。
秘晶塔とは、世界の様々な場所に200本近く生えている、地面から突き出た謎の塔の事。どんな衝撃でも破壊できず、地面を掘っても根本が見えない。見た目は透き通っており、水晶のようであることからそう名付けられた。実は勇人達の住む町にも一本生えている。
しかし、『マリガ公園の秘晶塔』とは、この世界に確認されている200本のどれにも該当しないものを指す。
この塔のある場所は、勇人の知るもう一つの別世界だ。
「...確認しに行くか」
勇人は紙を丁寧にたたんでポケットにしまうと、またスープか味噌汁かで悩みだした。
時計の針が刻々と進んでいく。勇人は自分の部屋で学校の課題を進めながら、9時になるのを待っていた。
(そろそろか...)
勇人はシャーペンを机に置いて深呼吸する。
待ちわびた瞬間は訪れた。勇人は体が浮くような感覚に陥る。そして次の瞬間には、体が重さを取り戻したように感じる。
次の瞬間、勇人はもう別の世界に居た。肉体そのものが別の一人の少年、『ホムラ・キダイ』として。
彼の魂は24時間ごとに二つの世界を行き来する。一つの世界において勇人はホムラであり、もう一つの世界においてホムラは勇人である。勇人は夜9時に目覚め、次の夜9時に眠る。ホムラは午後7時に目覚め、次の午後7時に眠る。これは、一人の少年の魂の物語。
ホムラは暗い洞窟の中で、一人岩陰に潜んでいた。ある貴族のペットであるアイアンブルを仕留めてしまい、『代わりになるペットの魔獣を捉えてこい』と、司令を下されたのだった。
(ひでえ話だよな。暴れさせた方が悪いってのに)
腰から下げた懐中時計は午後の7時近くを指している。アイアンブルを倒したのは午前の話。命令を下されてから約8時間が経過したことになる。
(午前8時にマリガ公園だったっけか?捕まえた後に行けばちょうどいいか)
ホムラは近くで足音がしたのを聞くと、静かに炎を両手に灯した。
翌朝、ホムラは早めにマリガ公園に到着した。彼にしてみれば自分が数十分待つことくらい、人を待たせるよりは気が軽い。
(思ったよりも早く終わったな。炎を上手く使える様になってきてるってことか)
ホムラは、左手の中指に通した赤い宝石のはめられた指輪を何となく眺める。
この指輪は、世間一般で『勇者の証』と呼ばれているものだ。勇者の証に認められた者は『勇者候補』と呼ばれ、証と魔力を共鳴させて強力な魔法を使えるようになる。例えばホムラは『炎』の証に認められて、強大な炎の魔法を使うことができる。
「すいません。ここで待ち合わせをしておられる方でしょうか?」
ぼんやりしていると声をかけられ、ホムラはその声の主を見上げる。声の主は身なりのキチッとした執事のような男だった。スーツの下には鍛えられて引き締まった肉体が見てとれる。
「アンタが俺を呼び出した人?」
「いいえ、私は付き添いの者にございます。お嬢様ももうすぐいらっしゃいます」
男の言葉から察するに、ホムラはどこかのお嬢様に手紙をもらったらしい。しかしこの男のスーツ姿はどこか見覚えがある。
男は名刺を差し出して来た。そこには、『タミア家執事 ロウ』とある
「タミア家...」
名刺に目を落としている間に、正面から下駄の音が聞こえてくる。
カタン、コトンと一定の歩調でこちらに来る『お嬢様』へと、ホムラはゆっくりと目を合わせた。
「アイアンブルを飼ってた貴族か...」
ホムラの正面に立った少女は、黒い長髪に桃色の花飾りをつけ、着物を身にまとうという、この世界では中々見かけない格好をしていた。顔立ちは整っており、いかにもな和風美人を匂わせている。
ホムラはタミア家という事に驚いたが、ロウは気にせず少女を紹介する。
「こちらはタミア家次女のミゾレ様にございます。貴方を『別世界』で呼び出された方です。」
ホムラはその言葉に何も返せなかった。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだと痛感した。
ホムラは24時間毎に2つの世界を行き来する。今まで、それができるのは自分だけだと思っていた。
ミゾレは涼しげな表情でホムラを見ている。
「あれは何ですか?」
鈴の音のようなきれいな声だ。ホムラはミゾレの質問が背後の荷物を指していると気づくと、慌てて答える。
「あ、アレはブラックリザードです。先日古竜の洞窟で捕獲できた魔物の中で、最も大きく凶暴な魔物です」
「...ああ、ペットの件ですか」
自分の家の事のくせに忘れていたようだ。ホムラは少しムカついて、強引にその想いを押し込める。
しかしその後にミゾレが取った行動は、『頭を下げる』だった。
「ご迷惑をおかけしてすいません。勇人先輩」
意外な行動にたじろいで、ホムラは肩をビクつかせる。
(どういうことだ?この子はペットに執着が無いのか?確か司令を受けたときは、『タミア家は全員アナタを恨んでいる』と言われたのだが...っていうか、今勇人先輩って言ったよな!?)
頭を下げたミゾレをロウがなだめる。
「ミゾレ様の謝る事ではございません。それもこれもあのクソ...現当主であられるザイノ氏の責任にございます」
ザイノの事は知っている。他でもないホムラにペットの捕獲を命じた人物だ。
ロウからフォローを受けても、ミゾレは中々頭を上げない。ホムラはポリポリと頭をかく。
「もう終わったことだし、気にしないでくれ。えっと...真冬ちゃんだよね?」
そう言うとロウは素早くホムラの発言に噛み付いた。
「貴様!お嬢様にタメ口とは、頭が高いぞ!」
しかしミゾレはロウを手で制して、ホムラとしっかり向き合う。
「はい、真冬です。ここではミゾレですが」
「おお...なんつーか、キャラ違うな」
今のミゾレは完全にお嬢様のようだ。女子高生の、愛嬌あふれる真冬とはかなり違う。
ミゾレはそう言われると少しムッとしたように眉を寄せる。
「逆に先輩はあまり変わらないですね。せっかくの異世界なんですから、イメチェンして生きてみたいじゃないですか」
ミゾレの場合はお嬢様ゆえの拘束もあるから、特に変化が激しいのだろう。
話の流れについていけないロウは困惑した様子で二人のやり取りを見ている。しかし間もなく状況を把握し終えたらしく、後ろに下がって待機する。
ホムラはミゾレに疑問を投げかける。
「俺にはよくわかんないんだけど、2つの世界を行き来できる奴って結構いるものなのか?」
ミゾレは小首を傾げてそれに答える。
「勇者候補なら皆そうですよ?そんなに多くの人ができるわけでは無いです。っていうか、これって一般常識...」
「あー、アレだろアレ。ど忘れしてたわ。オッケー今思い出した」
すごく恥ずかしい。知らなかったとは意地でも言いたくない。バレてるだろうけど。
ホムラは話題を切り替える。
「それにしても、真冬ちゃんも勇者候補だったとはね。驚きだよ」
「私も驚きました。先輩がアイアンブルの話題を出してくれなかったら気づきませんでした」
ホムラが思わず口走ったワードで判断したようだ。偶然の幸いだった。
「それに、まさかうちのペットを倒したのが先輩だなんて...紙に書いた『マリガ公園』についても知ってますし、案外近くに住んでるんですね」
「いや、この町には旅の途中で立ち寄っただけなんだ。本当に、偶然に偶然が重なったんだと思うよ」
ミゾレは一度咳払いをすると、真剣な目でホムラを見る。
「先輩。私がわざわざ先輩を呼び出したのは、ある交渉がしたかったからなんです」
確かに、もしホムラが勇者候補であると分かったとしても、わざわざ呼び出す必要は無い。何らかの目的がある事は予想していた。
「私と、パーティを組みませんか?」
ミゾレは右手の中指に通した、水色の宝石がはめ込まれた指輪を見せる。それを見て、ホムラも自分の勇者の証を見せる。
「私の勇者の証は『氷』です」
「...俺は、『炎』だ」
「先輩も知っていると思いますが、勇者候補は強大な力を持っています。もし勇者候補である私達が組めば、大きな活躍が出来ると思うんです。例えば...最近話題の、魔王軍退治とか」
すると、後ろで話を聞いていたロウが話に割って入ってくる。
「お嬢様!勝手が過ぎますぞ!いくら当主がクソとはいえ、パーティを組むには許可が必要でございます!」
「あのクソが聞き入れてくれるわけないじゃないですか!自分の事しか頭になくて、私の願いなんて聞いてくれた試しがありません!」
タミア家現当主には大分ヘイトが溜まっているらしい。二人の言い合いにホムラは少し萎縮する。
「話を通すべきです!」
「嫌です!邪魔しないでください!」
「タミア家のしきたりを忘れないでくださいませ!」
「あー、もう!先輩はどう思いますか!」
二人の会話の流れで唐突に話を振られ、ホムラは困惑する。こういう判断は他人に任せちゃいけない気がする。
しかし話は聞いていたので、ちゃんと考えることはできる。
「俺はパーティ組んでも良いけど、どちらにせよ相談はするべきだと思う。家にいる限り、しきたりは守らないと」
「...そうですか。分かりました」
ミゾレは呆気なく折れてくれた。そう思ったロウはそっと胸をなでおろす。しかし、ミゾレの次の一言は、ロウの安心を一掃するものだった。
「それでは、私は家を出ます。」
あまりにも唐突。ホムラもロウも思考を寸断されて、咄嗟には何も言えなかった。
少し遅れて思考が追いついて、ロウは失神した。年寄りの身体には衝撃の大きい一言だった。ホムラは未だに開いた口が塞がらない。
ホムラの事はそっちのけで、ミゾレはロウの肩を担いで希少塔に寄りかからせる。それが終わる頃には、ホムラもまともに口を聞けるようになった。
「どういうことだ?」
神妙なホムラに対し、ミゾレはとぼけた顔で答える。
「どうもこうも、そのままの意味です。家出してパーティを組むんです」
話を聞き入れてくれない、信頼に欠ける当主。この事態の原因はそこにある。正直呆れる。
「はぁ...別に構わねえけどよ。そしたら、俺とお前で二人旅ってことか?」
「そういう事です。先輩は私の事を襲ったりしませんよね?不良みたいに。」
たしかにホムラには襲う気は無いが、問題はそこじゃない。だがこれ以上もめたところで話ははぐらかされるだろう。今は、こうなった現状でいかに行動するかを考えるべきだ。
「ま、いいか。真冬ちゃん。俺は、この世界をもっと見たくて旅をしている。だから、旅の進路は俺が決める。良い?」
「つまり、一緒に旅してオッケーってことですね?分かりました、行きましょう!」
ミゾレは貴族らしさを捨てた、おてんばな笑顔を見せた。ホムラもそれには笑顔で応える。
二人は目的も漠然としたまま、北へと足を進めていく。タミア家の追手が来てしまわないうちに。
書いてみたものの、出来上がると満足いかないところが多々でてきます。
物語のスムーズな進行。しかし文章が平坦でなく、緩急のある表現。難しいです。
この物語は思いつきで書いたところはあるけれど、なんとしても完結させたいです。
また、作者は性癖を開放した別作品も書いていますが、キャラが違うことには触れないで下さい。