間違い嫁探し
ある日の夜。
仕事を終えて、一戸建ての自宅に帰宅すると、リビングで待っていた嫁にそこそこ重大な告白をされた。
「実はね、私は三つ子なの」
それは結婚して、八年目の春のことだった。
俺は今まで嫁のことを、死別した母子家庭で育った一人っ子だと思っていた。婚約した時期に嫁からそう聞かされていたのだ。
しかし実際は一卵性姉妹の末っ子のようで、両親は一度もあの世へ逝ったことはなく、今も一緒に暮らしているという。
数年間もその事実を隠していた嫁は、はじめて俺に素性を知られて恥ずかしかったのか、身体をモジモジと動かしていた。
でも、なぜこのタイミングで真実を打ち明けようとしたのかはわからない。もしかしたら、うちの嫁は他人より少しずれたところがあるのかもしれなかった。
そのとき、突然リビングのドアが開いた。
振り向くと、嫁と全く同じ顔をした女性が二人そこに立っていた。どうやら、その二人が俺の嫁の姉妹らしい。
俺は初対面だった。
「ど、どうも……」
とりあえず挨拶をしようとしたら、突然、女性たちはグルグルと回りだした。まるで社交ダンスをするかのように、リビングの広さを利用して一人ずつターンを繰り返している。
気がついたら、さっきまで俺と話をしていた嫁まで一緒になって回っていた。何が何だかわからずに、その光景をただ眺めていたら、そのうち俺の目まで回ってきた。
「さて、どれが本物のあなたの嫁でしょうか?」
目がおかしくなっていた俺に、嫁は突然クイズを出してきた。
いや、それは嫁が喋った訳ではないのかもしれない。いつのまにか横一列に並んでいた女性たちの一番右側に立っていた人物が喋っていた。
俺は目をしばたたいて、目の前に立つ女性たちを眺めた。
三人は同じ顔と服装をしていて、区別がつかなかった。おまけに容姿だけではなく声までそっくりだ。正直、どの人が俺の嫁であるのか全くわからない。
「私を愛してるなら、どれが本物かわかって当然よね?」
近くにいた嫁が言った。
いや、その人も嫁じゃないのかもしれない。今度は一番左側に立っていた女性が喋っていた。
その台詞は、もしかすると事前に用意されていたものだったのかもしれない。三人の女性は、イタズラに使命を燃やす子どものような目で俺を見つめていた。
「えーっと……」
言葉に詰まった俺の顔に汗が吹き出てきた。
嫁……いや、嫁たちは、期待が膨らんだような目つきに変わる。そのせいで、俺はますます緊張してきた。
もし、ここで本物の嫁を当てることができなければ、きっと後で大変なことになるのだろう。嫉妬深い嫁のことだから、たぶん数週間は口を利いてくれなくなるに違いない。
「あ」
そのとき俺は、あることを思い出した。
それは、嫁のひねくれた性格についてだった。
俺の嫁は、三度の飯よりもクイズを出題することが好きな女性だが、そう簡単な正解を用意するほど優しい人ではなかった。嫁は、思わず俺が誤答してしまうような、ひっかけ問題を出すことに喜びを見出だす人なのだ。
そのことに気づいた俺は、一旦リビングを出て、二階の寝室へと向かった。
寝室に入ると、俺は真っ先にクローゼットを開ける。
すると、そこには一人の女性が窮屈そうに身体を縮めて立っていた。
ばつの悪そうな目で俺を見上げてきたのは、嫁の顔にそっくりな女性だった。
「君が、俺の本当の嫁だね」
俺は自信たっぷりに答えた。
そう、このクイズは最初からひっかけ問題だったのだ。
つまり、嫁の素性は三つ子なのではなく、四つ子の姉妹だったというわけだ。危うく俺は、そのことに気がつかないで間違えてしまうところだった。
「さすがね。イジワルな私のことをよくわかってるわ。でも残念。私はあなたの嫁じゃない、ハズレよ」
クローゼットの中に隠れていた女性はそう言っていた。
その言葉を聞いた俺は、呆然とする。
なんということだ……。
嫁の正体が実は三つ子ではなかったことは無事に見抜くことができたが、それは相手にとっても予想の範囲内だったらしい。
いつのまにかクローゼットから出てきていた女性は、余裕の表情で俺を見た。それを見た俺は、顔から血の気が引いていった。
ということは、本物の俺の嫁は、リビングにいたさっきの女性たちの中の誰かということになる。
まだショックが抜けていなかった俺は、クローゼットに隠れていた女性とともに寝室を出て、一階のリビングへと戻った。
リビングに入ると、三人の女性が一斉に振り向いた。
俺の落ち込んでいた雰囲気から、どうやら不正解の解答を出してしまったことに気づいたらしい。
三人は悲しそうな目で俺を見つめてきた。やめてくれ。
「不正解だったのね。本物はここよ」
嫁の声が聞こえた。
俺は顔を上げて声の主を探す。しかし、リビングにいた四人の女性は誰も口を動かしていなかった。
俺は不思議に思い立ち尽くしていると、どこかから物音が聞こえてきた。
物音がした方に目を向けると、キッチンの陰から一人の女性が現れてきた。その人物の顔を見た俺は驚く。その顔は、俺の嫁にそっくりだったのだ。
後ろを振り向くと、同じ顔をした四人の女性がそこにいる。つまり、キッチンから現れた女性を含めると、全部で五人になる。
不適な笑みを浮かべながら目の前に現れたのは、間違いなく俺の嫁だった。その人物だけ左手の薬指に結婚指輪をはめていたのだ。
今思えば、はじめからそこに注目しておけばよかったと俺は後悔した。
本当の嫁は、腕組みをしたままこっちに近づいてきた。
俺は降参したようにため息を吐いた。嫁の本当の正体は、三つ子でもなく、四つ子でもない、五つ子が正解だったのだ。
「この私が本当のあなたの嫁よ。惜しかったわね。というわけで、クイズに答えられなかった罰として、今日の夜ご飯は抜きね」
腕組みをほどいた嫁が言った。
「えーそんなぁ」
俺は頭を抱えながら答えた。
役目を終えた嫁の姉妹たち四人は、お互いの顔を見て何やら話し合っていた。
俺と嫁が本格的な口論をはじめる前に、その四人の女性たちは、そそくさと自宅に帰って行ったのだった。